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2-5



 園長室は遊戯室の隣にあった。一度ロウカへ出なくても直通で行けるようにドアがある。僕は園長さんに促されてそこから入った。

 広さはうちの学校の校長室と大差なかったけど、室内の半分は畳になっていた。その上にはいつでも寝れるように布団が敷いてる。

 後は小型の冷蔵庫とテレビ。何だよ、この部屋は。

「やっぱり驚いたか? ここはオレの住まいにもなっててな。どうもベッドは苦手なもんで」

「はぁ。家族の人は何も言わないんですか?」

 子供がいたら不憫だよ。

「気ままな独身貴族やってきたからな。そういうことを言ってくれる人は残念ながらいないんだよ。ま、適当に座ってくれよ」

 園長さんは掛布団と敷布団をいっしょにまとめて折り畳むと端へと追いやる。

 僕はスニーカーをぬいで畳の上に座る。

「あの、話って何でしょうか?」

「ないよ」

 僕の横にあぐらをかいて座ってけろっとした顔で答える。

「えっ、でも……」

「君が聞きたいことがあるんじゃないかと思ったからな」

「僕が?」

 僕は怪訝に思った。別に聞きたいことなんかあるわけがない。

「ここはオレと数人の仲間で出資して作ったホームなんだ」

 何も言わない僕に対して、園長さんは聞いてもいないことをしゃべりだす。

「裏の食堂街へ行ったか?」

 僕はとりあえずうなずく。

「あそこの料理人が他の出資者でな。みんな同額出したんだから園長はみんなでいいと思ってたんだけど、そんなのはおかしいって。で、仕方なく肩書きだけオレが園長になったんだ」

 ここは国が経営している老人ホームじゃないから資金面ではけっこう苦労したと言う。

「だから、お金を取るんですか?」

「お金?」

「レストランですよ。普通老人ホームとかってカロリー計算とかした食事を出すって聞いてます。家族からお金をもらっておきながらまたみんなからお金を取るんですか?」

「あ、あぁ。あそこで払ってるのはおもちゃのお金だよ」

「おもちゃ?」

 僕はますます怪訝な顔をしてみせる。

「オレたちは老人ホームを人生の終着点とは思ってないんだ。むしろ新しい出発点だ。家族から離れて自立して毎日を楽しく生きる。決められた食事よりも自分でお金を払って好きなものが食べれるのはうれしいことだろう。もちろん、カロリー計算もしているさ。お金を使うことってみんなにはハリになるんだ。それが例えおもちゃでもね」

「何かままごとみたいですね」

「それでもいいじゃないか。楽しければ」

 園長さんはあっけらかんと言う。どうやらこの人は楽しければ何をやってもいいという考えも持ち主らしい。単純というか幸せ者というか。

「生きがいを見つけて楽しく生きる。これは筒井が言ったんだ」

「父さんが?」

「筒井は子供の頃におじいさんが寝たきりになって家族が辛い思いをしてきたのを見てきてるからね」

 僕にとってはひいお爺さんだ。確か僕が生まれる前に老衰で死んだって聞いている。

「寝たきりになれば家族が苦しむ。それを知っているから奴は医者になった。これ以上自分たちと同じ思いをする人を増やすまいとして。けど、医者には限界がある。だから、ここで年寄りたちに生きる活力を与えてくれって。そうすれば、老いはなくなるんじゃないかって」

 父さんがそんなことを。

「でも、それは理想じゃないですか?」

「そうでもない。ミサエさんを見ただろう。あの人はここへ来た時は寝たきりで自分で寝返りすらできなかったんだ。それがグロリアが遊びに来るようになってから徐々に自分で動けるようになって、今じゃあの通り。車イスでどこへでも行けるようにまでなった。ミサエさんだけじゃない。グロリアが来るようになってからみんな生き生きとしてきたんだ」

 信じられない話だった。確かに『病は気から』とよく言うけれど。たったそれだけのことであんなにも元気になれるものなのだろうか。

「ホント不思議な子だよ、グロリアは。正直言ってあの子が来るまではこのホームもうまくいってなかったんだ。気ばかり焦ってな。けど、あの日いきなりあの子がうちへやってきて、気が付いたらみんな活気に満ち溢れていたんだ」

「グロリアってここの人じゃないんですか?」

「残念ながらね。うちで働く気はないかって誘ってるんだが、ずっとここにはいられないからって断られちまった」

 グロリアは謎だらけの少女だった。だけど、ここの人たちにはそんなことは関係ないみたいだった。グロリアが来てくれればいい。そんな感じだった。

「筒井は会うたびによく君の話をしていたよ」

 急に話題が逸れた。

「テストで百点とってきたとか、身長が少し伸びたとか、自分に似てガリガリにやせているけど大丈夫だろうか、仕事が忙しくてかまってやれないからすまないって」

 父さんが。

「そう思っているんならどうして僕に直接言ってくれないんですか?」

「照れ臭いんだろう。そういうことがすんなり言えるタイプじゃないからな」

「そんなの卑怯じゃないですか! 僕はいつもいつも勉強ばかりやらされてずっとひとりぼっちだったんですよ。日曜日だってみんなみたいに父さんと遊びたかったのに」

 何を言ってるんだよ、僕は。この人に言っても仕方ないことないに。

 園長さんは困ったような顔で僕を見る。きっと頬を流れている涙のせいだ。

「克彦くん。君も一度でもそのことをお父さんに言ったことがあるかい?」

 僕は首を横に振る。言えていれば今こんなに自暴自棄になってたりしない。

「言わなくたって親ならそれぐらいわかるでしょう!」

「親だって完璧じゃない。わからないことだってある」

「そんなの言い訳ですよ!」

「克彦くん!」

 園長さんの大声に僕はビクッとなる。

「あ、すまない。大声出して」

「いえ……」

「口止めされてたんだけど、いいか」

 園長さんは気まずそうに頭をポリポリかいて話を続けた。

「もう十年くらい前になるか。筒井病院の入院患者が看護婦の点滴ミスで死んじまったことがあるんだ。当時マスコミとかに騒がれて大変だったんだなぁ」

 十年前って、おじいちゃんが隠居した頃じゃないかな。僕は小さかったからよく覚えてないけど。

「筒井は十年かけてやっと病院の信用を取り戻そうとしているんだ」

 だから、だから僕にかまっているヒマがなかったとでも言いたいんだろうか。そんなの親の都合であって僕には……僕には。

「僕帰ります」

 居たたまれなくなり、僕は入ってきたドアとは別の−−ロウカ側のドアを開けて、逃げるようにして老人ホームを後にした。






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