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【相野仁】異世界にトリップしたので『付与魔術』で生き延びます!  作者: 相野仁【N-Star】
第一章「トリップ」
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第二十二話



 朝、起きたのは六時半だった。

(さすがに早すぎたわね)

 樹利亜は苦笑して背伸びをして、簡単なストレッチを行う。

 体が悲鳴を上げているような気がした。

(整体にも行きたいな……こっちにはあるのかしら?)

 そう考えたところで、樹利亜はこちらの世界に病院や整体といった施設が存在しているのかすら知らないことに気づく。 

 本当にいっぱいいっぱいだったのだなとしみじみと思う。

(まあその辺はミルザムさんに聞けばいいのか。あ、昨日の話に出ていた施術院ってところがあったわね)

 忘れていたと手を叩く。

 あの気のいいミルザムなら、快く相談に乗ってくれるだろうし、質問にも答えてくれるだろう。

 朝ごはんを食べると少しゆっくりした後、そうじと洗濯にとりかかる。

 シリウスの家では魔術具を使ってしていたが、樹利亜は自分の手でやらなければならない。

 幸いなことにはきそうじと拭きそうじの要領はあまり変わらなかった。

 そうじが終わると洗濯の時間で、購入していた大きな桶に洗剤と水を入れて、手もみで洗う。

(昔のそうじ洗濯は重労働だったって聞いたことあるけど、本当なのね)

 洗濯が終わり、干し終わった時には汗をかいていた。

 洗濯機もほしいが、これもシリウスの家に似たような魔術具があったので、お金を貯めさえすれば解決できる問題だった。

 まず樹利亜が向かったのは自宅から一番近くにあるカフェだ。

 店はすでにあいているらしく、「花と風」という看板が出ている。

 店に入ってみると、若い女性が応対してくれた。

「いらっしゃいませ、あいている席へどうぞ」

 当然の反応である。

 樹利亜は罪悪感を覚えながら、訂正しなければならなかった。

「いえ、実は私、つい最近付与魔術のお店を開業した者なんですが、何かご用があればと思ってうかがったんです」

 まだ客が入っていないことが、彼女に勇気をくれた。

「ああ、あなたがジュリアさん?」

 若い女性店員は彼女のことを知っていたらしく、橙色の瞳に理解の光を浮かべる。

「ええ、そうですけど」

「祖母がほめていました。あなたが魔術をかけてくれて、ずいぶんと体が楽になったそうで。いい魔術師さんが来てくれたと、とても喜んでいます」

「それは何よりでした」

 思いがけない展開に樹利亜は驚きを隠せなかったが、考えてみれば同じ町の住人同士のはずだから、こういうことは起こりえるのだった。

「ジュリアさんなら腕が確かだと思いますけど、急にご用は思いつきませんね」

 若い女性はちょっと困ったように答える。

 突然の申し出をすげなくあしらわれなかっただけでもありがたい。

 そのことを樹利亜は承知していたが、彼女も自分の生活が懸かっている以上はすんなりと引き下がるわけにいかなかった。

「たとえばですが、お肌にいい紅茶とか、食べても太りにくくなるケーキとかいかがですか?」

「本当に効果があるなら願ってもないのですが、お客さんが買ってくださるかどうか……」

 樹利亜にそんな付与魔術を使えるのかと聞かれなかったのは、彼女の祖母のおかげだろう。

 ただ、客が効果を信じてくれるのかと言われると、樹利亜も食い下がるわけにはいかない。

 こればかりは客の心理の問題だからだ。

「どうしたんだい? おや」

 そこでひとりの女性が出てきた。

 樹利亜に腰巻きに付与魔術をかけるように頼み、中年女性を三人連れてきたあの小柄な老婆だった。

「あなたはたしかジュリアの店の……」

「こんにちは。その節はご来店いただきありがとうございました」

 樹利亜が頭を下げてあいさつをすると、老婆は顔を皺だらけにして答える。

「いえいえ、あなたにお願いしてから体の調子がよくなったんですよ。できれば今日か明日にも友達や知り合いに紹介したいくらいでした」

 どうやらすっかり樹利亜のことを気に入ってくれたらしい。

「ありがとうございます。お待ちしております」

 樹利亜がにこやかな笑顔で応じると、老婆は首をかしげる。

「ところで今日はどうなさったんですか?」

「実は営業にやってまいりまして」

 彼女は老婆に事情を話した。

「ああ、そうですか。たしかに女性にとって魅力的かもしれませんが、効果が出なかった場合のことを考えれば、様子見をする人はいるかもしれませんね」

 老婆はそう言うと、樹利亜に提案する。

「もう少し短い時間で効果を実感しやすいものがいいと思いますよ。たとえばお通じがよくなるとか」

「あっ」

 樹利亜は思わず声を上げた。

 どうして思いつかなかったのだろうと自分のうかつさを呪いたくなる。

 老婆のアイデアはそれだけ名案に感じられた。

「できるのですか?」

「できます」

 樹利亜は即答する。

 ここで迷いを見せてはいけないと直感したからだ。

 売り込むのだから、自信がありそうに見せたほうがいい。

「え、でもおばあちゃん、いきなり売り物として扱うのはまずいでしょ。いくらジュリアさんが信用できる人だからって、お客さんまではそう思ってくれないわけで」

 若い女性が困った顔で老婆に意見する。

 彼女は孫娘に当たるらしい。

 家族経営の店なのかなと樹利亜は推測する。

「お試しにしてみればいいじゃない。効果がなかった場合は、料金据え置きで。ひとり一杯限定で」

 老婆はそう答えてから樹利亜を見た。

「効果があればまた飲みたいと思うお客さんが多いでしょうし、その人たちは樹利亜さんの味方になってくれるでしょう。いかがですか?」

「そうですね」

 樹利亜は素早く考える。

(料金を受け取れないのは痛いんだけど、大切なのはまず知ってもらい、飲んでもらうことよね)

 特に便通の問題は日常的で、そんな急に解決できるものではない。

 試し飲みで効果を実感してもらえれば、十分リピーターを期待できるだろう。


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