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【相野仁】異世界にトリップしたので『付与魔術』で生き延びます!  作者: 相野仁【N-Star】
第一章「トリップ」
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第十八話



「ごめんなさい。調子がいいものだから、靴下四足、追加で注文したいの」

「かしこまりました」

 樹利亜は笑顔で応じた。

 リピーターがまた来てくれたのは嬉しい。

 昨日の今日でという点が特にだ。

「ありがとう。相変わらず早いわね」

「おそれいります。大銅貨四枚ちょうだいいたします」

 大銅貨を受けとり、女性を見送ると樹利亜はホッとする。

 まさかのハイペースだ。

(シリウス様がおっしゃったように、魔力量アップと、回復力アップのトレーニングを真面目にやっておいてよかったわ)

 でなければ今ごろ魔力切れを起こしてしまっていた可能性が高い。

 魔術を使う店で魔力切れは要するに商品がなくなるということだ。

(魔力切れを起こすほどお客さんが来る店だと思われたらいいんだけど)

 そうそう上手くいくとはかぎらない。

 実力者として顔と名前が売れていればともかく、そうでないなら実力のない者が見栄を張っているだけだと解釈されるのではないだろうか。

 そんな悲しい展開を避けられそうなのは喜ばしい。

(百回や二百回使ったくらいで悲鳴をあげるなと言われた時は、正直鬼かと思ったのだけどね)

 いざ、こういう状況になってみて初めてシリウスの指導のありがたみが分かった。

 その日は看板をしまうまでそれ以上の来客はなかった。

 看板をしまった後、二階には上がらずに隣のミルザムとカノープスの家を尋ねてみる。

 日本の家にはあったチャイムはないが、その代わりに黒色のノッカーがついているので、それを叩くと少し待って反応があった。

「はい。おや、ジュリアさん、どうしたんだい?」

 ミルザムは予想外だったのか、目を丸くする。

「ご相談したいことがありまして。ほら、次の商品を考えておいた方がいいという」

「ああ。あれね。別にいいけど、今からジュリアさんは平気なのかい?」

 樹利亜が説明すると、彼女は嫌な顔をするどころか笑顔で聞いてきた。

「はい。ご迷惑でなければ」

「せっかくだから夕飯を一緒に食べようか。ごちそうするよ」

「……お世話になります」

 ミルザムの笑顔を見て、遠慮しても押し切られてしまうと樹利亜は判断し、言葉に甘える。

「いいって。さあ入っておくれ!」

 樹利亜は招かれるまま、中に入った。

 カノープスとミルザムの家の造りは、基本的に彼女の店兼住居と似ている。

 違う点があるとすればカノープスたちの家に置かれている家具が立派だし、住宅設備も充実していることだ。

「あんた、ジュリアさんを招待したよ」

 ミルザムが奥に声をかけると、すぐにカノープスが顔を見せる。

「おお、そうか。それは楽しみだな」

 カノープスは満面の笑みを浮かべて答えた。

 可愛がっている子どもが久しぶりに帰省した親のような反応である。

 このふたりにとって樹利亜は愛娘同然であるらしい。

(本当にありがたいわ)

 と彼女はしみじみと思う。

「せめて何かお手伝いができれば」

 樹利亜が申し出ると、ミルザムは軽くうなずく。

「じゃあ皿を出してくれるかい? 料理の盛り付けを一緒にやろうよ」

「はい」

 彼女たちは二階の居住スペースの台所へと向かう。

 今日の献立は野菜スープに大きな鳥の蒸し焼き、雑穀粥だった。

 カノープスの家庭でも木の食器を使っているらしい。

 樹利亜が三人分の皿と食器を並べ、順番にミルザムのところに持っていく。

「子どもさんはいたのですか?」

 と樹利亜がたずねたのは、使われなくなったらしい子ども用の皿がふたり分ほどあったからだ。

 大人用の食器も四人分あるので、子どもがふたりいたのかなと彼女は想像したのである。

「ああ。息子がふたりいてね。どっちも成人してよその街に働きに出かけたのはいいんだけど、めったに帰って来ないんだよ。たまには顔くらい出してくれりゃあいいのに」

 ミルザムはスープをよそいながら不満をこぼす。

「男性は成人したら家に寄り付かないって聞きますね」

 樹利亜がとりあえず相槌を打つと、ミルザムは大きくうなずいた。

「本当にそうなんだよ! 元気でやっているんだろうけどさ」

 子どもを心配する母親としての表情で話す。

 彼女の愛情を思い樹利亜はしんみりとしていると、ミルザムが言う。

「さあ、運んでおくれ」

 彼女の指示に従い、樹利亜は皿を長方形型のテーブルに並べていく。

 そこへカノープスがいいタイミングでやってくる。

「おお、今日も美味そうだな!」

「今日はジュリアさんがいるからね、いつもより美味いよ」

 ミルザムが夫に言っているのを聞いて、樹利亜はぺこりと頭を下げた。

「ははは。そうだろうな」

 カノープスは上機嫌で笑う。

「何しろ、誰かと食卓を囲うのは久しぶりだ」

「そうなのですね」

 樹利亜は合いの手を入れる。

「うむ。ジュリアさんさえよければ、これからも来てくれると嬉しい」

「ありがとうございます。ご迷惑でなければぜひ」

 カノープスの言葉に笑顔で答える。

 樹利亜だってひとりで食べるよりも、誰かと一緒に食べるほうが好きだ。

 カノープスやミルザムのような温かい人柄の人たちと一緒だと、きっとご飯はもっと美味しくなるだろう。

 カノープスの左にミルザムが座り、樹利亜はミルザムの正面に腰を下ろす。

「さあ、遠慮せずに食べておくれ。話があるってことだけど、食べた後でもできるだろう?」

 ミルザムにすすめられて樹利亜はスプーンを取った。

 たしかに相談は食事の後でもいいし、家は隣だから遅くなっても心配はいらないだろう。

「あ、でもお風呂があるのか」

 思い出したことを声に出す。

 共用風呂はたしか夜遅くになると閉まるはずだ。

「風呂ならうちのを使うかい? 今日くらいならいいよ」

 ミルザムはそう言ってくれる。

「え、いいのですか?」

 樹利亜が尋ねるとカノープスもうなずいた。

「ああ。かまわんさ」

「ありがとうございます」

 風呂は毎日入るとなれば料金が馬鹿にならないのだが、樹利亜としてはできるだけ毎日入りたい。

 一日だけでも借りられれば、助かるのだ。

 大きく切られたニンジンを口に運び、ゆっくりと味わう。

「んー、美味しいです」

「ジュリアさんは野菜を食べられるのだな」

 カノープスが感心すると、ミルザムが苦笑しながら教えてくれる。

「うちの息子たちはどっちも野菜が苦手でねえ。食べさせるのに苦労したもんさ。その点、ジュリアさんは立派だね」

「はあ」

 樹利亜は単純に好き嫌いが少ないだけだった。

 美味しく食べられるものがたくさんあるのは、それだけで幸せなことである。

 他人に強制することではないが。

 次にスープを味わい、それから大きな鳥の蒸し焼きに挑戦する。

「これも美味しいですね」

 樹利亜は思わずにこにこする。

(日本で言うと、鶏の蒸し焼きっぽい味かなあ)

 と評価した。

 シリウスの家で出てくる料理でも思ったが、味や食感はあまり違いがないらしい。

 樹利亜にとっては非常にありがたいことだ。

「ジュリアさんは美味しそうに食べるな。こっちまで幸せになる」

 カノープスにそう言われて樹利亜は首をかしげる。

「え、そうですか」

 故郷でそのようなことを言われた覚えはないし、シリウスやエマにも言われなかった。

「そうだね。作った甲斐があるっていうもんさ」

 ミルザムが嬉しそうに肯定する。

「でも、ミルザムさんのお料理、本当に美味しいですよ」

「ありがとう」

 樹利亜の言葉をミルザムは笑顔で受け取った。

「ところでどうだね、店のほうは?」

 カノープスが鳥を飲み込みながら話を変える。

「昨日はふたりだけしか来てもらえなかったのですが、今日はたくさん来てくれて。今日の売り上げは銀貨二枚を超えました」

「ほう、二日めで銀貨二枚に達するとは大したものだ」

 カノープスは大きく目を見開き、感心してくれた。

「本当にねえ」

 ミルザムも似たような表情だ。

「やっぱり腕のいい魔術師って需要があるんだろうねえ。ジュリアさんに魔術をかけてもらった靴下を履いていたら、調子がいいもんねえ」

「ふむ。ワシも腰巻きを頼んでみるかな」

 妻の話を聞いていたカノープスが、そのようなことを言い出す。

「はい、いいですよ」

「あんた、お金を払わなきゃまずいよ。ジュリアさん、立派にお店をやっているんだから」

 横からミルザムが旦那に忠告をする。

「おう、もちろんだとも」

 カノープスは最初からそのつもりだと言わんばかりにうなずく。

 あわてたのは樹利亜だ。

 たしかに労働には報酬が支払われるのは当然である。

 しかしこの場合は違う気がした。

「そんな、ご飯をごちそうになって、お風呂もお借りできるのに、そのうえ料金もいただくことはできませんよ」

 樹利亜は両手を振ってやや早口にまくし立てる。

「それに相談に乗っていただきたい件もありますし、お金をうけとるのはまずいと言うか、私のほうこそ謝礼を払わないといけないというか」

「うーん、そういうつもりで呼んだんじゃないんだけどね。いつか家に招待してもらえれば、それでいいわけだし」

 ミルザムは不本意そうに腕を組む。

 彼女が純粋な好意で呼んでくれたのは樹利亜も承知している。

 しかし、甘えすぎてもいけない。

(どこかでけじめをつけなきゃ)

 と思うのだ。

「うん。じゃあ対価としてタダで付与魔術をかけてもらおうか。そのほうがジュリアさんも納得できるだろう」

 カノープスがそう言ってくれたので、樹利亜はホッとする。

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