第二十八話
次の日、樹利亜はカノープスからもらった紙をメモ用紙かわりとして、来客の時間帯と人数を書き記していく。
(午前九時台が三人、十時台が四人、十一時がゼロか……)
午前中だけ見るとやはり朝が強く、昼付近になると人数は減ってしまう。
彼女の記憶ともおおむね一致する傾向だった。
昼は自宅でとることにする。
(やむを得ないとは言え、散財しちゃったからなあ)
仕事をとってこれた以上は結果オーライとするべきなのだろうが、樹利亜の性格ではあまり楽観できなかった。
貧乏性と笑われても甘んじて受け入れるつもりである。
そして昼からも来客の記録をとっていく。
(十三時から十六時までの間はひとりで、十六時以降に二人かあ)
結局彼女の記憶は間違っていないということが証明されたようなものだった。
(やはりお店を開けるなら、十三時から十六時までが無難みたいね)
と整理する。
それにしても飲食店のかき入れ時とかぶらないのは、何かの法則でもあるのだろうか。
(うちの店に来るような人が、飲食店にも通っているとか……?)
あり得るのかと自分でも首をひねる理論だが、荒唐無稽だと否定するにもデータが圧倒的に足りていない。
明日は「花と風」と「風と歌う妖精」の二軒に顔を出す予定になっているのは、ちょうどいいかもしれなかった。
(一日で結論を出すのは性急すぎるけど、参考にはなるでしょう)
ジュリアは二つの店の客層を見ておくつもりだった。
お通じが良くなる、ダイエットにいい、美容にいいとなると、二十代から三十代、あるいは四十代くらいの女性が多いのではないかというのが彼女の予想なのだが、果たして正しいのだろうか。
(できれば意見も直接聞きたいわねえ)
この地の客が欲しているものを直接聞くというのは、マーケティングとして重要な点だ。
店側の許可が必要になるかもしれないが、やっておきたい。
二軒の店に行って魔術を行使した上で、今日のデータの結果を伝えておく。
「十三時から十五時くらいを目標に行く」
と伝えておくことを忘れなかった。
時間を多めにとったのは、一軒の訪問時間がどの程度になるか、予想できなかったからだ。
二つの店舗はそこまで遠くないのだが、ゆとりをもたせておくべきだろう。
次の日、午前中には見覚えのない客が七人やってきた。
ここにきて新しい客ばかりというのは心強い。
(ちょっとずつ定着してきたみたいね)
と樹利亜は内心ガッツポーズをする。
まだまだ油断禁物だと思う慎重派と、軌道に乗り始めたのだろうと考える楽観派と、ふたりの樹利亜が脳内で生まれた。
自信を得るということは商売の上で大事なことだと思う。
樹利亜は十三時を回ったころを見計らい、店を後にする。
ちょっと迷ったものの、「花と風」を先に行くことに決めた。
樹利亜が行くと、アルヘナが忙しそうに動き回っていた。
他にも顔なじみではない店員が三人ほどいる。
「あら、ジュリアさん。いらっしゃい」
アルヘナは彼女に気づくと、応対しようとしていた店員に任せるように身振りで指示を出し、彼女と向き合う。
「じゃあさっそく店内で紹介してもいいですか?」
「はい、お願いします」
樹利亜は平気そうに答えたものの、実は心臓の動きが速くなっていた。
顔もいつもよりも熱くなっている。
自分が緊張しているのだといやでも分かってしまう。
樹利亜はアルヘナの後に続き、店内の真ん中付近へと移動する。
ここからなら店内すべてから彼女たちの姿がよく見えるだろう。
「みなさま、お食事ご歓談のところ失礼いたします」
アルヘナはとてもよく通る声で、店内に呼びかけた。
とても堂々とした姿は樹利亜から見ても美しく、カッコいい。
「今日はある方をご紹介させていただきたく、みなさまの時間をお借りしています。こちらのジュリアさんは付与魔術師で、最近みなさまにご提供している、お通じがよくなる飲み物の販売にお力添えをいただいている方です」
アルヘナがそう言い終えるとちらりと樹利亜を見る。
自分であいさつしろというのだろう。
(この辺、ちゃんと打ち合せしておくべきだったわね。アドリブでやるしかないんじゃない)
樹利亜は今さら後悔したが、もう遅い。
「みなさま、初めまして。ご紹介にあずかりました、樹利亜です」
緊張を隠すように、そして少しでも落ち着けるように意識してゆっくりとしゃべる。
「お通じが良くなる効果はいかがでしょうか?」
と聞いて周囲を見回すと、何人かの女性が手を挙げた。
「効果てきめんだわ!」
「毎日飲みたいくらいよ!」
全員が中年の女性である。
しかし、声をあげなくとも黙ってうなずいている若い女性が三、四人いることに樹利亜は気づいた。
「ありがとうございます。他にも何かご要望があれば、承りたく思います。たとえば甘いものを太りにくくなるとか、いかがでしょう?」
「それはいいわねえ!」
誰かが大きな声で賛成してくれたが、別の意見も出る。
「どうせなら脂肪が落ちやすくなるものがいいかしら」
「それはあるわね」
「贅肉が気になるー」
「おなかの周りが気になって」
「私は二の腕かなあ」
現在、店内には女性しかいないせいか、要望がストレートに出てきて盛り上がった。
若い女性たちもしっかり話に加わっている。
「みんな、いろいろ言っているけど、そんなことできるの?」
赤い髪の五十くらいの女性が、疑問の声を上げると他の声がぴたっとやんだ。
そして全員が興味津々というより、期待がたっぷりとこもったまなざしで樹利亜のことを見つめている。
「可能です」
樹利亜が笑みを浮かべて短く言い切ると、わっと歓声が起こった。
「これでお気に入りの服を着られるか悩まなくていいわ!」
「旦那や嫁のいやみをもう言わせないわ!」
喜びの声が飛び交う。
樹利亜としては狙い通りの展開ではあったが、同時にくぎを刺しておく必要性も感じる。
「あまり劇的な効果は望まないでくださいね。体にどんな負担がかかって、悪影響が出るか分からないので。あくまでも影響が出にくい程度の効果しか付与できません」
「それは当然よね」
彼女の意見を聞いても、女性たちの興奮はクールダウンしなかった。
「そんな効きすぎるもの、かえって怖いわ」
「でもまあジュリアさんの魔術だったら大丈夫でしょう。便通よくなったし、他にどこも悪くならないもの。毎日がすがすがしいくらいよ!」
四十歳くらいの青い髪の女性が、樹利亜のことをべた褒めする。
それに同調する女性たちばかりだった。
どうやらすっかり心を掴まれ、ファンになっているようである。
(ありがたいことだわ)
樹利亜は達成感と一緒に嬉しさがこみあげてきた。
彼女たちの期待にこれからも応えられるように、そして決して裏切らないようにしていなければならないと固く思う。
「ではお店と相談して、脂肪が落ちやすくするもの、太りにくくなるもののを提供させていただけるか、決めますね」
「アルヘナちゃん、お願いね!」
樹利亜の言葉を聞いた客がアルヘナにそんなことを言う。
アルヘナはにこりと笑って応じる。
「期待にできるかぎり添えられるよう、最善を尽くします」
彼女はそこで樹利亜を見た。
「では樹利亜さん、今日はありがとうございます。また店が終わった後にでも、相談させてください」
「分かりました。今はこれで失礼しますね」
樹利亜は拍手をしてくれる客たちに笑顔で手を振りながら、店を後にする。
すました顔で「花と風」から十メートルほど進んだところで立ち止まり、
「ふーっ」
と大きく息を吐き出した。




