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【相野仁】異世界にトリップしたので『付与魔術』で生き延びます!  作者: 相野仁【N-Star】
第一章「トリップ」
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第二十七話



 どうやら彼女の中で期待値はなかなかのものであるらしい。

 カップと皿をチェックしていくと、どれも効果は残っていた。

(半日くらいじゃ効果は切れないのね)

 毎日魔術のトレーニングを真面目にやり続けた成果だろう。

 自分が少しずつでも成長していると実感できて嬉しかった。

「どうでしょうか?」

「効果はまだ残っていますね。ただ念のため、かけなおしておくと確実かなと思うのですけど」

 ヴェガに問われたので、樹利亜は何でもないように応じる。

「そうなのですか。ですが、あいにくとうちのお店は、明日お休みなのですよね」

 ヴェガは残念そうだった。

「では、明日のこの時間帯にもう一度来ましょうか?」

 その方がよいと言うのであれば、彼女は従うつもりだ。

「いいのですか? じゃあお願いしますね」

 ヴェガは笑顔で依頼してくる。

 何度も足を運んでもらって申し訳ないと言われないのは、樹利亜も仕事でやっているからだと思っているからだろう。

(このあたりの感覚はちょっと違うかも)

 正直、これくらいの距離感の方が樹利亜としてはつき合いやすいのでありがたい。

「それではまた明日」

「はい、気を付けてお帰りください」

 ヴェガは入り口のところまで出て、彼女のことを見送ってくれた。

 あたりは暗くなり始めているので、少し用心が必要かもしれない。

 早足になって家まで帰り、何もなかったことに樹利亜は安どしてカギをかけた。


 次の日、樹利亜は二日ぶりに看板を出すと、すぐに客がやってきた。

「ごめんください、ここのお店なら靴下や腰巻きをポッカポカにしてくれると聞いたのですが」

 と言ったのは二十代の女性である。

「はい。お任せください」

 すでに喜んでくれている客が何人もいたおかげで、樹利亜は自信ありげな対応ができた。

「靴下五足で大銅貨五枚になります」

 その客が帰ると、新しい客がやってくる。

 たて続けに五人の客をさばいたところでようやく樹利亜はひと息つくことができた。

(ふう、思いがけない展開ね)

 少しずつ口コミで広がってきているのだろうか。

 だとすれば嬉しいなと思いながら、次の客を待つ。

 昼休みを挟んで三人の客が訪れて、その三人目が彼女に話しかけた。

「あの、お通じがよくなるって『花と風』のメニューがあったんですけど、それもあなたが?」

「ええ、私が付与魔術を担当しています」

 樹利亜が答えるとその女性は表情を明るくする。

「そうだったんですか。じゃあ今度頼んでみようかしら」

「ありがとうございます」

 問い合わせが来て、しかも色よい返事が来たので樹利亜は嬉しくなる。

 しかし、

(もしかして誰が付与魔術を使ったのか分からないというのも、お客さんが迷う理由になるのかしら?)

 ということに気づき、ハッとなった。

 今まで思いつきもしなかった点である。

(だったら地道にお店をやって、知名度を上げていくべきなのね)

 それが結局は早道なのだろうか。

 そう思いながら一日を終えた。

 本日の成果は大銅貨が十三枚である。

 これは喜ぶべきなのだろう。

(満足しちゃいけないけどね)

 樹利亜は看板をしまうとまず「花と風」へと足を向ける。

 昨日と同じように裏のドアをノックするとアルヘナが顔を出してくれた。

「ジュリアさん、お待ちしていました」

 彼女はニコニコしていて、自然と樹利亜も期待してしまう。

「お通じが改善された人たちが全員頼んで、それを見ていた人が九人注文したので、大銅貨が十七枚分の売り上げになりました」

「それは……すごいですね」

 樹利亜は目を丸くする。

 思っていた以上の成果だった。

「残念ながら明日は休業するのですが、この勢いだとあさってが楽しみな勢いですよ!」

「それは楽しみですね」

 アルヘナの満面の笑顔につられ、樹利亜もまた笑顔になる。

 そしてこの調子ならば頼みやすいと思い、切り出してみた。

「考えたのですが、顔を出した方がお客さんに信用されやすいってことはありませんか? 差し支えなければお店に顔を出させていただければと思うのですけど」

「それはいい考えですね!」

 アルヘナは笑顔のままうなずいてくれたが、首をかしげる。

「ただ、ジュリアさんはお店もあるのですよね? そちらは大丈夫ですか? お客さんが来たら困るのでは?」

「そうですよね」

 樹利亜はそこまで考えていたわけではない。

 肩を落とす彼女をなぐさめるように、アルヘナはそっと彼女の肩を抱く。

「まあまあ、お客さんが来やすい時間帯を避け、あまり来ない時間にいらっしゃるというのはどうでしょうか? それでしたら機会損失は減らせると思いますよ」

「そうですね」

 たしかにそれが無難かと樹利亜は思う。

 アルヘナは商売に関係しているだけに、機会についても考慮できるようだ。

「本当ならお店が休みの時にいらっしゃるのがいいのかもしれませんが、うちの店だって一日中お客さんが入るわけじゃないですからね。無駄足を踏ませるわけにはいきません」

 アルヘナの言葉に樹利亜はうなずく。

 客商売の難しいところなのだろうなと感じもする。

「お客さんが多いのは朝、店を開けた直後か夕方、五時くらいでしょうか。昼過ぎあたりはあまり人が来ないように思います」

 樹利亜は自分の記憶を掘り起こしながら、客が来る時間帯について分析した。

「昼過ぎから夕方でしたら、うちの繁忙期ですからちょうどいいですね。明日はうち休みですから、念のためもう一日くらい確認なさった方がいいと思いますけど」

「ええ、そうしてみます」

 明日も営業する予定である。

 数日分しかないことに変わりはないが、多少はデータが補強できるだろう。

「やっぱり、顔を見せた方がいいのですよね?」

 確認するように聞いてみると、アルヘナはうなずく。

「ジュリアさんさえよければ、顔を出して名前を明かされた方がいいですよ。魔術っていうのは、普通の人にはあまり縁がないものですから、売り主が分かるという安心感は、目に見えないプラスの効果が期待できます」

「分かりました」

 樹利亜は意気込むように力強く返事をする。

 ずっと顔を出し続けるのは難しいだろうし、第一少し恥ずかしいのだが、それも客に顔と名前を覚えてもらって、サービスが定着するまでの辛抱だと思えば我慢はできる。

「では、よければ明日の夜のこの時間帯に来ていただけますか? その時、いろいろとお話しいたしましょう」

「はい。ではそのようにしますね」

 アルヘナと別れた樹利亜は次に「風と歌う妖精」へと行った。

 こちらもまたヴェガが姿を見せる。

 こちらでも樹利亜は相談を持ち掛けてみた。

「ジュリアさんが営業中にいらっしゃるのですか? アイデアは悪くないと思いますが、ジュリアさんお店をやっていらっしゃるはずでは?」

 ヴェガが不思議そうに問いかける。

 似たような疑問に彼女は苦笑しそうになった。

(カノープスさんやミルザムさんが何も言わなかったのは、同じような考えを持っていたからなのかしら?)

 と思えてきた。

「いつもお客さんが来るほど繁盛しているわけではないので、お客さんがあまりいない時間ならと思ったんです」

「なるほど。こちらとしてもジュリアさんを紹介できるなら、その方がありがたいですから異論はありません」

 ヴェガは賛成してくれる。

「分かりました。いつごろがいいでしょう。当店はおそらく昼過ぎから夕方くらいが、開けやすい時間帯だと思われるのですが」

 樹利亜の質問に彼女はすぐに答えた。

「十四時から十六時くらいがうちのかき入れ時ですから、合わせていただけると、ありがたいですね」

「では十四時から十六時くらいで検討してみますね」

 お互い都合がいい時間帯が一致しているのは幸せだ。

 すり合わせが楽だからである。

「日付はいつにいたしましょう? 明日でも大丈夫ですか?」

 ヴェガのこの問いに樹利亜は少し迷う。

 明日でもいいくらいなのだが、念のためもう一日客が来やすいタイミングを確認しておきたいという気持ちもある。

「あさってでもいいでしょうか。明日一日、お客さんが来やすい時間帯をもう一度計測しておきたいのです」

「それは当然ですね。ではあさってお願いします」

 とんとん拍子に話が決まり、樹利亜はホッとした気持ちで尋ねた。

「明日の分はどうしましょうか? 今から付与魔術をかけておきましょうか?」

「明日の夜までもつなら、今お願いしておこうかしら」

「一日でしたら大丈夫でしょう」

 樹利亜は自信をもって言う。

 それだけの手ごたえを彼女は感じている。

「じゃあお願いします」

 前回かけた魔術を、前回かけた食器にかけていく。

「速いですね。それでいて効果が一日もつなんて、実はジュリアさん相当すごい魔術師なのではないですか?」

 ヴェガは感心して声をかける。

「さあどうでしょう」

 樹利亜は意味深っぽい笑みを浮かべてごまかす。

 彼女が実力を知っている魔術師はシリウスくらいしかいないので、下手なことは言わない方がいいという意識が働く。

「ジュリアさんはどれくらい修行なさったのですか?」

「えっとそれなりにです」

 ヴェガの問いに樹利亜はわざとあやふやな答えを返す。

 これは前もってシリウスに言い含められていたことだ。

「ふうん。詮索しているようでごめんなさい」

 ヴェガは観察するような目を一瞬したものの、すぐにぺこりと頭を下げる。

「ジュリアさんくらい腕のいい魔術師が、これくらいの街に来るのはとても珍しいことなので、どうしても気になってしまって」

 彼女は申し訳なさそうに事情を話す。

「そうなのですか?」

 樹利亜が首をひねったのはスピカという少女を頭に浮かべたからだ。

 初見で彼女のことを見抜いたらしいあの少女は、平凡な実力とは思えない。

 もちろん、相手のことを見抜くことに特化している可能性は否定しきれないのだが。

「ええ、そうですよ。ここにいる魔術師と言えばデネブという人くらいで、正直そんなに腕がいいわけじゃないですから」

 ヴェガは声を低くする。

 内密の話にしておいた方がいいのだろう。

「ジュリアさんのような人が来てくだされば本当にありがたいというか、きっとこれからもお客さんは増えていくと思います」

「だといいのですけどね」

 樹利亜は微笑んで話を打ち切った。

「ではまたお願いします」

 ヴェガとはそのまま別れ、彼女は帰宅する。

(デネブさん、そんなに腕よくないのね)

 チャンスだと喜べないのは自分が甘いのだろうか。

 樹利亜はそう思った。

 もっとも自分よりも腕がいい人がやってきたら困るのもたしかなので、ポジティブに考えるようにしよう。

 そう自分に言い聞かせる。

 帰還方法が分かるまでの間、たった一人でこの異世界で生きていかなければならないのだから。


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