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【相野仁】異世界にトリップしたので『付与魔術』で生き延びます!  作者: 相野仁【N-Star】
第一章「トリップ」
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第十二話

「あー、緊張した」

 樹利亜は自身の胸に手を当てる。

「初めての接客ですものねえ。でもいい経験になったでしょう」

 エマはニコニコしながら言った。

「上手くいくといいのですが」

「シリウス様が認めたくらいだから、心配はいらないと思いますよ」

 不安そうな樹利亜をエマは励ましてくれる。

「どうします? 少し休みます?」

「いえ、日用品とかを見て回れたらと思います」

 樹利亜はそう答えた。

 ミルザムと出会ったことで、店を持って暮らすイメージが浮かぶようになった。

 だからこそ見て回りたいという欲求が出てきたのである。

「分かりました。疲れたらおっしゃってくださいね。慣れない土地に来て、慣れないことばかりしているのですから、無理は禁物ですよ」

「はい。ありがとうございます」

 エマの気遣いに樹利亜は礼を述べた。

(エマさんにはかなわないな)

 と思いながら。

 

 数日後、樹利亜はシリウスの許可を得て、エマと二人で再びイアンの街に到着する。

 今回もずっと歩きっぱなしだった。

 シリウスに頼めば何とかなったのかもしれないが、いつまでも彼に頼り続けるのはよくないと考えたのである。

「前回見た物件に借り手がついたということはないでしょうか?」

 街に入ったところで樹利亜はエマに尋ねた。

「さすがに二、三日で状況は変わることはないと思いますよ」

 エマは微笑んで応じる。

「それだったら前回、見せてもらえなかったでしょう。決まりかけている物件は見せてもらえないというのはマナーですからね」

「なるほど、そうなのですか」

 今ならばまだチャンスだと言って客の気持ちを煽るようなやり方は、こちらの世界では認められていないらしい。

(世界が変わればルールが変わったりするのね。同じ場合もあるけど)

 と樹利亜は思う。

 その手の研究家にしてみれば、格好の研究材料になりそうだ。

 あいにくと樹利亜にそんな余裕はかけらもないのだが。

「気になるなら、店舗をもう一度見に行きますか?」

 さらりと言ったエマは、おそらく前回の店舗の情報が頭に残っているのだろう。

 あるいはメモを持ってきているか。

 樹利亜は迷わず首を横に振った。

「いえ、今の私が気になっているのは、ミルザムさんに使った付与魔術の結果ですね。気に入ってもらえたらいいのですけど」

 ミルザムが気に入ってくれたならば、店を持つのに自信になるし前進したと言える。

 しかし、もしも気に入られなかったのなら……。

 両頬を軽く叩いて、心に入ってきた弱気を追い出す。

「ああ、あの人ですね。たしかに重要ですね。じゃああの人の所に行ってみましょうか」

 エマは納得してそう言い、迷わずに歩き出した。

 樹利亜は彼女の後をついていくだけでよいのだが、道を覚えようと必死に周囲の建物を観察し、頭に刻み込む。

 複雑な道順でないのが幸いだった。

 ミルザムと出会った場所まで行くと、例の店は相変わらず借り手がついていないようだ。

「ミルザムさんの店は閉店中みたいですね」

 エマが指摘に樹利亜はうなずく。

 前回来た時は出ていた「カノープス&ミルザム」という看板が今日は出ていない。

 開店中閉店中という表記はなく、看板が出ているかどうかで判断するようだ。

「考えようによってはラッキーです。仕事中に意見を聞きに行くのは、難しいですから」

 と樹利亜はポジティブに考えて言う。

 閉店中であればその点問題はない。

「もっとも閉店中となれば、いらっしゃるか分からないのですが」

 不在だった場合はどうしようかと思った頃、建物の裏からミルザムが姿を見せる。

「幸運でしたね」

 エマが樹利亜に話しかけるのと同時に、ミルザムが彼女たちに気づいた。

「おや、あんたたち! たしかジュリアさんだったね!」

 ミルザムは目を見開き、大股で近寄って来る。

「はい。あの、その後どうでしたか?」

 見た感じ彼女は怒っていないので、ダメだったということはなさそうだが、実際に聞いてみるまで樹利亜は不安だった。

 彼女に問われたミルザムは破顔して答える。

「いやーそれがね、あれからすっかり調子が良くなったんだよ! 腰は楽だし、体はぽかぽかしているし、いいものをもらったって気分さ!」

「そうでしたか」

 樹利亜も嬉しくなった。

「それで、あんたたち、まだ物件を探しているのかい?」

「ええ。その前にまず、ミルザムさんのお話をうかがおうと思いまして」

 彼女が事情を話すとミルザムは嬉しそうに笑う。

「ならよかった! あんたさえよければ隣の空き店舗に入ってくれないかな?」

「えっ?」

 どういうことなのかとっさに分からず、樹利亜はきょとんとする。

「もしかして……」

 エマの方はピンと来たらしい。

 彼女に向かってミルザムは笑いかけながら言った。

「ああ。物件の持ち主はうちの旦那なのさ。旦那の許可はとってあるよ」

「ええと」

 思いがけない展開についていけず、樹利亜は目を白黒させる。

 ミルザムがまさか物件の持ち主側の人間だとは夢にも思わなかったのだ。

(でも、考えようによってはチャンスよね)

 やはり賃貸物件はオーナーの人柄によっても違ってくる。

 ミルザムの旦那はまだどういう人なのか分からないが、彼女とは上手くやっていけそうな気がした。

「お借りする条件についてうかがえればと思うのですが」

 樹利亜が思い切って申し出ると、ミルザムはうなずく。

「ああ。それだったら旦那も交えたほうがいいね。さっきも言ったけど、持ち主は旦那だから。よかったら今からうちに来るかい?」

 樹利亜は首を縦に振りかけて、エマの方を見る。

 彼女がうなずいたのでミルザムに返事をした。

「分かりました。お邪魔します」

「あいよ。じゃあついてきな」

 ミルザムは二人のことを興味深そうな目で見ていたものの、この場で聞いてくるようなことはしなかった。


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