♯05 約束
「それじゃあ、行きます」
青空の下、数日前より色を濃くした草原を背景に村の入り口に四人は立っていた。
ヴェロニカは来たときと同様、大きなリュックを背負って、括ってもあぶれた髪を無造作に風で遊ばせている。ソニアがその隣でほほ笑み、見送りに来たカリスとルータの娘がそれに向き合う。
「世話になったな」
「いえ、こちらこそ」
腕組みをしながら言うカリスに、ソニアが慌てて顔の前で両手を振った。
「好き勝手に動いて済みませんでした。特に――」
チラリと側の長身を見る。
少し目を離した隙に、彼の意識は一団から離れて、何やら足元の草と話し込み始めていた。盛大に溜め息を付いたソニアに、カリスが大きな笑い声をあげる。
「……本当に済みません」
「前にも言ったろ、気にしてないってな。あれが彼のスタンスなんだ」
目を向ければ、時折ずり下がったリュックを背負い直しながら、足元に向かって楽しげに何事か話をしていた。
「本当、良いインタープリターになるぞ」
「私も、…と言いたいんですけど、アレを見ると不安になります」
「きっと大丈夫よ」
今まで静かに三人を見ていたルータの娘が、会話に加わって口を開く。ヴェロニカの様子を暖かい眼差しで見つめていた。
「あんなに植物へ真っ正面から向き合える人、そうそういないもの」
でしょう?と同意を求める彼女の手には、昨夜から片時も離さずにいるあのオカリナが握られている。
「本当にありがとう。彼にもそう伝えてもらえるかしら?」
「はい」
「近くに来たら是非また寄ってくれ。歓迎する」
「ありがとうございます。ではそろそろ。…………ヴェロニカ、行くよ!」
見送る二人に礼をしてから歩き出し、いつの間にかさっきよりも遠く離れてしゃがみ込んでいる彼へ声をかける。
やっと呼ばれた事に気づいて上げられた顔は、悪びれたふうもなく、草にじゃあねと告げ、素直に立ち上がってすぐに隣に並んだ。
「娘さんが、ありがとうって」
振りかえれば、お世話になった二人がほほ笑んでいる。彼はそれに大きく手を振って応えて前を向きなおした。
「こちらこそだね。また来たいなぁ」
ずれたリュックを背負い直しながら相変わらずのマイペースでにこりと笑う。
それにソニアは二度目の溜め息を付いた。この妙にズレた所さえなければ、自分の気苦労がもっと軽減されるのに。
「そういえば、ヴェロニカ」
「ん?」
「オカリナ吹けたのね、知らなかった」
話題を変えて再び歩き出せば、長身が小首を傾げた。
「ん、うん。ずっと前、父さんに教わった事があったんだ」
「へぇ」
昔とった杵柄ね。なんて笑うと、隣で彼も釣られて笑う。
「懐かしすぎて、ちょっと音程怪しかったけど。でもさ」
「なに?」
「こうやって、色々と続いていくんだね。改めて思ったよ」
心や、約束や、形となって目に見えないモノも。
「うん……」
「ルータさんと囀り桜の約束も守れたしね」
「あ、約束と言えば」
視線を向けた彼のキョトンとした顔の上で、纏まりきらない髪が風になびいている。
「今回の仕事が済んだら、髪切る約束してたよね」
「げっ。―――してない」
長い沈黙の後バレバレの態度で目線を反らして、ヴェロニカは急に早足になる。
妙に子供っぽい反応に笑いを堪えながら、コンパスの差に負けないように半ば走る形でソニアはその後を追った。
「したでしょ。町に帰ったら切ってやるんだから」
「このままでいいよー……」
「ダーメ」
「折角良い話してたのにぃ」
何処までも続く草原の真ん中で、騒ぐ二人の声が響く。
いつの間にか走り出したその姿につられたように、一筋の風が柔らかく後方から吹いた。
それに乗って運ばれてきた花びらが、駆ける二人をゆうゆうと追い抜く。
「あ……」
陽に透ける鴇色が、二人の前で優雅にクルリと舞った。澄んだ音色で、物言いたげに奏でてから、風と共に舞い上がって、青空へ溶けて消える。
その光景に思わず足を止めて見送った二人は、顔を見合わせて破顔した。
「見れた、ソニア?」
「ええ、見れたわ」
「見送りかな?」
「かもね」
振り返っても、村は遥か後ろだけれど。
脳裏に昨夜見た満開の桜がありありと蘇って、あの綺麗な音色が聴こえた気がした。
「また来たいな」
「私も、是非」
笑いあって見上げた空は、濃い瑠璃の中に春の日差しを暖めている。
駆け抜けた風に草はさざめき、奔る一風の後を、小気味良い音をたてながら追いかけた。
この稚拙な物語に最後までお付き合いいただきまして、誠にありがとうございます。
本当にマニアックな知識てんこ盛りなお話で、専門用語などは「はあ?」となる事必至ですが私的に楽しいので反省してません(最低
それよりも、細かい事は抜きにして、自然の美しさや優しさなどを皆様にお届け出来ていましたら幸いでございます。
ふっと、道端でヘットフォンを外した時の風の音
コンクリートから視線を上げた時の木漏れ日
目まぐるしい日々の生活の中で見落としがちな彼らの声が、どうぞ拙いこの小説を通して皆様の心に華やぎをもたらします様に。
最後になりますが、この小説に最後までお付き合いいただきました貴方に最上級の感謝を。