♯02 噂の夏花
「あるよっ!」
「ない!」
日差し穏やかな午後の庭に、子供特有の高い声が響く。
頬を膨らますソニアに負けまいと、ヴェロニカも大きく声を張った。
「あるったらある!」
一歩も譲らず平行線を辿る言い争いを打ち消すように、二人の頭上で薫風が木々をそよがせる。
「あら、ソニアちゃんいらっしゃい。……どうしたの二人とも?」
「また喧嘩かぁ。本当に仲がいいな」
場の空気にそぐわない声が間に入って、幼い視線が同時にそちらへ注がれた。
庭に入って来たのは二人。淡い色の髪をした長身の男性と、長い黒髪を一つにまとめた柔らかい笑みが印 象的な女性。対照的な髪色の二人は、買い物帰りなのか袋を提げて庭先並んでいる。
「父さん、母さん、聞いて!」
二人の姿を見て声をあげ、真っ先に走り出したヴェロニカに一歩遅れてソニアが続く。
木漏れ日の中を駆け寄ってきた子供達に小首を傾げると、ヴェロニカの母は並んだ夫に荷物を渡して子供の視線に合わせて屈んだ。
「二人が大きな声を出すから、庭の樹がびっくりしてるわ」
同意するように、また頭上で葉がざわりと鳴る。
苦笑気味に呟く彼女の前まで来たヴェロニカは、父親譲りの淡色な瞳に真剣な色を浮かべて早口にまくし立てた。遅れて並んだ幼なじみを指差す。
「ソニアが、かがりび花は、夏にはさかないって言うんだ」
「さかないわ。だって冬にさく花じゃない。落ち葉の中で光る花。知らないの?」
腕を腰に当てて言う少女に、ヴェロニカは勢いよく振り返る。
「知ってるよ!でもさくって、森できが言ってたんだ!」
「…………ヴェロニカ、ウソついてる」
「ウソじゃないよっ!」
「あー、ちょっと待った」
「はいはい。二人ともストップね」
困ったように首をかく父親を背後にして、並んだ小さな頭をぽんぽんと撫で母親は笑う。
「ねぇ、母さん。ウソじゃないよね?」
「さぁ、分からないなぁ」
必至な目で見つめる我が子に言いながら背後を仰ぐ。視線を合わせた父親は首を竦めた。
「父さんも」
次の言葉を待ってジッと自分を見つめる視線を流しながら、灰色の瞳は庭の先の道の向こう、町からさほど遠くない深緑の群れが、空の蒼と若草の碧を分けているのを眺めた。
「最近、行く機会がないからなぁ。森がそう言うならそうかもしれないし、違うのかもしれない。でも、もう喧嘩はお終いだ。庭で騒ぐと桃の樹が怒るぞ」
「ヴェロニカももう十歳なんだから、仲よくしなくちゃ」
「………」
「……むぅ」
そう言われてしまえば、この家の桃の味をよく知る二人は黙るしかない。無言のまま睨み合って、同時にツンとそっぽを向いた。
そんな様子に夫婦は顔を見合わせて笑いを堪える。緑風にのびのびと葉をそよがせる桃の木に小声で話しかけて手を差し出すと、二人の掌に熟した実が落ちてきた。
「さ、おやつにしましょうか。大声を出しらたお腹が空かない?」
「先に戻ってるからな」
そう言って未だにむくれてる二人に笑いかけ、家の中へと入っていった。