第五筋 ―回復魔法もすなわち筋肉である―
謎の男の襲来が収まり、我輩は事後処理に勤しんでいる。大胸筋が泣いているが、今はそれどころではない。何より、吾輩を筋肉と認めたラーズがそれを望んでいるだろう。
今は、吾輩も大胸筋を殺して事後処理に励もう。
「ルージュ、教官たちの様子を見てくるのである。」
「嫌に冷静ね……わかったわよ……。」
「ラーズ、この男を頼んでも良いか?」
「もちろんだ、それが今は筋肉なのだろう。」
ラーズもわかってくれたようである。しかし、一体何故こんなことになってしまったのだろう。どこかに筋肉を宿す者同士が争い合うなどそれは、悲しいことだ。筋肉とは、優しさなのだ。だからこそ、この男にも優しさによって暴力に訴えなくてはいけなくなった過去があるのだろう。
ルージュを見回りに放って一分ほど経った頃ルージュは青い顔をして戻ってきた。
「大変! 先生たちみんなやられてる!」
「なに!?」
「あんた、何とかできるでしょ? お願い先生を助けて……!」
「わからぬ、だが、尽力するッ!」
「お願い、私の回復魔法じゃもう……。」
「落ち着け、とにかく案内するのだ!」
「わかった、わかったからお願い。」
「案ずるな、我輩は筋肉である。如何なる奇跡をもお越して見せよう!」
我輩は、初めて嘘をついた。筋肉とは、正直であるもの。だが、同時に優しいものなのだ。ここで、嘘をつかぬものは優しいものではない。だが、嘘ついたなら正直者でもない。筋肉というのは、どこまでも優しき傲慢に穢れる道なのかもしれない。
案内されたところにいた、教官たちはそれはひどい有様であった。未だかろうじて息はあるもののほうっておけば各々の理由で死に至るだろう。
「なんとかなる?」
「わからぬ、我輩は回復魔法を使ったことがないのだ。」
「そんな……。」
「だがっ、それも魔法というからには筋肉なのだろう。やってやれぬことはないはずだ、我輩は筋肉だ。筋肉は、万能なのだ!」
「そうよ、あんたならできるはずよ。わかった、回復魔法を教えるわ。」
「あぁ、頼む。」
我輩はルージュから回復魔法を伝授してもらった。ルージュの説明はこうだ。
『回復魔法は魔力に優しさを乗せて生命の力に変換することで対象を癒す魔法。あなたに、わかりやすく説明するなら相手に、自分の気合を渡して無理やり命を繋げさせるってとこかしら?』
だが、吾輩には難解だった。筋肉が一度も登場しないことを理解するなど不可能に近かった。だから、吾輩にわかりやすいように変換しよう。
『筋肉=優しさ。気合=活力。つまり、対象をモアマッスル!!』
そうと決まれば話は速い。我輩は早速初めての回復魔法に挑んだ。
「マッスル!!!!! モア!! マッスル!!!!」
今回は魔法の詠唱が多少長くなってしまった。だが、効果は見られる。対象の筋肉が増大している。筋肉とは生命力、すなわち自ら死に打ち勝つ力である。しかし、まだ足りない。
足りないなら、何度でもかけるまでだ。
「マッスル!!!! モアモア!! マッスル!!!!!!!!!!」
一人目の教官の顔色が心なしか良くなった気がする。きっと死地は脱したのだろう。さて、次の教官だ。
「ルージュ。貴様は他の生徒を応援として連れて来るのである。ほかの生徒たちには吾輩が途中まで直した教官の治癒の仕上げをしてもらう。」
「あんた。ほかの先生の居場所分かるの?」
「筋肉が呼ぶ声に従えば自ずと道は見えるものである。」
我輩が、筋肉の呼び声に従って少し走るとそこには二人目の教官が倒れていた。一度やれば、あとは同じことを繰り返すのみである。
「マッスル!!! モアマッスル!!!!!! モアモアモアマッスル!!!!!!!」
詠唱の多少の短縮化出来ている。これなら、教官達を全員助けることが出来るかも知れない。
回復が終わったのはそれから、二時間後のことであった。吾輩が、途中まで回復させた教官たちにはほかの生徒たちが放つ回復魔法がしっかりと効くようだ。教官たちも肉体に筋肉を宿すことができて心なしか嬉しそうである。吾輩の筋肉は代わりに、少しばかりしぼんでしまった。
教官たちが起きたのはそれから一時間ほど経ったのちのことだった。
「何だ、おかしいな。ムキムキになってる……。」
「俺……魔術師なのに……。」
「いやああああああああ、こんなゴリゴリの体いやああああああ!!!」
などなど、起きたあとしばらくは教官たちは困惑と喜びの声を上げていた。だが、所詮は与えられた筋肉。長持ちするわけはないのだ……。
この小説の元凶は超兄貴です。