♯03 争えない血
「やっぱり、探しに行っちゃったのね」
「だろうなぁ……まったく、気になったらまっしぐらな性格は誰に似たんだか」
「あら、自覚ないの?」
「………ないとは、言わないけど」
もう日も沈みかけた夕暮れ。
ソニアに事の顛末を聞いたヴェロニカの両親は思わず苦笑を浮かべた。とりあえず、日が暮れる前にソニアを二つ隣の家へと送り、今は自宅のリビングでのんびりとお茶にしている。一人息子が帰らないと聞けば、普通は慌てるものだが、この家族に限ってそれはなかった。二人とも、のほほんとお茶をすすりつつ、まるで天気の話でもするかのような口調である。
「向かったのが森なら心配ないわね」
「まだ日も長いしな」
若くからインタープリターとして身を立てる二人の体質を継いで、ヴェロニカもグラスプを持っている。
グラスプの中には特定の植物としか会話の出来ない者もいるが、遺伝的に継がれた者の殆どは、種を選ばすオールマイティーに話しが出来る。ヴェロニカが持つのは正にそれだった。
町からすぐの森なら、この二人の息子として樹に名が知れているし、よく通うから彼自身も顔が利く。万が一、道に迷っても助けてもらえるから心配はない。
もちろん中には危険な場所もあるが、幼いながらにヴェロニカはそうもいう場所をちゃんと心得ていた。
「問題は見つかるかよね」
はぁと息をついて母親が口を開く。
「あの子、絶対場所を訊きはしないでしょうし」
「まぁな」
呟いてまたお茶をすする。
インタープリターはいくら初めて踏み入る森でも、求めている植物の生育地を他の植物に訊いたりはしない。
特に草本類に関しては、自らの知識を持ってしてたどり着く事が出来ないなら、植物からの信頼は得られない。場合によっては命を託される立場である。誰だって無知の者に身を委ねるような真似はしたくないだろう。
だから、彼らは訊かない。
それがインタープリターと植物の間に交わされる、相手を慮かるための一つの礼儀だった。
ただ今回の場合、ヴェロニカはインタープリターではないし、訊いても樹はきっと答えてくれるのだが、それでもやはり彼は訊かないだろう。
両親の仕事について行くうち、誰に教わらなくても、そのルールを理解しているようだった。
「継ぐ気でいるのかな?」
「さぁ、どうなのかしらね」
まだ子供よ、と言いながらも彼女は嬉しそうに笑む。
若干十歳にして、植物の知識にとても長けている。
その学ぶ姿勢と吸収の速さは見ていて舌を巻くものがあった。もしインタープリターになる気があるなら、今から将来が楽しみではある。
「それにしても…」
「なに?」
顔を上げると、訝しげに眉をひそめた淡い瞳がそこにいる。
「アイツ、篝火花を森で見たことあったっけ?」
「市ではあるのだろうけど、自生のは無いんじゃない」
「て事はさ、生育環境は知らないよな」
「…………そうね」
何の情報の無いものを一から探すのはかなり骨が折れる。
ある程度の経験があれば、その植物の外見から好む生育環境の予想がつくが、まだ十の子に果たしてそれが出来るのか。
「しかも夏に咲く篝火花か…噂でしか聞いたこと無いよ」
「そうねぇ…」
近ごろ遠出の依頼が続き、森に入る機会がなかったため噂の真意は定かでない。
よしんば篝火花の群落が見つかったとしても、夏咲きのものが一緒にあるとは限らないのだ。
一人息子がいるであろう方向を二人が見れば、窓の向こうに赤く暮れなずむ木々が見えた。
「まぁ、待ってみましょう。噂が本当ならヴェロニカはきっと見つけるわ」
「だな。お手並み拝見だ」
互いに顔を見合せて笑い、また一口お茶を含んだ。