第二十話
「知らないのかい?」
ミルザムの怪訝そうな顔にうなずくと、カノープスが教えてくれる。
「世界七大魔導士って言ってな。簡単に言えば世界でも特にすげえ魔術を使える、とんでもねえ人たちのことさ」
「ひとりで大国同士の軍事バランスにも影響を及ぼす、最強の魔術師様なんだよ」
「へえ、そんな人たちがいるんですか」
カノープスとミルザムに説明されたが、樹利亜は今一つピンと来なかった。
(軍事力がどうとか言われてもなあ……そもそも大国の軍事力がどんなものなのか、さっぱり分からないし)
はっきり言うのは遠慮し、代わりに質問を投げてみる。
「この国も大国の一角なんですよね? もしかして七大魔導士っているんですか?」
特に根拠があって聞いたわけではない。
いないと言われても「ふーん」ですませるつもりだった。
カノープスは嬉しそうにうなずいて言う。
「いらっしゃるとも。わが国にはシリウス様がな!」
思いがけない名前が出てきて、樹利亜は思わず「はあっ?」と叫びそうになる。
ギリギリのところで堪えた。
(し、シリウス様ってシリウス様? 同名の別人かな?)
ようやくその可能性を思いつき、冷静さを取り戻す。
考えてみれば七大魔導とかすごそうな人が、大都市とは言えない街から離れた森に隠れ住んでいるのはおかしな話だ。
(こっちだとシリウスって名前は珍しくないのよ、きっと)
自分にそう言い聞かせながら樹利亜は話に戻る。
「へえ、そんなすごい人なら、きっとお城とかに住んでいるのでしょうね」
何しろ世界最強クラスの七人なのだ。
お城や王宮といった場所に住み、高給を受け取っているのだろう。
そうでなければ国としても安心できないのでは、と樹利亜は思った。
彼女の言葉を聞いたカノープスは表情をくもらせる。
「ところがそうでもないらしいんだ」
「詳しくは知らないけど、シリウス様って城嫌いらしいね。どっかにひっそりと暮らしているってうわさだよ」
ミルザムも困った顔で言う。
「どうしてなんだろうねえ」
「本当不思議ですね」
樹利亜は作り笑いを浮かべて話を合わせたが、内心冷や汗をかいていた。
(これってやっぱりシリウス様じゃない? そんな大物だっただなんて、何をやっているのよ、あの人!)
と叫びたくなる。
もっともシリウスがそういう人物だからこそ、樹利亜と出会えてたくさんのことを教えてくれたのだろうから、文句を言えば罰が当たりそうだが。
「まあいざとなったら、出てきてくださるに違いない。七大魔導士がいるというだけで、他国の野心を砕けるわけだが」
カノープスの口ぶりから、シリウスは存在することで抑止力になっているようだ。
(そんなスゴイ人には……見えるわね。さらりととんでもないことを言っていたみたいだし)
当時はいっぱいいっぱいだったせいで気づきにくかったが、よくよく考えてみればシリウスはいろいろと規格外だったように思う。
「戦争とか勘弁してほしいよね」
とミルザムがため息をつく。
樹利亜も全く同感だった。
雰囲気が暗くなってきたので、彼女は話題を変える必要を感じる。
「ミルザムさんはほしいなと思うものはありますか? 付与魔術でできそうなことで」
「そうだねえ」
樹利亜の問いにミルザムは考え込む。
「仕事柄、肩が凝りやすいから、首や肩を温めてくれるタオルがあれば嬉しいかね」
「それならすぐにできますよ。何なら今からでも」
タオルに温熱効果を付与するだけならば、樹利亜にとって手間でも何でもない。
タオル自体用意するのが比較的楽な品物なのもよかった。
(おまけに冷えない靴下と方向性が似ているから、お客さんになってくれた人に理解されやすいっていうメリットがあるかも)
もちろん、靴下や腰巻きと同様、一度用意すれば需要が満たされてしまうものだ。
それでも樹利亜には明るい道が出現したような気持ちになる。
「じゃあお願いしようかね」
「あ、ワシの分も頼みたい。ワシも肩こりがひどくてな」
カノープスも手を挙げた。
「分かりました。でも、そんなに肩こりがひどいなら、温かいタオルを巻くだけじゃ厳しいと思いますよ」
「ううむ」
樹利亜の指摘にカノープスは渋面でうなる。
医者嫌いの人が医者に行くようにすすめられた時の反応に似ていて、樹利亜は思わず笑いそうになってしまう。
「そうだよねえ」
赤いタオルと白いタオルを持って戻ってきたミルザムがそう言った。
「あんた、一回施術院に行ってみたら?」
「どうもあそこは好かんのだ」
カノープスは苦虫を噛み潰したような顔で答える。
(施術院……日本で言うところのマッサージかしら)
興味は持ったものの、カノープスの手前樹利亜は何も言わなかった。
かわりに二枚のタオルに付与魔術をかける。
「はいどうぞ」
ミルザムに手渡す。
「ありがとうよ。さっそく試してみるね」
「樹利亜さん、よかったら風呂に入ったらどうだね?」
「あ、そうですね」
カノープスの言葉に樹利亜はうなずく。
いくらすぐ隣だと言っても、あまり遅い時間に外出はしたくない。
早めに風呂を借りて、家に戻った方がいいだろう。
カノープス本人は別にそんなつもりで言ったわけではないのだろうが。
一度部屋に戻り、もらった紙を机の上に置き、着替えとタオルを持って再度お邪魔する。
「お風呂の使い方、分かる?」
「……教えていただいてもいいですか」
ミルザムに聞かれて樹利亜は一瞬迷ったものの、教わることにした。
お風呂の入り方を知っているとばれてもいいのか分からなかったし、もしかするとシリウスの家のものとは違っているかもしれなかったからだ。
「あいよ。こっちだよ」
ミルザムは快諾して、樹利亜を案内してくれる。
風呂は二階の一区画にあるのだが、広さは樹利亜の家のものよりも三畳分くらい広かった。
中身はシリウスの家に置かれているものと変わりはない。
「じゃあゆっくりしてね」
立ち去るミルザムに頭を下げ、樹利亜は脱衣室で服を脱ぎ、まずかけ湯をして体を洗う。
そしてゆっくりとお湯に体をつけながら手足を伸ばす。
(代書人って儲かるのかしら)
ふとそのようなことを思う。
司法書士のようなもので、夫婦そろって同じ仕事をやっているとなると、相当な稼ぎがあってもおかしくはない。
それに樹利亜が住んでいる建物のように、貸し物件を持っているとなれば余計にだ。
(……人の稼ぎを探るのってよくないわね)
そして反省する。
お湯につかってリフレッシュして、明日への活力に変えたい。
ひとまずやれそうなことは見つかったのは大きかった。
(明日もお客さんが来てくれたらいいな)
もしも来なかった場合は、魔力量アップと魔力の回復力アップのトレーニングでもやろうと考える。
そしてその次の日にメモを書いてもらった店に交渉に行ってみよう。
(そう考えるとやることはまだまだたくさんあるわね)
異世界に来たのに、何をやればいいのか分かっているのは幸せなのではないだろうか。




