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プロローグ

 燃え盛る炎に照らされて、彼女は横たわっていた。


 ジョン、ウィルソン、ランスベルグ卿。彼女の信頼していた同士は、皆討たれた。他の仲間も一人残らず討ち取られ、生き残りは自分だけ。その身に纏う鎧は、反乱軍の技術の粋を集めて作り出された最強の兵器。雷桜(らいおう)と名付けられたこの兵装は、装者に稲妻の如き速さと、どんな火器にも勝る破壊力をもたらす。物量で圧倒的に劣る帝国軍相手に戦い続けられたのも、コイツのおかげだ。


 だが、今では自慢の兵器も見るも無残に破壊され、あちこちに破片が散らばっている。

 眼前の敵、先ほどまで彼女と戦っていた男に一矢報いるべく、今一度闘志を奮い立たせるものの、体がついてこない。


「先ほどの一撃でコアを砕いた。もうお前に勝ち目など無い。アナベル、無理をすると傷口が開く。今はおとなしくしているのだな」


 彼女を見下ろしながら、諭すように語りかけた男もまた、漆黒の鎧を身に纏っていた。

 

 その名は鳳凰(ほうおう)。雷桜と同じく開発された代物で、スピードを重視した雷桜とは正反対にパワーを極限まで特化させたモンスターマシンだ。


 そして、そんな怪物を扱える男は、彼女の知る限り一人しかいない。仮面で顔を隠しているものの、その正体には確信があった。


「兄様……ハン兄様なのでしょう⁉生きていらしたのなら、どうして私たちを裏切る様な真似をするのですか⁉アナベルだけでなく、皆も兄様の帰りを待ちわびていたのに!」


 そう、彼こそアナベル・ハンバードの兄にして、反乱軍最強の兵士であったハン・ハンバートである。

 兄は誰よりも強い力と、人と自然を愛する人格者でもあった。資源を再現無く食い尽くし、星を汚染し続ける帝国から緑を守るため戦う兄は、妹から見て誇らしかった。


 五年前に突如行方不明になろうと、いつか帰って来ると信じていた。

 環境を省みず開発を進める帝国を憎んでいた兄が、彼らの手先になるなど、信じられない。だとしたら、考えられる可能性は一つだけだ。


「兄様、あの連中に操られているのでしょう。正気に戻ってください! 貴方はこんな事する様な人では無かったはずです!」

「確認もせず、思い込みだけで決めつける癖は治っていないみたいだな、アナベル。反乱軍を潰したのも、全ては私の意思だ。すまなかったな」

「そ、そんな……」


 兄の口調に嘘偽りは無い。兄を信じたいという身内の情を裏切られ、憤怒の感情が腹から湧き上がってくるのを感じた。


「我々が倒れれば、もう帝国を止めるものはいなくなります! 私たちは今まで何のために戦ってきたと思っているんですか、貴方は⁉」

「心配するな。帝国なら先ほど潰した」

「え……それは、一体、どういう」

「言葉通りの意味だ。ユグドラシルは、私の同士となった。そして、権力に寄生するしか能のない豚共を粛正し、兵士は全て我が手中に収めた。実質、帝国は既に私のモノと言っても過言では無い」


 兄は、帝国を、倒した? クーデターを成功させ、独裁政権を転覆させた?


「兄様、貴方は世界の王にでもなるのですね。緑を愛していた兄様は、もうどこにもいないという訳ですか」

「心外だな、アナベル。私は王にも神にもなる気などない。帝国を滅ぼしたのも、反乱軍を潰したのも、全て自然の為にやったことなのだ」


 そう語る兄の目は、緑を愛し星の荒廃を憂いる優しい眼差しであった。

 その眼を見て確信する。兄は初心を忘れてなどいない。帝国と反乱軍を潰したのも、揺るがぬ信念を持っての行動である事は明白だ。


 だからこそ、ますます分からない。戦争を終わらせ星の荒廃を止めたければ、帝国を潰すだけでいい。なにも、自分たちまで潰す理由など無い筈だ。

 そんな私の疑念を見透かしたのか、兄は自分の計画を語り始めた。


「アナベル、人間とは自然を食い尽くさなければ生きられぬ。人という生き物は、成長するにつれ省みなくなるものでな。自然と友達だった清らかな心も、大人になれば発展と幸福の追求に塗り潰されてしまう。仮に私が帝国を打倒し、王として緑化政策を執行した所で、後世の人間が後を継いでくれるとは限らないだろう」

「それは……」

「人類に、世界を支配する資格など無い。もっと純粋で、清らかな穢れ無き生命こそ、星の担い手に相応しいのだ」

「星の、担い手……?」


 なんだそれは。まるで、人以外に、星を統べる生命のいるみたいな、言い方じゃあないか。


「彼女達なら、戦争も汚染も無い、素晴らしい新世界を作り出してくれるだろう」


 その後兄は、彼女達について語りだした。物静かで、なにかに熱を上げる事など決して無かった兄が、今まで見た事も無い程熱心に、情熱を持って興奮気味に彼女達と、そいつらが作り出す世界を語り始める。

 兄の思い描く新世界は、緑あふれる素晴らしいモノになるだろう。ああ、平和だろうよ。彼女達なら、とても優しい世界を作り上げるだろうな!


 だがそれは、兄のような一部の人間にとっては天国かもしれないが、私にとってはおぞましいものでしかなかった。


「アナベル、一緒に来い! 私と共に、新世界を作り上げるのだ!」

「ふ、ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」


 妹としての愛も、家族としての情をも投げ捨て、私は痛む体にむち打ち兄に飛びかかった。

 この身が砕けてもいい。妹として、命に代えても兄の妄執を断たなければならなかった。それほど、兄の考える新世界は、成就させてはならないおぞましい代物だったのだ。


「何故だアナベル! 我ら兄妹の悲願がようやく叶うのだぞ!」

「何が悲願だ一緒にするなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 だが、人類最後の砦たるアナベルの拳は、ついに届く事は無かった。その後、世界がどうなったのか、誰も知らない。




 



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