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 4:頭痛薬『メクリチール』

 ドアを開けた。

 パッと夜の風が吹きこみ、喧噪が流れこんでくる。

 目の前に広がる、華やかな夜の街。


 肩を支えられて歩いてる、いかつい鎧に身を包んだ兵士。とつぜん「げばあっ!?」と喀血。

「クソが……なんであんなザコに……俺が……」

「おい、いいから喋るな! もう少しだガマンしろ」


 チカチカまたたくネオンの看板。「モンスターの出現に注意!」の文字。


 向こうのほうでは、盗賊っぽい男たちが武闘家っぽい女の子のまわりを取り囲んでナンパしている。武闘家っぽい女の子の足が青白く発光する、ナンパ男の脇腹に回し蹴りをお見舞いする、ナンパ男は空高く吹っ飛んで見えなくなる。


 子どもたちが火炎放射器をぶっ放している。


 ゾンビが笑いながら歩いている。包帯ぐるぐる巻き、目ん玉片方飛び出して刃物を持ったゾンビが笑いながら歩いている。「ネケネケネケネケ……」

 と思いきや、そのうしろから猛スピードで突進してきたマントの男が大剣で首をすっ飛ばす。続いて、駆けつけた魔法使いが呪文を詠唱する。

「プルート・オブ・デスティンクション!!」

「エゲァゲァゲァゲヘヘヘエエエハァッ!!」

 ゾンビが紫色の光をまき散らしながら溶けていく。


 少女が重火器をバンバンぶっ放す。


 遠くで謎の衝撃音。そこの空だけ夕方が戻ってきたみたいに赤く染まった。雲が同心円状に割れていく。

 白馬に乗った女騎士が腕を振りかざして大声で叫んでいる。

「現在魔境からグレート・グリフォンの大群が押し寄せてきている! 手の空いている者はみな中央広場へ集まってくれー!!」


 俺は目を閉じた。

 そっとドアを閉じた。



 おお……。

 おおおお……。

 どこ……。

 どこですかーここ……。

 あれ?

 駅の裏通りは? メガネのお姉さんのコンビニは? 時代遅れの繁華街は?

 いやいやいや。

 えーと?

 リザードマン店長……エルフさん……ポーション……僧侶さん……わんわんぉ……

 俺は頭を抱えた。

 自分の手の平の肉球がぷにってした。

 ああ、そーか

 異世界かここ。


「ん? おいサンタ、そんなところで何やってるんだ?」


 客と一緒になって飲んでる赤ら顔の店長が笑いながら声をかけてきた。


「アノ ア エト トイレッス」

「ああ。トイレな。そこの奥の扉だ」

「ア サース」


 そのまま思わずトイレに引っこむ俺。

 とりあえず避難だ。

 心を落ち着けるんだ。

 個室は落ち着く。

 ふう……。

 トイレは、異世界っぽくないんだな……。

 座る便座あるし、トイレットペーパーとかあるし。

 あーあ。

 トイレに隠れるとか、ファミレスでバイトしてたときも、社会人のときもやったなこれ。経験上、こういうことしはじめるとだんだん辞める流れになるんだよな……。

 まあ、それはともかく。

 なんだったんだ、さっきの。

 死亡フラグしかなかったわ。

 見渡すかぎりの死亡フラグだったわ。

 でね。

 単純な疑問なんだけど。


 Q:この店辞めたらどうなるの?


 この店辞めて、あの地獄みたいな死亡フラグの海にほっぽり出されたらどうなんの?


 A:死


 え、死?

 ……あれ、やっぱり、死? 死ぬ?

 うん。

 死ぬよねー。

 ……いかん、マジだ。今度ばかりは……辞めるわけにはいかないということか……外は地獄、ということは、俺にとっての安全圏は今のとこ、このバーの中、だけ……!

 俺はそっとトイレを出た。

 そそくさとカウンターの内側へ戻った。


 所在がなかろうが空気だろうが、なんとしてもこの場所に居座るしかない……!

 何か、何か役に立たないと……仕事、しないと……! このままではクビになってしまう。クビになると、死ぬ……!

 何かあるはずだ。俺にできること。何か……。

 あたりを見回す。

 目の前には、こめかみに指を当てて辛そうに俯いている、先ほど俺をバックれかけさせたシスターが座っている。

 そういえば。

 唐突に、ふと思いだした。

 彼女は最初にこう言ってたんだっけ。


 ――「頭痛い」。


 そうだ。

 そうだよ。

 彼女は頭痛を訴えていた。

 そして今さらピンと来た、さっき店長に飲ませてもらったポーションを思いだした。

 そうだ。

 そうだよ。

 あんなに体力回復する神ポーションが存在するくらいなんだから、頭痛薬みたいなのも、あるんじゃないか? ひょっとして。

 そして思いだした。

 見た。

 たしかに俺は見たぞ、頭痛薬のレシピ。面接のとき店長に見せてもらった、あのレシピ本で……!

 うしろを振り向く。酒のビンとビンの間にその本がはさまっている。

 こっそり拝借。そのまま横移動でカウンターを抜け出し、のれんをくぐって裏の厨房へ。

 調理台の上に、本を広げる。

 どこにあった。どこに載ってた。

 だいたい真ん中らへんだった気がする。

 開いたページには、ちょっとの余白もムダにするまいと、びっしりつめっつめで文字が書き込まれている。無駄な句読点が極限まで省かれており、改行が一切ない。

 まあ、異世界では紙がレアアイテムだっていうのは定番だけど、ここまでくるとちょっとした悪意を感じるんだけど……見づらい……。

 あれ、待てよ? ひょっとして索引があるんじゃないだろうか。

 そう思い、いちばん最後らへんのページをめくってみたら、ちゃんとあった索引。

 頭痛薬……ず……す……ん? ちょ、ないんかい!

 いや、よく見たら、どういう順コレ? 五十音順とかじゃないんかい。

 ええい、待て待て落ち着け、焦るな。

 大丈夫、時間はたっぷりある。

 だいたい真ん中らへんだった。

 そう、真ん中らへんをさがせばいい。

 細かい文字を指でなぞって頭痛の文字をさがす。

 店長に飲ませてもらったあのポーションは、すごかったんだ……イヤな気分も不安も一瞬で吹き飛んで、HPが回復した。だから……頭痛だってきっと同じように、治るはず……!

 ん?

 おお! あった! あったぞ!

 見つけた!!



====================

名称:メクリチール 分類:薬酒

レアリティ:B+

効能:魔眼の疲労回復、頭痛・神経痛の除去 

必要素材:①クアンカシス②エーカリ漬け酒③サハギンエキス④黒曜水⑤エギルメギル粉末

作り方:①75%+②5%+③5%+④5%→ステア(A)>A+⑤2g→ステア

備考:エーカリ漬け酒の成分が壊れやすい。過度にステアしないこと。

====================



 俺はすぐさまカバンからメモ帳を引っぱり出し、必要な箇所だけを書き写した。

 よし、あとはこの材料がちゃんと揃うかどうかだが……。

 のれんをくぐり、再びカウンターへ。


「アノ テンチョ」

「わっはっは……ん? どうしたサンタ」

「クアンカシス ノ サケ アルッスカ」

「クアンカシス? あったかなぁ……あったような気もする。でもなんに使うんだ?」

「エト ズツーヤク ツクルッス」

「ほう……? わかった、ちょっと待ってろ」


 店長はアゴをひと撫ですると、なにやら察してくれたみたいで、ガラッと足元の引き出しを開けた。その中にもずらっと酒が。ちょ、そこも酒かい。どんだけ酒あるんですか店長。いや、ありがたいけれども。


「あったあった。これだ。……で、次はなんだ?」

「エト エーカリヅケシュ ッス」

「エーカリ漬け酒? またマニアックな……いや待てよ? あったあった、たしか数日前蚤の市で見かけて……ちょっと待ってろよ」


 そんな感じで、レシピの材料や、必要な情報を一つ一つ店長に聞いては、揃えていった。

 そしてその結果……

 すべての材料が目の前に出揃った!

 ふう……。

 さて、あとは調合か。

 えーと? まず液体を4種類ぶっ込んで、ステアすると。……ステアってなんだ? 業界用語っぽいな。


「テンチョ ステア テ ナンスカ」

「ん? ああ、混ぜるって意味だぞ」


 ああ、混ぜる……そのまんまか。じゃあ……混ぜるでいいじゃん……。

 ふう、ともう一度深呼吸。

 まあ、俺にあの店長のポーション並みの味が再現できるとは、チリほども思ってない。だが、わかっているぞ。あのポーションの成分の半分は、店長の心だ。優しさなのだ。だから俺も、心を込めて調合すればいいはずだ。ああ、計量カップを持つ手が震えているぞ。分量的な意味での失敗だけはしないように……。

 いったいどういう原理でこんな肉球丸出しの手で計量カップ持ったり混ぜる棒持ったり細かい作業ができるのか自分でもよくわからんが、まあリザードマンの店長にだってできてるんだしノープロブレムなんだろう、そこらへんは。


 そして、できた。

 おお……きれいなオレンジ色……。


「ア アノ ドゾッス」


 俺はカクテルグラスを、こぼれないようにそーっとJK僧侶さんの前に持っていった。

 しくったな。先にグラスを僧侶さんの前に置いてから注げばよかった。

 僧侶さんは顔をあげた。


「……え?」

「アノ ズツーヤクッス」


 けっこうビックリした顔で、カクテルグラスに入ったオレンジ色の液体と俺の顔を交互に見ている。


「……え、あたしに?」

「ソス」

「……つくってくれたの?」

 うなずく。

 僧侶さんは、おっかなびっくり、またオレンジ色の液体を見て、やがてそろりそろりと顔を近づけ、グラスに口をつけた。

 緊張の一瞬。

 ヤバい、そういえば味見とかなんにもしなかったけど、激マズだったらどうしよう。


「……おいしい」


 あ、ホントに? あーよかった。


「……え? あれ? ウソ!?」


 それから僧侶さんは、自分の頬に触れ、おでこに触れ、頭に触れる仕草をした。

 えーと、効いた? いや、さすがにそんなにすぐには効かないか……? でもそのリアクションはひょっとして……


「……治っちゃった」

 僧侶さんの目がパッとこちらを見た。

 なんかすっごいキラキラしてる。

 その瞬間の彼女の表情を、俺は生涯忘れないだろう。

 僧侶さんがバッとその場で立ち上がった。そして、こう言った。


「ありがとう!」


 刹那、俺の脳髄を電撃が駆け抜けた。

 ランナーズハイの世界が見えた。

 衝撃的だった。

 コンビニのお姉さんに言われる「ありがとう」の一億倍くらいの衝撃が来た。そのまま地球を7周半しそうだった。あ、ここはたぶん地球じゃないんだっけ、まあどうでもいいや


「ほお」

 店長が感心したような声を出した。

「サンタ、おまえバーテンの才能があるかもな!」


 いやいや店長、バーテンの才能っていうか、レシピ通りに作っただけだし誰でもできると思うけどね。

 はあ……でもよかった。とりあえずクビにはならなそうだ。

 さっきはバックレようとしてごめんなさい店長。

 ここで働かせてください。

 まだ死にたくないんです。


「あっ、あの、ほ、ホントに、ありがとうねっ!」


 そして僧侶さんにすっごい感謝された。

 まああの、だからアレなんだけどね。すごいのは俺じゃなくて、あのレシピ本なんだけどね。でもまあ、喜んでくれたようでなによりです、ハイ。



 ※



 そんなこんなで朝の4時。

 お客はみんな帰って、店仕舞いとなった。

 それぞれ身支度して、店を出る。

 うっすら白みはじめた夜明け前の街。

 先ほどの喧噪がウソみたいに静まり返っている。人っ子一人見あたらない。街全体が眠っているようだ。

「じゃ、明日もまた夕方頃来てくれよな」

 そう言って、店長とカイトと別れた。

 ああ、初日はさすがに疲れた。ヘトヘトだ。さて、俺も家に帰るか。

 って……ん?

 家? 

 なんてないよ? どこにも。


 ……あっれぇ?


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