6:教会で寝てたら女騎士に拉致られた話
「おい、起きろ」
「エァ……?」
薄目を開けて見てみると……うおっ、まぶしっ……目に映ったのは。
白銀色の長い髪、切れ長の目に透き通るようなサファイアブルーの瞳、そしてゴツくて青い鎧。 全身を青と白で統一したような、見るからに騎士っぽい女の人が、屈んでこちらを覗きこんでいた。
えーと……宝塚の人ですか?
イカン、なんか寝惚けてるな。
え、誰? 僧侶さんじゃないよね?
ていうか眼力スゲーなこの人。
「目が覚めたか?」
「ア オ ハザス……?」
「貴様、ここで何をしている?」
「ハイ……?」
「正直に言え、こんなところで貴様はいったい何をしていた?」
「エト ネテ ネテタッス」
「ほう。貴様、どこの生まれだ?」
「エーット……」
ドゥーユーノウ、ジャパン?
「どこから来たのだと聞いている」
「アノ ト トオク カラ ッス」
女騎士がグッと顔を近づけてくる。
もう超至近距離。
もうキスできちゃいそうなくらいの……それだとニュアンスぜんぜん違うな、そう、昔の不良がガン飛ばしてきたくらいの至近距離。
「貴様、さては……無職だな?」
はぇ?
「ア イエ チガイッス」
違うよ。
いちおう、昨日から無職じゃないよ。
え、ていうか何? 無職だとどうなるわけ?
女騎士がなおもガン飛ばしてくる。
直後、なんか一瞬、視界が「古いビデオで撮ってる感」になって、また元に戻った。
え、なに今の? きもちわるっ。
女騎士が肩をわなわなと震わせる。
「なんたることだ……! 嘆かわしい……!」
そして、膀胱らへんが気持ちよくなりそうな眼光で睨みつけられる。
だから目力ハンパないって。
「見ろ、やはり無職ではないか! まっっさらな、無職ではないか! 貴様、この私が『鑑定』を使えないとでも思ったか? 不届き者め!」
ああ、今の感じは鑑定されたってこと?
てか……はい?
ちょっと待って。なんでなんで?
だって俺、面接は受かったよ?
昨日はちゃんと働いたよ?
なんで?
アルバイトだから? 正社員じゃないから?
どうにか弁解しようと試みるも、コミュ障が祟って言葉が出てこない。
「まったく、なんたる怠惰、怠慢……人的資源の無駄遣い……否、資源の損失……不徳の至り……? ええい、とにかく! 我々人類に、無職を野放しにしている余裕などないのだ! さあ来い!」
「エト アノ……ドコヘ?」
「無職は強制的に戦場送りだ!」
えええええええええええええええ……??
ナンダッテーーーーーーーーーーーーーー
首根っこを引っぱりあげられる。
宙に浮く俺。
マジですか?
いやいやいやいや、あり得る? そんなこと。
そのまんま、外に連れ出された。
朝(昼?)が来て、賑やかになってる大通り。
馬車とか人とかいろんなものが行き交ってる。
そして目の前に、なんか絵に描いたようなムッキムキの白馬がお出迎えしている。
それからフワッとしてヒュンッとなってケツに激痛が走り、一瞬で馬の後部座席?に乗せられていた。続いてフワッと女騎士も俺の前にまたがる。いや、フワッて、そんなにその鎧軽い?
「私の腰に腕をまわせ。しっかりつかまっていろ。振り落とされるなよ」
あの、拒否権とかはないんですかね?
ないんですよね。
てか、腰に腕って、その、触っちゃっていいんですか……?
というのも、女騎士の鎧はプレートアーマーチックなものなので、腹の部分はわりとペラい布に見えるのだが……。
おずおずと女騎士の腰をホールドする。
ええ!?
かって!
腹筋超ーーーかてえ!
いやコレ、ゼッタイ勝てる気しないしおかしいわやっぱり。
「行くぞ!」
たづな、ぴしー。
白馬、悠々と走りだす。
脳内に「ドナドナ」が流れはじめた。
あーあ、ミスった間違えたー。教会で寝るのはダメだったー。バッドエンド直行の死亡フラグだったー知るかー。初見でわかるかーそんなもんー。
タァ~スケテエェ~。
てか、揺れる揺れる。
マジケツが痛い。マッハで痛い。
白馬は豪速で街道を駆け抜けていく。
てっきり街の外れにでも連れてかれるのだと思っていたが、うらはらにどんどん街の中心へ向かっていくようだ。
ふと、ある地点で道の両サイドの建物が消えた。それどころか、見渡すかぎり建物が消えていた。代わりに、その広大な空間に立ち並んでいたのは無数の白いテント。
ひっろ。
なんだ、ここ?
20万人規模のコンサート会場か?
白馬は巨大広場のど真ん中をなおも駆けていく。
おお、冒険者超いる……。
ローブを着た魔法使いや斧を持ったドワーフ、いかにも冒険者ですが何か?というような格好の人びとが広場のそこかしこにたむろしている。
そして通りがかりにみんながこちらを振り向く。
うわぁ、めっちゃ注目されてるわ。
ふと、向こうのほうに一瞬、地面が虹色に発光している場所が見えた。
たぶん、円形に発光していて、おそらく魔法陣的な模様が描かれている。
そこに今しがた、3人の兵士が突如出現した。
うわお、アレひょっとして、ワープさんじゃないっすか……。
ワープ、あるんすね?
キメッキメっすね……。
すごいな異世界。さすが異世界。
現代日本より文明進んでるんじゃないの?
ちなみにワープ先はどこに繋がってるんだろーね……。さっきの3人の兵士たちの鎧にベッタリついた真っ黒な血痕を見るかぎり、あんまり楽しい場所じゃなさそうだよね……。
なんてことを考えてたら、馬が急停止した。
「ブルルッヒッヒン!」
「グェ」
「何をしている。着いたぞ」
着いたらしい。
実は時間にすると1分くらいだった。近っ。
「マドンナーーー! いるかーー!?」
女騎士がすぐ近くのテントに顔を突っこんで声を張り上げた。
しばらくすると中から看護士のコスプレをしたマ○コデラックスみたいな人が出てきた。
「あらン、新入りねえン」
「こいつに鎧を着せてやってくれ! サンタ三等兵だ!」
「かしこまり~☆」
そのまま俺はテントに放りこまれた。
女騎士はどっかに去った。
「いい子だからねン、ジッとしててねン」
あまりの急展開に呆然としていると、目にも留まらぬ早業で鎧を着せられ兜をかぶせられていた。
「あらン、イケてるわねン、お似合いよン」
なんたることだ抵抗する隙もないとは。
「それじゃあ向こうの大きいテントのほうに行ってちょうだいねン。すぐにお昼ゴハンが出るわよォン」
なにっ、マジですか?
ゴハンですか!?
そしてマンガみたいなタイミングでぐ~っと鳴る俺のハラ。
イカン。
それを食べてしまうと、
もう後戻りはできない。
だって前になんかの本で読んだことあるぞ、
「異世界の食べ物を口にしたらもう帰ってこれない」って。
イカン。
だが、自分の意志とはうらはらに、足がにおいにつられてふらふらとそちらに向かっていく。テントに入ってしまう。
イカーン……