2:回復薬『ポーション』
「あ、起きた? よかった。店長ー、サンタくん、目が覚めたみたいだよ」
花畑のような声が上から降ってきて、チラッと薄目を開けて見ると、目の前にいたのはエルフさんだった。
……何を言っているのか自分でもよくわからないが、とにかく、深緑色のローブにミルク色のショートカットから覗くピンととがった長い耳、……まあなんていうか、ほとんど芸術作品みたいな、よくわからないレベルの造形美の人が、テーブルの上からこちらを覗きこんでいた。
つまり、どうやら俺は店のソファで寝ていたようだ。
「おはよう、サンタくん。気分はどう?」
「ア オ ハザス……?」
「頭ボーッとしてない? わたしの顔、はっきり見えてる?」
「ア イッス ジョッス」
もはや死後の世界を疑う感じというか。
完全に天使的な見た目の人が、なぜか笑顔で話しかけてくるというシチュエーション。俺は混乱を落ち着けるため、いったん目を閉じた。
「さっき目が合ったけど、大丈夫みたいだったよ」
「おお、そうか。そりゃよかった。どれどれ」
しばらくしてから、チラッと薄目を開けて見ると、目の前にいたのは巨大な緑色のトカゲだった。
「気がついたか」
「ギイヤアアアアアアアアア」
夢じゃなかった!
夢だけど!
夢じゃなかった!!
「ム。人の顔見て叫ぶとはシツレーなヤツだな」
いやいや。
ビックリしますよ店長。
フツーに食べられるのかと思った。そのくらいの眼光だった。
「ま、そのくらい元気があるなら大丈夫だろうが……念のためだ。もう一杯飲んどけ」
店長は手に持っていたグラスを俺に手渡した。
中には何やらキレイな青い液体がたゆたっている。
「エト ナンスカ コレ」
「なにって、どこからどう見てもポーションだろう?」
ポーション。
なるほど、ポーション。
そう。
そういうのもあるのか。
「気絶中だと口に含ませるくらいしかできなかったからな。ホラ、ひと思いにグッと」
「ア サス アザス ダキッス」
俺は言われるまま、ひと思いにいった。いったった。
お……?
おおお……?
えええええナニコレ美味しすぎない? ええ……? すげえええええ
たとえるなら真夏の体育の授業終わりに飲む水。
身体のすみずみにまで染みわたるあの感じ。
身体が求めているものを満たしてくれる感じ。
あー、HP回復した!
って、わかる、なんか!
ほえええええええ……。
「ま、ウチのポーションはイズんちのハーブ使ってるからな。効果は折り紙付きだ」
へええ……。ってことは、エルフさんちは農家なのかな?
「うん、ちゃんと回復したみたいだね。よかった。あ、わたしはイズって言います。店長のお店にはお世話になってるから、これからもちょくちょく顔出すことがあると思うけど、よろしくね、サンタくん」
「ア ハ ヨロシク シャース……」
マジか。ってことは、何回も会えるってこと?
ふおおお……。
「ところでイズ、ゲラプンチャの芽が残り少なくなってきたから注文したい」
「それはおととい聞いたよ店長。10束ね?」
「いや、15束だ」
「もう、急に変えるのナシだよ」
「それから、ずいぶん前に注文したと思うんだが、ダークマンドラゴラシリーズはどうなってる?」
するとイズさんはあ!という感じで手を口に当てて、
「ゴメンね店長、あの種は先週絶滅させちゃったからもうこの世に存在してないの。言うの忘れてた、ゴメン」
ん?
いや、なんか今、こんなに天使な見た目のエルフさんの口から、ぜんぜん似つかわしくない単語が飛び出た気がするけど。気のせいか?
「ん、そうか? じゃあ、もう手に入らないか?」
「うん、『終末の呪詛』を聞かせたから二度と円環の理に還ってくることはないと思う」
えーと、なにそれ?
もしもし、エルフさん?
「まったくもう……自分たちが禁忌に触れたのはとっくにバレてるのに、未練がましく「生きたい」だなんて懇願してくるもんだから、最上級の呪いでしっかり根絶やしにしてあげたの」
えーと……?
「それより、もし注文の量変わるなら、早めに言ってね店長」
「ああわかった。とりあえずほかのは大丈夫だ」
「じゃあ、私はそろそろおいとまするね。もうすぐお店開ける時間でしょ?」
「あのな、イズ。とっくに開いてるんだよ」
「んふふ、だってお客さんなんて一人もいないじゃない」
「そういう問題じゃないんだよ」
「ま、でもそろそろ第一陣が来る時間だね」
それからイズさんは目線を俺のほうに向けて、
「それじゃあ、今日から頑張ってね、サンタくん。よかったら今度、ウチのお店にも遊びに来てね」
そう言って、帰ってしまった。あら残念。
それとほとんど入れ替わりに、店の扉が開いて、たくさんの僧侶さんたちが入ってきた。
「あー終わった終わったー」
「懺悔聞きすぎてつかれたわー」
「最近ホントむちゃくちゃなケガしてくるヤツ増えたよねー」
「うーぃ、店長、いつものー」
……うん。自分でも何を言ってるのかよくわからないが、とにかく、シスターの格好をした女の人たちがぞくぞくと店に入ってきて、あっという間にカウンター席が埋め尽くされた。
なにこれ……カオス……
「じゃあ今日も始めるとすっか。サンタ、さっそくだがこれに着替えてきてくれ」
ポスッと店長に手渡されたのは、ワイシャツ、スラックス、エプロン、蝶ネクタイ。バーテンダーセット。
俺はうなずいて、いそいそとのれんの奥へ移動。
そこは厨房だった。ってそっか。当たり前か。
シルバーの調理台に服を置いて着替えはじめる。
……えーと? てか、客? お客さん?
てか、ふつうに仕事本番始まるとかマジか
ぜんぜん心の準備できてないんですけど……。