第十七話
午後になってしばらくすると、昨日やってきた老婆が三人の中年女性を連れてやってきた。
「ほら、このお店だよ」
老婆は女性たちにそう言ってから樹利亜に向きなおる。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ」
樹利亜が営業スマイルで応対すると、老婆は言った。
「昨日かけてもらった魔術がよく効きましてねえ。だいぶ良くなったもんだから、娘たちと嫁を連れてきたんですよ」
「そうでしたか」
樹利亜はそう答えて女性たちに向きなおる。
三人はいずれも四十代と思われる年ごろで、シックな服を着ていた。
「ご要望は腰巻きでいいのでしょうか?」
「私は冷えで困っているので、靴下もお願いできれば嬉しいんですが、できるでしょうか?」
真ん中の女性が代表してたずねてくる。
「ええ、できますよ」
今までは事前に知っているとしか思えない人ばかりだったため、樹利亜にとって彼女とのやりとりは新鮮だった。
「じゃあお願いしようかしら」
「あ、私もお願いします」
「私も」
他のふたりも口々に言う。
(冷えで悩んでいる人、けっこう多いのね)
樹利亜は女性の悩みは共通なのかなと思いながら、三人に付与魔術をかける。
「腰巻きと靴下で大銅貨二枚になりますね」
三人から大銅貨を二枚ずつ受け取ると、後ろにひかえていた老婆が言う。
「私も靴下をお願いできますか」
「ええ、いいですよ」
樹利亜は喜んで魔術を発動させ、報酬として大銅貨を受け取る。
四人が帰ったところで、彼女はほっとした。
(さっそくリピーターなんて幸先がいいわね)
できれば他にも来ないかなと思う。
靴下が一足だけというのはお試しに過ぎないからだろうが、気に入ってもらえれば他の靴下にも付与魔術を依頼されると考えていたのだが。
(甘かったかな?)
そう思っているとドアが開いてミルザムが入ってきた。
「どうだい、調子は?」
「今日は何人か来ていただいて、順調ですね」
樹利亜は正直に答える。
お隣だから隠しせるものではないし、ミルザムは心配してくれているのだろうと思えるからだ。
「それはけっこうだね」
「ご心配ありがとうございます」
樹利亜がぺこりと頭を下げるとミルザムは豪快に笑った。
「気にしなくていいんだよ。私たち、娘が欲しかったのに息子しか生まれなかったし。それに今日は注文に来たんだ」
そう言った彼女は色違いの靴下を五足取り出して、樹利亜に見せる。
「少しでも早く頼みたかったんだけど、初日は遠慮したほうがいいかもしれないと思ってね。迷った挙句、今来たのさ」
「そうでしたか。ありがとうございます」
配慮も嬉しく思う。
「五足で大銅貨五枚いただきますね」
「あいよ」
ミルザムは承知していたようで、ポンと出してくれる。
一足が五足になったからと言って樹利亜がやることは特に変わらないし、魔術の効果が出る時間もほとんど変わりない。
シリウスにしごかれた成果だと言えるだろう。
「今日だけで銀貨二枚分くらいの収入になりそうですよ」
「あれま。本当かい? よかったじゃないかい!」
樹利亜の報告にミルザムは目を丸くしたものの、すぐに破顔一笑して彼女の肩を強く叩く。
「あ、ありがとうございます」
手加減のない一撃はかなり痛かったが、目尻に嬉し涙を浮かべているミルザムを見ると、抗議する気をなくしてしまう。
「それならひとまずは安心だね。まあ冷えにくい靴下や腰巻きだけじゃ、そのうち需要がなくなるだろうから、次の商売を考えたほうがいいと思うけど」
「あ、そうですよね……」
ミルザムの指摘に樹利亜はハッとなる。
冷えに悩んでいる女性たちは少なくないかもしれないが、靴下や腰巻きは一度買えばしばらく使えるものだし、彼女がかける魔術もそんなすぐに効果は消えない。
今は需要にわいてもいつかは頭打ちになってしまう危険がある。
「気が早いかもしれないけどね。客商売なんて、先のことを考えておくに越したことはないよ」
「ごもっともです。ご忠告、恐れ入ります」
ミルザムの言うことは全面的に正しいと感じたので、樹利亜はかしこまって礼を述べた。
「じゃあ頑張りなよ」
彼女は笑顔を見せ、スタスタと去っていく。
「ご来店ありがとうございました」
その後ろ姿に礼を言い、頭を下げた樹利亜はドアが閉まるとそっとため息をこぼす。
「次の需要かあ……」
全くと言っていいほど考えていなかった。
(何がいいのかしら?)
靴下や腰巻きのように一度買えばしばらくもつものだけだと厳しいとなれば、消耗が早いものを対象とすることを考えたほうがいいかもしれない。
(たとえば食べ物や飲み物は一度で終わるし……それにダイエットはけっこう需要があるみたいだったわね)
となると、飲み物や食べ物にダイエット効果がある付与魔術を使うというのはどうだろうか。
(ミルザムさんに相談してみようかな)
こちらの世界の女性のことは、こちらの世界の女性に聞いてみるのが一番だ。
明日はカノープスたちの店は休みだと聞いているし、樹利亜の店も定休日を決めているわけでもない。
休みを合わせるのも手だ。
人が来るようになった段階で休むのは痛いが、今後の対策や相談は早い方がいいだろう。
(うーん、でもねえ)
ちょっと待つべきかもしれないと考えなおす。
昨日の客と今日の客が明日にリピーターとして来るかもしれないからだ。
(いくらライバル店がいないと言っても、客が来た時に閉まっているのはどうなのかしら)
と思ってしまう。
樹利亜だったらがっかりするだろう。
(気にし過ぎなのかもしれないけど、店を始めたばかりの段階でがっかりされるのも怖いのよねえ)
何しろ店を開いて二日目で急に来客が増えたような場所なのだ。
ダメな評判もあっという間に広まるのではないか。
そういう危惧がある。
(……決めたわ、明日もお店は開いてみましょう)
今日来た客のほとんどがお試し感覚だろう。
少しでも稼ぎがほしいタイミングで、チャンスを逃がしたくない。
幸いミルザムとカノープスとはお隣さんだ。
店を休まなくても相談することは可能だろう。
(何ならお店が終わってから、あるいは朝に早起きしてお店が開く前でもいいのよね)
そう考えた。
どうしてこんなことをすぐに思いつかなかったのだろうと、自嘲したところでドアが開き、昨日やってきた女性が現れる。