ロリコンヒーロー サンダー・ドラゴン②
「ったく、いくら金払いがいいとはいえ、やってられねぇよ」
俺、前園恵一は一刻も早く家に帰りたかった。背に腹は代えられないとはいえ、気の乗らない依頼程苦痛なモノは無い。この仕事は既に何回もこなしたけれど、それでも慣れるものでは無かった。そりゃあそうだ。滑稽極まりないモンだからな。
場所は誠心学園中等部の校舎裏。プールの近くにある茂みの中、通販で購入した迷彩服で180cm80㎏の筋肉質な体を溶け込ませ、じっと一人待機していた。
事前調査によれば、あと数十分で対象が現れる。そいつをこの望遠型の一眼レフカメラで撮り修めれば、任務は完了だ。
「ろくでもない仕事だとは分かってはいるけど、その中でも最悪だな、こりゃ」
そう。ターゲットは、ここで水泳の授業をするため現れる女子児童の水着姿である。
誤解しないで頂きたいが、俺は幼児性愛者じゃあない。今年で25になるが、むしろ年上好きだ。子供なんてうるさいだけだし、何がいいのかさっぱりわからない。
じゃあ何で、そんなものを撮るのかって? それは俺がプロの写真家、それも限りなく非合法な世界の住民で、そういう依頼を受けたからだ。
そう、俺の仕事は依頼を受け、ターゲットを秘密裏に撮影すること。対象は企業の裏取引、芸能人のスキャンダルと多岐にわたる。聞こえはいいが、要は盗撮を生業にしているだけのろくでなしだ。
そして、今回の依頼はその中でも最悪の部類。どこぞの大企業の社長さんから、中学生の水着姿と盗撮して欲しいとのモノだった。
「あの社長さんも、ガキの水着なんかのどこがいいのかねぇ。全く金持ちの考える事はよう分からんよ。ま、やたら羽振りがいいから助かるけどな。いいアングルで撮れた奴には、ウン十万単位ポンと出してくれるし」
そのせいで、一回キリのはずが二回、三回とズルズルと引き受けてしまった。
ま、しばらく遊んで暮らせるだけの金は手に入ったし、これ以上ロリ犯罪の片棒を担ぐ必要も無い。幸い、この学園の警備システムは最低で、余程のへまをしなければ、捕まる心配は無さそうだった。
「いくら少子化で運営が大変だとはいえ、世の中には俺みたいなろくでなしが腐る程いやがるんだから、ちったあ気をつかえってな」
ロリコン変質者になるのも、今日で最後。とっとと終わらせて、早いとこ金に換えよう。そんでもって、しばらく旅行にでも行こうかな。
「己の欲望に敗れた、悲しき漢、卑劣漢よ。気持ちは分からんでもないが、盗撮は男らしくないと思うぞ。やるなら堂々と、胸を張って写真を撮るがいい」
「⁉」
一人、旅行先について思案を巡らせていると、誰もいないはずのこの場所から、声が響いた。まずい、カメラを片手に、こんな所にいるのを見られでもしたら、それこそ言い訳のつきようが無い。
そして、いきなり話しかけて来たそいつは、後ろにある用具入れの倉庫、その屋根の上に立っていた。腕を組み、こちらを見下ろしている。
「な、なんだ、ありゃあ……」
仕事の最中、それもこんな非合法な所を見られたというのに、俺がこんな素っ頓狂な声を上げたのは、必然だったと思う。何故ならそいつは、生徒でも用務員でも無く、ヒーローだったからだ。
馬鹿みたいだが、そうとしか言いようが無い。見た目と声から、おそらく十代半ばの女子だと推察される。背は160程で、格闘家みたいな鍛え上げた体をしている。
だが、テレビや雑誌で出てくるそう言った連中と明らかに違うのは、この女の服装だ。
青を基調とした全身を包むスーツに身を包み、ど派手な白いブーツを履き、顔を隠すためか、バイザーまでつけてやがる。マントを風になびかせながらたたずむ姿は、まるで子ども向けの特撮番組からそのまま出てきた様だった。
「そこの変質者、私が来たからには、観念するがいい!」
「いや、知らねぇし、大体テメェも人の事言えねぇだろうが!」
確かにコイツの言う通り、カメラを持ってプール前に待機しているのだから、変質者呼ばわりされるのも、まぁ、分からなくはない。
だが現実で、おそらく自作のヒーロースーツに身を包んで戦うコイツも、別の意味で十分変質者じゃあないだろうか。
「正義の鉄槌、受けるがいい。とうっ!」
「話聞けよ!」
そいつは、俺のツッコミを無視して、倉庫から飛び降りた。着地時にタイミングよく足を折り曲げて衝撃を吸収した所を見るに、明らかに場慣れしていやがる。
それに、最悪コイツのせいでとッ捕まりでもすれば、そのままワイドショーでロリコン盗撮魔として晒し者は確実。その上、いい歳してヒーローごっこに夢中のバカ女に取り押さえられるという、人生最大の汚点まで残しかねない。
「くそっ! 付き合ってられっかよ!」
「逃がさん!」
「!」
だが、そのヒーローもどきは俺が逃げようとするのを察したのか、五メートルはあった距離を、前かがみに倒れる様な姿勢で、素早くなだれ込んできた。一瞬で零距離まで接近され、言葉が詰まる。
「ジャステス・キッィィクッ!」
「ぐげぇ!」
そして、あろうことか、男の急所を、何のためらいも無く、鋭くえぐるように蹴り上げやがった!
股間を押さえ、涙目でうずくまる。痛い、本当に死ぬほど痛い。ガキの頃、跳び箱に股間を強打した時の事を思い出す。あの時もあまりの激痛に死ぬんじゃないかと思ったのだが、それよりも遥かに強い激痛を感じた。
「お、おめぇなぁぁぁ」
「ブーツだし、股間つま先で思いっきり蹴ってやったからな。しばらくは立ち上がれまい」
「正義のヒーローが、急所攻撃なんてしていいと思ってやがんのか……」
「何を言う、戦闘の極意は短期決着。今ここに、ルールなど無いからな」
「そういう、事かよ……可愛い顔して、最悪だな、コイツは」
この女、限りなく厄介だ。近くで見ると、バイザー越しでも分かるぐらい可愛らしい顔をしてやがるが、武術で鍛え上げたのか、動きに一切の無駄が無い。
その上、おそらく武道家にありがちな、スポーツマンシップとやらも持ち合わせていない。奴にとって武術は、スポーツでは無く、実戦に使える技術でしかないのだろう。
だから、この手の奴は本当に性質が悪い。決まった型を持たず、仕えそうな空手や中国拳法かなんかの型を、いくらでも応用してくる。綺麗に馬鹿正直に動く奴とは違い、予測不能な動きをする上、攻撃にためらいが無い。
「くそっ。こんな所で、終わってたまるかよ」
「おお、凄いな。股間に、それもあそこまで綺麗に決まったのなら、大抵はそれで片がつくんだが」
「こちとら体が資本なんでね。この程度で倒れてるようじゃ、やってけねぇんだよ」
痛む股間を押さえ、ふらつきながらも、どうにかして立ち上がる。奴にとって、それは予想外だったようで、少々ではあるが驚いていた。
そして、余裕ぶっている顔にめがけて、全身全霊の右拳を繰り出す。鍛え上げた右腕から繰り出される拳は、一撃でその可愛らしい顔をグシャグシャに破壊するだろう。
そう、思ってた。鍛えているとはいえ、俺が十代のガキにやられるはずがないと、タカをくくっていた。
「ぐ、ぐげぇぇぇ……」
だが、現実はそうならなかった。破壊されたのは奴の顔では無く、俺の右拳だったのだから!
奴は、動きを察知するや否や、拳が眼前に届く前、腕が伸び切る前に、前に踏み込んで全体重を込めた一撃を、俺の右拳めがけて打ち出したのだ。
いくら体重差があるとしても、重心も定まらずに打ち出す一撃と、全体重を乗せた一撃。どちらが押し勝つかなんて、火を見るより明らかだ。
押し敗けた俺は、右手を庇いながら、後ずさりする他なかった。
「さぁ、観念するがいい、この変質者め! 貴様のような奴がいるから、罪も無い同士達がいらぬ非難を浴びるのだ! 牙なき者の牙となり、とどめを刺してやる!」
「ちくしょう、やっぱそう言う事かよ……」
変なコスプレ女に対し、この俺が手も足も出ないという悪夢のような出来事に加え、このままではロリコン盗撮魔として、俺の人生は終わってしまう。
こうなりゃヤケだ。やけくそだ。いっそのこと、本当の事を白状してしまった方がいい。少なくともロリコン変質者として裁かれるより、遥かにましってもんだ。
「違う!確かに幼女の生写真目当てだったが、これは仕事として仕方が――」
「成敗!」
だが、俺の言い訳が聞き入れられる訳もなく、足を薙ぎ払われ、仰向けに押し倒しにされた。そして、奴は両足で挟み込む様に胴を、左手が右肩をしっかり固定した。
「我らの恨み、しかとその身に刻み込め」
顔面めがけて、次々と拳が叩き込まれる。防ごうにも、体を完全に固定され、ロクに防御する事もままならない。
おまけに、奴の顔は怒りによって、悪鬼のような形相をしていた。どーやら相当な恨みを買っているみたいだ。
俺は、薄れゆく意識の中で、とある都市伝説を思い出していた。曰く、仕事中のチンピラやら、変質者やらに制裁を下す、ヒーロー女が近年出没するという。
その話を聞いた時には、あまりの馬鹿馬鹿しさに苦笑するだけだったが、まさか本当に実在するとは夢にも思わなかった。世の中、分からない事だらけだ。
「確か、ブッ! 名前は、ゴフッ! サンダー・ドラゴンって言うんだっけな」
「その通り。そして、ドラゴン怒りの鉄拳、受けるがいい!」
とどめの一撃を打ち込まれ、俺の意識はあっけなく沈んでいった。