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【相野仁】異世界にトリップしたので『付与魔術』で生き延びます!  作者: 相野仁【N-Star】
第一章「トリップ」
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第十一話

 一軒目は青果店の向かい側にあって、鮮魚店と洋裁店に挟まれていた。

「立地は悪くなさそうですけど、ジュリアさんはどう思いますか?」

 エマの問いに樹利亜はまず確認しておきたかった。

「立地の良し悪しってどこで判断するのですか?」

「ああ、そうでしたね」

 エマは失敗したという顔を一瞬し、すぐに教えてくれる。

「基本的には大通りに面しているかどうかが大切です。やはり人通りが多く、目につきやすいかが重要になってきます」

「はい」

 それは樹利亜にも分かった。

「後、住宅エリアからどれだけ離れているか、です。住宅エリアから離れていると不利になりますね」

 この発言に疑問を持ったので尋ねる。

「住宅ってまとまって存在しているのですか? 住み込みがどうという話があったと思いますが」

「ああ、言い方が悪かったですね」

 エマは苦笑して言い直した。

「住宅が集まっているエリアがあるのです。もちろん、それ以外のエリアにも住宅はありますし、お店と住居が一緒になっている建物のもあります」

「なるほど。その住宅が集まっているエリアに近いほうがよいということですね」

 樹利亜は合点がいった。

「ええ。ですが、先ほど話に出たように、どういう店舗形態でやるのかでも変わってきますよ」

「在庫を持つかどうかですか」

 エマは大きくうなずく。

「在庫を持つなら、やはり住宅エリアから近いほうがいいでしょう」

 それは樹利亜も納得できるのだが、気になることがあった。

「在庫を持たない場合、付与魔術師ってどういう営業形態になるのです?」

 在庫を持たない場合が想像できないのである。 

 エマは少し困った顔をした。

「私でも説明はできると思いますが、私は魔術師ではありません。シリウス様からお聞きになったほうが確実でしょう」

「それはそうですね」

 樹利亜も同意した。

 シリウスは専門家だけあって、彼女にも伝わるように説明してくれる。

「今日のところは紹介してもらった五軒だけ見ることにしますか? 他の不動産屋も見ておきますか?」

 エマの確認に樹利亜は考えたが、すぐに結論を出した。

「五軒だけにしておきます。店舗形態なども決めていないですし、準備金の問題もあると分かりましたから」

 何も今日中に決めてしまうことはない。

(急いては事を仕損じるって言うしね)

 樹利亜は自分に言い聞かせる。

 焦って失敗しては目も当てられない。

 力をつけて必要なことが分かるようになることが肝要だろう。

「二軒目は住宅エリアですね」

「ええ。物ややり方次第では、ここが一番ですね」

 エマはそう評価する。

(冷え性対策の靴下とか、売れるかしら)

 と樹利亜は思う。

 デネブの店ではそういった商品の取り扱いはないようで、あまり参考にならなかった。

 競争相手が扱っていないという点だけ考えればメリットだが、売れないからこそ扱っていないという可能性も考慮しておかなければならない。

(それを考えると、在庫を持たないというのは有利よね)

 靴下を仕入れてしまうと、売れなかった時が悲惨だ。

 在庫を持たなければ提供する魔術のサービスを変えるだけでいい。

 もっとも見ず知らずの相手に付与魔術を使わせてもらうことが、どれだけ大変なのか樹利亜には皆目見当もつかない。

(売り込みの仕方も考えておかなきゃ)

 やることがたくさんあって大変だ。

 それでも樹利亜はそのほうがやりがいもあると前向きに考える。

 三軒目と四軒目は近所で、どちらも大通りから外れて小さな道を入ったところにあった。

「これはあまりいい立地ではないということですか?」

 樹利亜の問いにエマは渋い顔でうなずく。

「ええ。他が空いていなければどうしようもないですが、できるだけ避けたほうがいいと思いますね。もちろん、ここからでも店を繁盛させるのは不可能ではないと思いますが」

「うーん」

 樹利亜は困難を乗り越えることに生きがいを感じるタイプではない。

 しなくてもよい苦労はできるだけしたくなかった。

「このふたつはできるだけ後回しで、ですね」

 と樹利亜は言って最後の店にやってくる。

 その店は大通りに面していて、近くに甘味処があるせいか若い女性の姿をよく見かけた。

「住居兼店舗が多いエリアですね。若い女性や中高年の女性が多いので、客層に見合ったものを提供できさえすれば、おススメの立地になりそうです」

 エマはそう言ったものの、表情が明るくない。

「いいことずくめだと思うのですが、どうかしましたか?」

 不思議に思った樹利亜が尋ねると、エマは声を低めて答えた。

「ここだとたぶん家賃がよそよりも高いですよ。住居スペースがあるのですから、当たり前と言えば当たり前ですが」

「あ……」

 樹利亜はエマが不安そうな理由を察する。

 家賃が高いということはつまり彼女にとっても負担となるのだ。

「でも、ここはよさそうですよね」

 樹利亜は残念そうにあたりを見回す。

 住居兼店舗の建物が多いということは、その分需要も見込めるだろう。

 女性たちが多いのも彼女にとってはプラスである。

「そうなのですよ」

 エマはそっとため息をついた。

「どうしてここが空いているのかと言えば、おそらく家賃が高いのと競争相手が多いからでしょうね。後者に関して言えば、ジュリアさんは付与魔術師なので大丈夫だと思いますが」

 付与魔術を扱う店は近隣には一軒もない。

 他の店との差別化を図るのは容易で、需要に合ったものを提供できさえすれば、何とかやっていける可能性はありそうだ。

 二人がそうやって会話していると、貸し店舗の隣の店から恰幅の良い中年女性が出てきて、彼女たちに気づく。

「おや、見ない顔だね」

 女性は興味深そうな顔で青い目を樹利亜に向ける。

 樹利亜はチャンスだと思い話しかけてみた。

「ここって以前、どんなお店があったのですか?」

「ここかい? 前はケーキ屋、その前はパスタ屋、その前は焼き肉屋だったかねえ。どれも一年ももたなかったね」

 中年女性の回答で、彼女はここの厳しさを察する。

 同時に食べ物屋ばかりだということにも気づく。

「あのう、この辺で付与魔術のお店ってなかったのですか?」

 樹利亜の次の質問に中年女性は怪訝そうな顔をする。

「魔術の店なんて、そんな簡単にやれるもんじゃないからね。……あんた、もしかして魔術の店でもやろうっていうのかい?」

 逆に質問されて樹利亜はギクリとなるが、目の前の女性は悪い人ではなさそうだ。

 場合によってはお隣さんになるかもしれない。

(だったら隠す必要ないよね)

 と思った樹利亜はちらりとエマを見ると、微笑が返ってくる。

 まずいと思えば止めてくれるだろうエマが何も言わなかったことに安堵し、樹利亜は自分のことを打ち明けることにする。

「ええ、実はそういうお店を開けたらなと考えているところなんです。でも、まだ検討中なんですよ」

「ふーん。あんた、魔術師様なんだ」

 中年女性は珍しいものを見る目つきで、彼女をじろじろと見た。

 伝わってくる人柄のせいか、あまり不愉快ではない。

「ええ。何かご希望の商品はありましたら、参考までに聞かせて頂ければ」

 樹利亜はせっかくだからと要望を聞いてみる。

 お店をやっているような女性の希望を知れば、ヒントをもらえるかもしれないという淡い希望を抱いていた。

「ほしいものねえ」

 女性は腕組みをして考え込んだが、それは数秒だった。

「寒い日は足が冷えて困るとか、腰が痛む時は温めるものがほしいとかだけど、あんたが作れる魔術具で何とかなるものなのかい?」

 女性の青い目には半信半疑という色が浮かんでいる。

 初対面なのだから信用されなくても無理はないと樹利亜は腐らなかった。

「お近づきのしるしに付与魔術を使ってもいいでしょうか」

「うん? 今ここで使うのかい?」

 女性の表情が意外そうにゆがむ。

「ええ、そうですけど?」

 樹利亜のほうこそ不思議なくらいだった。

 シリウスに教わった付与魔術は、その気になればいつでもどこでも気軽に使えるものだからだ。

「へえ、それはすごいね。ちょっとやってもらってもいいかい?」

 中年女性は見るからに乗り気になっている。

(半信半疑でやらせてもらうよりはいいんだけど)

 いったいどうして急に態度が変わったのか、樹利亜には分からなかった。

「分かりました。では靴下と……そうですね。腰に巻く布か何かはあるでしょうか」

「これでいいかい?」

 樹利亜の言葉に女性は後ろポケットにつっこんでいた、青い布を見せる。

「ええ。腰に巻いてもらえるなら大丈夫だと思います」

 樹利亜は答えるとまずはその青い布に付与魔術をかけた。

 白い光が青い布を包む。

「終わりました。どうぞ、巻いてみてください」

 樹利亜にすすめられるがまま、女性は青い布を腰に当てる。

「おや、たしかにほっかほっかしているね」

 青い目を見開いて女性は驚きをあらわにする。

「数日使ってください。ご満足いただけたらいいのですが」

 しばらく使ってみないと、合っているかどうか判断できないだろう。

「次は靴下だけど、脱いだほうがいいかい?」

 女性の問いに樹利亜は首を横に振る。

「いいえ。見せていただければ十分ですよ」

 樹利亜はにこりと笑いしゃがみ込む。

 女性は右足をあげて白の靴下を見せてくれた。

「ではいきますね」

 いちいち断る必要はないのかもしれないが、気分的な問題である。

 付与魔術の発動は白い光に包み込まれるだけだし、漫画やゲーム、アニメのように呪文を唱える必要はない。

「どうでしょう?」

「うーん、ちょっとあったかくなったかな?」

 樹利亜が立ち上がって聞いてみると、女性は困った顔で答える。

「しばらく様子見ですね。靴下ですから、あまり効果ありすぎても履いていられなくなりますから」

「それはそうだね」

 女性は樹利亜の説明に納得してうなずいた。

「ところであなたのお名前は?」

「樹利亜といいます」

 今さらという気もするが、樹利亜はようやく名乗った。

「ジュリア……珍しい名前ね。私はミルザムよ。また近いうちに会えるかしら?」

「ええ、ぜひ」

 樹利亜はそう答えてからちらりとエマを見る。

「二、三日後また来ればいいと思います」

「ではその時に感想を聞かせてくださいね」

「分かったわ」

 ミルザムと手を振って別れると、樹利亜はほっと息を吐きだす。


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