第二十一話
風呂から上がると、ミルザムとカノープスにあいさつをする。
「いいお湯をいただきました」
「かまわないさ」
「たまに入りに来るかい?」
ふたりとも大らかに答えてくれた。
持っている者の余裕と言うべきなのだろうか。
(だとすると、あんまり遠慮するのも馬鹿馬鹿しいかも)
なんて考えが頭をよぎる。
樹利亜が遠慮するのは相手の負担になりたくないからだ。
しかし、相手が全く負担に感じていないとなると、話は変わって来る。
「ええ、機会があれば」
そう言うと部屋に戻った。
次の日、いつもより少し早めに目が覚めて、作り置きをしておいた朝食を食べて、少し早めに看板を出した。
この国では店の営業開始時間と、閉店時間を定める法律はないようである。
基本暗くなったら酒場など一部の店を除いて閉まってしまうが、営業したいのであればしてもかまわないという。
もっとも人が来ないから閉店してしまう店ばかりなので、あえて閉めない理由もなさそうだったが。
(お酒を扱うなら話は別かもしれないけどね)
今のところ樹利亜は酒を扱う予定はない。
女ひとりの店で酔っ払いにからまれたらと思うと、とてもやる気が起こらなかった。
彼女は付与魔術以外まるで才能がなく、そして護身に使えそうな付与魔術は覚えられなかったのである。
人手を増やす余裕もないので、リスクが高そうなことはできるだけ避けるべきだった。
「いらっしゃいませー」
ドアが開いたのであいさつをすると、前の日に見かけた人たちだった。
「靴下に魔術をかけてもらってから調子がいいので、他の分もお願いできませんか」
「かしこまりました」
客の申し出に樹利亜は笑顔で応じる。
リピーターというのは嬉しいものだ。
(自分の仕事が認められたって気がするもんね)
逃がさないように頑張ろうと意気込む。
次にやってきたのは獣人の美少年だった。
「こんにちは」
「あら、いらっしゃいませー」
おばあちゃん孝行したいと言っていたことを、樹利亜は覚えていた。
「おばあちゃん、とても喜んでくれたんで、靴下もお願いいしたいんですけど」
「はい、いいですよ」
彼女はニコニコして答える。
(おばあちゃん想いの美少年っていいわね)
と思いながら、営業スマイルを崩ずに靴下を六足受けとった。
「靴下六足ですね。大銅貨六枚になります」
「はい」
少年は嬉しそうに大銅貨を払い、靴下を受けとった。
その日、うちやってきたのはリピーターばかりだったため、嬉しいだけではすまなかった。
(やっぱり頭打ちなのかな)
いくら何でも早すぎるとは思う。
まだ開店して二、三日しか経過していないし、客も二十人も来ていないはずだ。
しかし、腰巻や靴下にお金を払う必要を感じている人が、これからもどれだけいるのかという問題がある。
(やっぱり明日はお店を休むことにした方がよさそうね)
自分の考えは間違っていなさそうだと樹利亜は判断した。
その日は早めに店を開けたのだからと、早めに閉店する。
カノープスたちに教わった店が何時からやっているのか分からないが、朝早めに起きて行動してみようと思った。
まだどこに何があるのか、完全に覚えたとは言えない土地で動くのだから、余計に時間はかかると考えてのことである。
またしても作り置きのご飯を食べて思った。
(電子レンジって、かなり重要度なアイテムだったのね)
もちろんこちらの世界には存在していない。
少なくともシリウスの家にもなかった。
なくなってみて初めてありがたみが分かる。
樹利亜は思いがけないところで言葉の意味を噛みしめていた。
(作れればいいんだけど)
やむを得ず作り置きしている人たちには、大きな需要があるのではないだろうか。
そうは思うものの、彼女ができることはあくまでも付与魔術だけだ。
付与すれば電子レンジのように使える物品が存在していなければ意味がない。
(ついでに調べてみようかしら)
エマと二人で来た時は、必要だと思われる店やものを中心に見て回っただけだ。
街のどこに何があるのか、どんな物が置いてあるのか、覚えるためにもひとりで回ってみるのはありかもしれない。
せっかく明日は休みを取って営業に行くのだ。
ただそれだけではもったいないと思う。
(よーし、決めた! いろいろ見て回ろうっと!)
決断した樹利亜は、早めに寝ることにする。
この家の寝台で眠るのにもだいぶ慣れてきたなと思いながら、夢の世界に旅立った。




