下弦の月
次はいつになるかな?
謹慎から1週間が経ったある日、太陽がカラッとした青空の真上に差し掛かる頃、僕は時間を持て余していた。
ひまだ……うん……ひまだ。
自宅学習できる範囲は、すべてが家庭教師から教わっていた内容であり、きちんと覚えているので早々に終わってしまった。
誰か話し相手でも欲しいなぁ……、なんて思ってると不意に気づいた。そう言えばこの寮には他に誰が住んでいるのだろう?
まだ誰にも出くわしたことがない。利用者は限りなく少ないと聞いているが0ではないのだ。
寮の入口である共有スペースにいたら誰かに会えるかもしれない。ちょっと張ってみよう。
………
……
…
共有スペースにて待つこと数時間……。
時刻が夕刻に差し掛かってきたところで1人寮に帰ってきた。
金髪緑眼の長身の男性で、僕から見ても十分以上にかっこいい男子だ。彼のローブを見ると上級生のようだ。
彼は共有スペースで待ち構えていた僕と目が合うと少し驚いた顔をしたけど、すぐに足をひき身体全体を大きく使って挨拶をしてくれた。
「お初にお目にかかります殿下。私はキトゥルの王、アカランが長子、レオナルド=クローネ=デクマン=コペンハーゲンと申します。以後お見知りおきの程を」
大層演技がかった動作つきだが、彼がやると絵になる。イケメンって得だね。
キトゥルは王国の東の隣国だ。王国とは違い亜人と共存することで国を成長させてきた国で、そういう意味では僕の住んでいる国とは大きく異なる。
えー、レオナルド・ク、クロネ……――「親しき者はレオと呼びます。殿下とは懇意にさせていただきたいので、よろしければレオとお呼び下さい」――よろしくレオさん!!
「ところで殿下は一人で何を?」
同じ寮生って、誰がいるのかなーと思って……。レオさんは知ってる?
「私の知る限り6回生には私を含む2人。5回生に2人。4回生には3人。3回生には1人。2回生には2人。新入生では殿下唯御一人。合わせて計11人おります」
へー、そうなんだ。ありがとう。
あれ?でも、僕たちの国に王立学園に通う様な年齢の王族は10人もいないよね?3人しか心当たりない……。
「それは他国から参られている者たちがいるからですよ殿下。先人達のおかげで王立学園は今や自他共に認める当代最高水準の学舎です。他国のやんごとなきお方の係累も国際交流も含めて学びに来ているんですよ」
へー、他国からかぁ……ってレオさんもそうだもんね。
「なので王族寮に住まうものは一層自国の示しとならなければなりません、よ?」
レオさんは笑いながら釘をさしてきたので、
はい……すみません……。
僕もおどけて返事をすると、レオさんが一層笑うので僕も笑った。
そうこうしている内にまた誰か寮に帰ってきたみたいだ。
「あら?レオ様に……殿下?」
現れたのはTHE・お姫様って感じの綺麗な女性。いや、まぁこの寮に住んでる時点でリアルお姫様なんだけど……。
金 髪 縦ローーーール!!
僕が見た中ではこの髪型は相変わらずこの人が1番似合ってるなぁ。彼女はリルさん。実は彼女とは面識がある。
「おかえりリル。彼女のことはご存知で?」
はい。何度か宮廷でお世話になりました。
彼女は確か王家の亜流の出で、王位継承権こそ持っていないが王家に連なる年長者として僕のお世話役の1人だった人だ。
「覚えて下さっていたとは光栄ですわ。殿下も大きくなりましたわね」
あ、はいおかげさまで……。
ほんとお世話になった記憶しかない。僕が突拍子なことをしでかしてお世話役の人たちが偉い人から怒られるというサイクルが当時あった。ごめんなさい。
「殿下はこの寮のみんなに顔見世したいそうだ」
「そうですの。いい考えですわ。たしか……5回生の彼らは部屋で逢引でしょうし、4回生は詳しく把握してませんけどおそらく部屋では?3回生と2回生にはもう帰ってくると思いますわ」
あ、逢引?
「あぁ、うん、交際してるんだよ。ちなみに僕と彼女もね」
「はい。お慕いしております」
お、おっとな〜……。
「あっ、噂をすれば帰って来たようですわね……。彼はメラト=セクォータ=カゥ=エルカマンですわ」
黒髪が印象的な小柄な男性だ。どっかで見たことあるようなないような。それにしても、なんか不機嫌そう。
あ、どうも。こんにちわー。
「ちっ」
え、あ、あれ?
エルカマンさんは僕を見て舌打ちすると足早に共有スペースを通り抜けて行った。不機嫌そうなんじゃなくて不機嫌なんだ。
「あっ、こらっ、殿下に失礼ですわメラト!!」
エルカマンさんの態度に憤ったリルさんはそのままエルカマさんを追いかけて共有スペースを出ていってしまった。
「嫉みでしょ」「妬みでしょ」
「「2つあわせて嫉妬でしょ」」
び、びっくりした!!気がつけば僕の後ろに2人の女子が立っていた。
い、いつの間に……。
さらに驚くべきことに彼女達は瓜二つの容姿なのだ。
「驚いたでしょ?」「驚かせたでしょ?」
はい、とても驚かされましたよ……。
2人も僕の後ろでハイタッチしてるけど何年生の人なんだろう?あんまり年の差は感じない。
「おかえり2人とも。彼女たちが2年生の2人です」
レオさんが説明している間にもまたなんかやってる。
「ダブルでしょ?」「ダブルでしょ?」
「「やっぱりツインズでしょ」」
いぇーい、ってハイタッチしてる。よくわからんけどかわいいし楽しいからいいや。
「「私が▲○□●▽」」
え?
「「私が○▲□▽●」」
い、いっぺんに言われちゃわかんないよ。息がピッタリ過ぎて完全に混ざってる。
「「私が○□▲▽●」」
ん、んー……んんん?
彼女たちは悩んでる僕を見てケラケラ笑うと後ろに下がった。
「またね」「今度ね」
「「また今度ね」」
あ、うんばいばーい。
僕が手を振るとやっぱり嬉しそうにケラケラ笑って出ていった。
「彼女たちはとても悪戯が好きなんです。ちなみに彼女たちの名前は私の知る限りでは誰も知らないんですよ、不思議ですね」
え?そうなの?そんなの先生にでも聞けば……。
「うん。それなんだけどね。先生方はツタイとヒヨリって仰るけど……本人たち曰く違うらしいんです」
どうなってるんでしょうね、とレオは肩を竦めた。
「ただ家名だけはハッキリしているんですよ。我が国キトゥルの東の隣国である帝国の帝に連なる家系のテンノウの者です」
へー、帝国の人なんだ。テンノウの家計は聞いたことはあったけど初めて見た。
「基本はいい子たちだけど、殿下も彼女たちの悪戯には気をつけた方がいいかもね?」
そ、そうみたいですね。僕もそう思います。
「4年生の者達は今日は出てこないみたいだからまた今度紹介させていただきます」
その後はレオと雑談、と言っても僕からの質疑応答みたいな形だ。
話してやっぱり思うけどなんかレオはすごい大人だなぁ……。実際に僕なんかよりずっと大人なんだけど……。
「どうかしましたか?」
いや、僕が6回生になる頃にはレオさんの様な人になれるのかなぁ?なんて……。
「私の様に……ですか?」
うん。爽やかでイケメンで話しがうまくてイケメンで姿勢が丁寧でイケメンで……。
「イケメンかはどうかは置いといて、過分な評価をありがとうございます……ですが、殿下は例え私の様になっても私にはなれません……と申しますのも、これから殿下はこの学び舎で多くのことを学び、出会い、競い、心身ともに大きくなって行きます――
レオさんは笑顔でゆっくりと、まるで弟にでも言い聞かせるかの様に、されど力強く言い切った。
――その中で御自身で理想の御自身も見つかるでしょう。その時は、躊躇わずにその道を進んでください。殿下の欲しいものはその先にしかありませんが故に」
むずかしいなぁ……、やりたいことをやればいいってこと?
「そうですね。ただそのやりたいことに必要なことをやることもお忘れなく」
が、がんばるよ。それがはやく見つかるといいんだけどなぁ……。
不安そうな僕を見てレオさんはくすっと笑う。
「こう言っては失礼にあたるのですが……今の殿下はまるで昔の私の様です」
レオさんもこんな風に悩んだの?
「それはもう悩みました……1回生や2回生の時はみな悩むものです。かく言う私も当時の先輩方に憧れたものです」
目を細め過去を振り返るレオさんの顔は嬉しそうだ。
なんか俄然やる気がでてきた。僕もがんばるぞー。
「その意気です殿下。では、私はお先に自室に戻らせていただきます。何か御用の際は気軽にお呼び下さい。私の部屋は1番上の階の西側の部屋になります」
あ、うん。ありがとう。
レオさんは僕の返事を聞くと、ニコリと笑った後、サッと身を翻し共有スペースから出ていくのであった。
いつになるだろう?