第十四話
高い。
樹利亜はとっさにそう思う。
(約七万五千円か……お風呂なしで七万を超えるのは高いって思うのは、私が日本人なのだからでしょうね)
と自分に言い聞かせる。
「ああ、こいつが魔術を使ってもらったから、最初の一か月は銀貨七枚だけでいいぞ」
カノープスはそう言う。
気持ちはありがたいが、今の樹利亜にとってあまり変わらない。
「やはり相談したほうがいいかなと思いました」
銀貨七枚以上、一か月で稼げるのかどうか、彼女だけでは判断ができないからだ。
それに布団なども用意しなければならないし、そもそも営業形態をどうするのかという問題もある。
「うん。じゃあ結果が分かり次第、また顔を見せてくれ」
カノープスもミルザムも嫌な顔はしなかった。
「大事なことだからね。よく相談して、じっくり考えるんだよ」
とミルザムにいたっては励ましてくれる。
「ありがとうございます。お世話をおかけします」
樹利亜がていねいに礼を述べると、夫婦そろって笑った。
店舗の外に出て改めて礼を言った樹利亜は、エマとともにシリウスのところへ帰る。
「いい人たちでしたね」
道中エマに話しかけられた彼女は大きくうなずく。
「そうですね。ああいう人たちとご近所なら、何とかやっていけると思います」
こちらで生きていく以上、ご近所とは上手くやれたほうがいい。
その点は心配いらなさそうなのは大きいと樹利亜は感じる。
戻ったところでエマがシリウスに面会を求めに行き、すぐに許可を得て戻ってきたので樹利亜は書斎へと入った。
「それでは話を聞こう」
シリウスは座ったまま本から顔をあげて、樹利亜を見る。
「はい」
樹利亜はカノープスとミルザムの隣の店舗のことを話した。
「まさか自力で物件を見つけただけではなく、準備金の支払い免除を勝ち取ってくるとはな」
シリウスは予想外だと目を丸くする。
「運がよかったのです」
樹利亜としてはそう言うしかない。
カノープス、ミルザムのような性格の持ち主と出会えたのは、他に説明のしようがないのだから。
「許可をいただけますか?」
「いいだろう。それだけでなく、最初の店舗の設備をそろえるのもエマに手配させよう。気になるなら、稼いで返してくれればいい」
「はい」
樹利亜は最初からそのつもりだった。
そのことはシリウスも気づいたようだが、何も言わなかった。
樹利亜は懸念事項について相談する。
「営業形態ですが、在庫を持たないようにしようと思います。最初、私のことを売り込まなければならないという点は同じでしょうし、だったら在庫リスクがないほうがいいのではと思ったのです」
「そうだな。付与魔術を使った商品は、効果を一瞬で実感するというわけにはいかない。顧客にサービスが定着し、評判を呼ぶまでは時間がかかるだろう」
シリウスはそう語った。
「ただ、それを考えると靴下はいいアイデアかもしれないな。一日あれば実感できるのだろう?」
彼の視線がエマに向けられる。
「はい。ずっと使い続けたいと思うほど、効果を感じました」
彼女は微笑をシリウスと樹利亜に見せながら答えた。
「靴下は比較的安価に手に入る。一足くらいダメだったとしても、損失は少ない。そう考える人が出てくると期待できるでしょう」
エマとシリウスの話を聞いて、樹利亜は少し自信を持てる。
「ではさっそく準備にかかるといい。なに、かかった費用は後日君に請求する。余裕ができれば少しずつ返してくれればよい」
「シリウス様。最初の二か月くらいは、家賃の負担をお出しになってはいかがですか? ジュリアさんはお店経営の初心者なのですから、もう少し援助があってもよいと存じます」
エマは笑顔を消してシリウスを諫めた。
「ふむ。俺は別にかまわないが」
シリウスはどうでもよさそうな顔で言う。
月に銀貨七枚と大銅貨五枚の支出くらい、彼にとって大したことはないのだろう。
「ええっと、無理そうだった場合はお願いします」
樹利亜は申し訳なさそうに頼む。
(ここで強がっても意味ないものね)
と思うからだ。
できるかできないものを、できると言い張るのは愚かだろう。
無理かもしれないと素直に認め、支援を受ける。
そして大丈夫になったところで返していけばいいのだ。
「分かった。定期的にエマに様子を見に行かせよう」
シリウスの言葉に樹利亜は「えっ」と思ったが、指名された本人はニコニコしている。
「ごめんなさい」
樹利亜が小さく謝ると、エマはにっこり答えた。
「お気になさらず。それよりもこれからが大変ですよ。頑張ってくださいね」
力強い励ましに、彼女はこくりとうなずく。
「精いっぱい頑張ります」
シリウスにもエマにもこれ以上負担をかけたくない。
少しでも減らすためにも頑張ろうと樹利亜は決意した。