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【相野仁】異世界にトリップしたので『付与魔術』で生き延びます!  作者: 相野仁【N-Star】
第一章「トリップ」
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第二十三話



「分かりました、それでお願いします」

「では同じ人が二杯め以降を頼む場合は手数料を上乗せいたしましょう。料金はいくらくらいを考えていますか?」

 孫娘に聞かれて樹利亜は少しだけ迷う。

(飲み物は一杯が高すぎると、お客さん来なくなるのでしょうね)

 富裕層を対象にした高級商品を売っているわけではない。

 庶民が経営している庶民向けの店なのだ。

「では銅貨二枚ではいかがでしょう」

「そうですね。それだと満足していただければ、欲しがる人は出るでしょう」

 彼女の提案に老婆がうなずいてくれ、孫娘も賛成してくれたのでホッとする。

「決まりですね」

 樹利亜がそう言うと、孫娘があわてた。

「ちょっと待ってください。どの飲み物にどういう形で付与魔術をかけるのか、まだそこが決まっていませんよ」

「あら、そうでした」

 失敗したと樹利亜は舌を出す。

 肝心な点を忘れていた。

「ポットやカップに付与するのはいいのですけど、それだと頼む人と頼まない人で分けるのは難しいですよね」

 付与魔術は洗えば効果が落ちるというようなものではない。

「いえ、カップについてはそうでもないですね。何種類かあるので、今日一日付与魔術用とすれば対処できます。そのほうがいいと思います」

「分かりました。ではそのカップを見せていただけますか」

「もちろんです」

 老婆の孫娘はそう言ってカップを取りに行く。

 彼女が持ってきたのは赤い模様が入った白いもので、他には違う色の模様が入ったもの、ガラスのコップなどがあるらしい。

 たしかに簡単に見分けがつきそうだった。

 赤いカップ六つに付与魔術をかける。

「これで大丈夫だと思います」

「売れたら売れただけ、ジュリアさんの取り分が増える契約だから、楽しみですね」

 老婆はおだやかに言う。

 そういう契約にしてくれたのだと樹利亜は理解していたため、微笑とともに頭を下げる。

「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」

「こちらこそ。ジュリアさんの魔術が評判になれば、私どもの商売繁盛ですからね」

 持ちつ持たれつということだ。

 そうなればいいなと樹利亜は願いながら、店を後にする。

「ふう」

 一つの課題をクリアできたことで、彼女は大きく息を吐き出した。

 売り込む相手によいアイデアを出されてしまうという、予期せぬ展開が待っていたものの、まずは成功したと言えるだろう。

 次に他の店へと行くことにした。

「あ、裁縫屋にも行かなきゃいけないんだった」

 樹利亜は歩いていて思い出したのだが、これは前方に裁縫屋の看板を見たからである。

 裁縫の知識があると言ってもしょせんは素人レベルにすぎない。

 それでも今の樹利亜は営業先を選べるような状況ではなく、取引相手は多いほどいいのだから、行ってみるべきだろう。

「こんにちは」

「はい、ご用件をうかがいます」

 あいさつをした樹利亜の対応をしてくれたのは、三十歳くらいの女性だった。

 おそらくは仕事用なのだろう。

 グレーのつなぎのような服を着ている。

「じつは私、近日このあたりでお店を開いた付与魔術師なのですが、ご用はございませんか? たとえば縫った衣服が丈夫になるような魔術とか」

「そういった物が欲しいと思ったことはないですね。あいにくですが」

 女性は柔らかい口調ではあったものの、態度は硬くて迷惑そうだった。

(歓迎されていないわね。仕方ないか)

 樹利亜はすぐに引き下がることにする。

 「花と風」という店で仕事を見つけられたおかげで、心理的に余裕があった。

「そうでしたか。失礼いたしました」

「いえ、お力になれませんで」

 女性はニコリともせず、あくまでも儀礼的に答えただけだった。

 仕方ないと割り切り、肩を落とさず胸を張って歩く。

 次に向かったのはケーキ屋で「風と歌う妖精」という看板が出ている。

 対応に出てくれたのは十代のかわいらしい少女で、白のブラウスに赤いスカートをはいていた。

「いらっしゃいませー。何をお探しでしょうか?」

「えーっと、実は私は最近店を開いた付与魔術師なのですが」

 先の二軒と同じ自己紹介と売り込みをおこなうと、少女は「ああ」とうなずく。

「ジュリアってお店なら母がほめていましたね。効果があって嬉しいって」

「そうでしたか。私がその樹利亜なんです」

「へええ」

 先ほどの裁縫屋とは明らかに反応が違い、樹利亜は見込みありと判断する。

「太りにくいケーキの提供をお手伝いできれば、お客さんは喜んでくれるだろうし、お店にとってもいい影響があるのではないかと思うのですけど」

「食べても太らないケーキ! いいですね、女の子の夢ですね!」

 少女は勢いよく食いつき、明るく笑う。

「たしかにそれが実現できれば、ダイエットに気を付けているお客さんたちが大喜びで、うちとしても大もうけを期待できますけど、効果を実感するのって難しくないですか? その辺はどうなっているのでしょうか?」

「即効性は正直、お約束できません……」

 樹利亜は正直に答える。

 ここで見栄を張って事実でないことを言えば、のちのち信頼関係が壊れてしまうかもしれないからだ。

「それは困りましたね。もしかしたら効果はないかもしれない、すぐに効果が出ないかもしれないという不安を払しょくできないと、売り上げは大して伸びないと思うんですよ」

 もっともである。

 樹利亜は何も言い返せなかった。

 しかし、うそでも即効性はあると言い張るのはもっといけないと思う。

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