1:バーに面接行ったら店長がリザードマンだった話
就職とかしてみたけどソッコーで辞めたった。
うん。やっぱムリだった。
いやーもうなんていうか、何も語ることはないよ。
わかってたけど、無理ゲーだよね、あんなの。
半年も、逆によく持ったほうだと言いたい。
そんでまあ、しばらく動画サイトとか見て適当に生きて。
生主煽って。
たまーに近所の激安店に食糧買い込むため外出して。
また戻ってきて引きこもって。ユーチューバー煽って。
なんて生活してたらどうなるかというと、
ふつうに生活費が足りなくなって終いには尽きる、
ということだ。
だからこうして、コンビニにやってきて。
社会人だった頃いつも通っていた駅前のコンビニに。
アルバイト情報誌を買いに。
カモフラージュ兼晩メシとして、スティックメロンパンとさけるチーズと納豆巻きとコーラを買って。
いつものメガネ女子店員が、いつもと変わらない仕草で俺の手の平にお釣りを落として。
「74円のお返しです。ありがとうございました」
「…………サース」
店を出て、いつものように騒がしい人通りを眺めながら、コーラで一服。
…………。
……や、もちろん、こんなはずではなかったのだ。
最初は、どんな最悪な上司だろうと、どんなに仕事がキツかろうと、頑張るって決めてて。
センパイに虐められても、空気扱いされても、仕事内容がいちいち理不尽でブラックだったとしても。
辞めるつもりなんて、サラサラなかったのだ。
細い道をフラフラ歩く。
コーラを飲みながら、パラパラとアルバイト情報誌をめくる。
どの応募先にも、必ずと言っていいほど、決まって登場するふたつの言葉。
「歓迎」と「待遇」。
俺は、この言葉がキライだ。
だって、ウソなんでしょう。
資格も経験もなんも持ってない上に半年で会社辞めちゃう人間なんて、どこも、誰も、歓迎してくれやしないんでしょう。
ここ最近、ロクなものを食っていないせいで頭がボンヤリしてくる。
視界はグルグル回っている。
とっさに近くの壁に手をついて休憩。
ヤバいな。これは本格的にヤバいかもしれん。
早いとこ、なんでもいいから生活費を稼いで、ちゃんと食べないと……。
しばらく深呼吸して。気を落ち着けて。
ふと顔を上げると、何やら目の前にチラシのようなものが貼ってあるのがボンヤリわかった。
いわく、
『バーテンダー募集!
バーで働いてみませんか?
学生・奴隷・貧民・賤民なんでも大歓迎!
身分・種族は問いません!
このチラシを目にしたそこのアナタ!
ぜひバー『オニキス』へ!
ビップ待遇いたします!!!』
思わず笑ってしまった。
ハハハ……。
「大歓迎」に「ビップ待遇」と来たか。
上等じゃねえか……そこまで言うなら、行ってやるよ……。
ビップ待遇、してくれよ……!
※
「シツレイ シマース……」
カランとベルのついた扉を押し開けて、中に入る。
明かりはついてるけど超静か。
ん……誰もいらっしゃらない?
《管理者権限でログインしました。『継承権:β』をインストールしました》
《天職『薬酒調合師』を設定しました》
《職業は天職と同様です》
ん?
なんか聞こえた?
ものっすごい早口のSiriがなんか言った気がしたが……。
空耳か?
店内を見回す。
木造って感じの内観。バーっていうか、酒場みたい。
そこそこ広い。
そういえばこんな場所に足を踏み入れたのは初めてだな……。完全に未知の世界だわ……。
棚にめっちゃ酒のビン置いてあるけど、アレ全部使うのかな。
あんなにいっぱい覚えられるかな……。
そのとき、カウンターののれんの奥に、ごそごそ動く人影を発見した。
この店のマスターかな?
「ア アノ サセッス タマキサンタ トイイマス エト オモテノ チラシ ミテ キタッス」
あーもう。
久しぶりに長文しゃべったわ。
《条件“異世界人とのファースト・コンタクト”を満たしました。称号【異世界通訳者】が贈呈されました》
《称号【異世界通訳者】により新たなスキルレンジが開拓されました》
《称号スキル『異世界共通言語』を習得しました》
ちょっと待ってまたSiriがなんか言った。
しかもわりと大事なこと言わなかった?
……本当に空耳か?
しばらくすると、のれんが割れて、人影がぬっと顔を出した。
「おお、来たか。早かったな」
それから、にこやかに笑って、
「ちょっと待っててな。すぐにそっち行くから、とりあえずカウンター席にでも座っててくれ」
俺がうなずくと、マスターは再びのれんの奥に引っこんだ。
えーと。
なんと言えばいいのか。
のれんの奥から顔を出したマスター、
緑色で、ツルッツルでした。
いわゆるトカゲ。
人間大の、トカゲでした。
アレかな。
リザードマンかな?
アレかな。
夢なのかな?
「あー、いやいやもう、参っちまうよなぁ。前のヤツが辞めちまって仕事片づかんしやること溜まってく一方だしサンザンだったわ。まあいいや、とりあえず飲もう」
ほどなくしてのれんの奥から現れたマスターの手には、ビール瓶と二つのグラスが握られていた。
やっぱり、緑。
緑色のトカゲがバーテンの制服着て蝶ネクタイしめてる。
正直バーなんて初めて入ったし、未知の世界だとは思ってたが、いくらなんでも未知すぎでしょコレ。
ん? ていうか、飲もう、てマスター。
俺面接に来たんですけどマスター?
「よし、じゃあ乾杯」
「ア ッス」
カチンとグラスを合わせると、マスターは豪快に中身をあおる。
あー。
そんな奥まで口開いちゃいますかマスター。
ワイルドですマスター。
ちなみに俺は食べても美味しくありませんマスター。
「くっはー、ビールが旨いってのが救いだな。どう君、酒は飲めるほう? えーっと……」
「ア タマキ サンタッス エト サケハ……ヒトナミッス」
「サンタか。うん、呼びやすいな。呼び名はそのままサンタでいこう」
「ハイ……エ? エット」
「あとはそうだな、制服は余ってるからいいとして、靴か。サンタ、靴持ってるか?」
「ェァ ダイジョッス ハイテッス」
「オーケーオーケー、ほかには……」
そういやマスター、さっきから日本語で喋ってるな。日本人なのかな。
てか、こういう面接って、たとえば「ウチの店を選んだ動機」とか「前の会社を辞めた理由」とか、そういうの聞かれるんじゃないのかな……?
「アノ マスター エト」
「マスター??」
すると彼は口を開けて大笑いした。
「ダメだな、マスターなんて言われるとくすぐったくて仕方ないな。俺のことは店長って呼んでくれよ。みんなもそう呼ぶからさ」
「ハイ エットジャア テンチョ ソノ……オレ ジツハ サケトカ ヨク シラナイッスケド……」
考えてみたらそうだった。
ほとんどその場のノリで来ましたサーセン。
「ああ、そんなの大丈夫心配いらない。コレ見て少しずつ覚えていけばいいからさ」
店長は立ちあがり、うしろの棚から一冊の本を抜き出すと、俺の目の前に置いた。
辞書の半分くらいの厚さ。
ひょっとして、レシピ本かな?
パラッと適当にページをめくってみる。
うわっ。
びっっっしりと文字だった。
それこそ辞書レベルのびっしりさ。
「ネクタル45ml、サハギンエキス30ml」とか「効能:魔眼の疲労回復、頭痛・神経痛の除去」とか「知恵の実を薄くスライスして飾りつける」とか、なんか酒の作り方っぽいことが書いてある。
え、これ、全ページこうなの?
酒って、こんなに種類あるんですか……。
ゼッタイ覚えきれないわ……。
「なあんてな、わっはっは、ジョーダンだよジョーダン。んなもん、読めねえっつうんだよな!」
すると店長は、またまた豪快に口を開けて大笑いした。
ん? どういうこと?
たしかに字びっしりで読みづらいけど、読めなくはないよ?
ちゃんと日本語だしさ。
「悪い悪い。それはな、あるアタマのおかしな錬金術師の形見なんだ。ったく、よりによって『失われた古代文字』で書かれた書物なんざ遺しやがってな……。まあ大丈夫、酒の作り方なんて、シュミみたいなもんだと思ってちょっとずつ覚えてけばいいよ」
なんだか店長に後光が差しはじめた。
うん。そっか。
ちょっとよくわかんないけど、まあ、いっか。
あっと最後に、これだけは確認しとこう。
「アノ テンチョ オレ……サイヨウ ッスカ?」
店長。
そんな、真正面からジッと見つめられると、目がサイドに行っちゃうんでなかなか怖いっす。
「何言ってるんだ、当たり前だろう、サンタ。今日から、ヨロシクな!」
そっか、採用かあ……。
そいつぁよかった。
ヨカッタヨカッタ……。
そんなこんなで。
だいたいそのあたりで、俺の意識は途切れた。
そう。
栄養失調の限界だったのだ。
遠ざかる意識の中で、結局俺はツッコんでいた。
スタンダードにツッコんでいた。
なんでリザードマンやねん!!
なんで!
店長が!
リザードマンやねん!!
おかしいやろ!