斎藤がやってきた
サナは、その日「まつエク」に行った後、新宿の街をブラブラして時間を潰していた。
21歳のサナには、買いたいものは山ほどある。だがその見た目とは違いほとんど無駄使いはしない。多分、普通のOLさんの方がよっぽど金使いは荒いだろうとサナは思っていた。借金はもちろんリボ払いですらしたことはない。勿論、仕事柄トクをしているところは多分にある。服は、お客さんでファッションデァイナーがいるのでタダで貰えるし、食事などは本気でやれば同伴とアフターですむ。家賃はタダだし、なぜか光熱費、水道代も払ったことがない。それがなぜかはサナは知らなかったが、店が払ってくれていると信じている。
今日も服とか、雑貨とかをみたが特に「これだ!」というのは、なかった。(帰ろうかな…)そう思ったとき、一件の時計屋さんに足が止まった。そういえば、この前夢にでてきたユキが、さなやんとお揃いの時計をしたいって言ってたな…そう思い出し、サナは店内に入ってみた。小さい店舗だったが、ブランド品も取り揃えてあるなかなかの店だった。キラキラの女性っぽい時計を一通りみる。(ユキはさなやんにどんな時計をねだったのかな…)すこし気になった。ただ、さなやんがしてる時計と言っていたので、女の子っぽい時計では無いかもしれない。
サナは、自分の時計をみるということよりユキの欲しがった時計はどれだろうと考えていたが、さすがにそれはわからない。(今度夢に出てきたら聞いて見よう。)サナはそう思った。と、携帯の時計を見ると3時を回っている。店員の説明を聞くのをそこそこにサナは店に出る前に一度家に帰ることにした。
山手線に乗り、高田馬場のマンションへと向かう。東京に出てきて4年が経っている。すっかり暮らしには慣れたがサナはもうすぐフランスへ行くことになっている。この街ももうすぐお別れだ。
高田馬場駅につくと早稲田口を出て、緩やかな坂を登っていく。サナと同年代の多くの大学生と向かう先は逆で次々とすれ違う。
自分の人生と逆の人たち…サナは表には出さないが彼らに嫉妬してるのかもしれないと思った。
親の金で学校に行き、生活費まで工面してもらっているのに夜な夜な遊べる贅沢な身分の人間たち…。だが、フランスに行って語学を勉強しフランスの大学に入れば、その人たちを追い越せる!と、サナはそう信じている。ずっとそんなことを考えながら無気力に自分のマンションに入った。
サナが店に着いたのは、いつも通り8時すこし前だった。変わらず更衣室で着替え、化粧を整え、待機室へと移動する。
(今日は、しんちゃんこないのか…)サナはふとそう思った。自分から断ったのだがなぜか今はすこし後悔しているような気がする。あと、最近、ユキの日記をみなくなったなぁとも思った。誕生日以降は全く見ていないので、完全に今はオリジナルサナの動きだ。TOTOとの接触に成功したのがその大きな理由だが…
「すいません」
急に若手のスタッフがサナに声をかけてきた。サナが、ん?と顔を向けると、指名客がきたことを告げた、サナは今日も最初の1時間はお客がくる予定はなかったので、すこし驚くがとりあえず、化粧の最終チェックをしてフロアへ向かった。(まさかね…)サナは昨日の斎藤のことを考えた。だが昨日はフルでいたので金額も結構いったはずだ。それに2日連続はないだろう…むしろ勘弁してくれと神に祈りながら席へと向かう。
が、その祈りは見事打ち砕かれ、昨日と同じ顔、同じ服装の斎藤が待っていた。
「あら武さん、2日連続なんてうれしいな。」
サナはとりあえずそう言いながら席についた。斎藤は「ど、どうも」と相変わらずサナを見ないで答える。
「武さん、ちゃんと私の顔みて話してね」
サナは悪戯っぽく笑って斎藤の腕を指でつつく。とりあえずちゃんと会話をなりたたせない文字通りと話にならない。
斎藤はちらっとサナの顔を見たが、すぐに視線を外した。
「もう!武さん、私の顔嫌いなんでしょ?」
「そんな…綺麗すぎて…」
(またそれか…)
サナはそれを言われると非常に困ると思った。これが他の客なら調子にのるか、かわいこぶりっ子して笑いをとれるが、このツワモノにはとても効きそうにはない。
「…あ、マキさん、今日なんですけど…アフターっていうの…いきませんか?」
「あら、早速お誘いしてくれるの?ありがとう。でも…ごめんね。私、猫飼ってるから店が終わったらすぐに帰らないといけないの…」
犬にしとけばよかったと、サナは若干後悔した。犬なら犬種が言えるが猫はパッと頭にうかばなかった。つっこまれると答えられない…。猫って雑種いたかなとちょっと考えてしまう。
「やっぱり、お、お店だとこういう話…は、恥ずかしいから…」
やはり、サナは斉藤の言葉が聞き取りづらい。だがなんとしても彼の話を聞いて、会話を成り立たせないとこの先、仕事にならない。サナは、斉藤に体を寄せて斉藤の顔を覗き込んで聞いた。
「はい?なにかな?」
斉藤はピクンとする。
マキの肩が自分に密着している。しかも自分の顔の下からマキが覗き込んでいるので、彼女の胸が自分の腕に当てっているように思えた。神経を全力で腕に注ぐが、畳み掛けるようにマキの美しい顔が自分の眼の前にきている。
その顔は、漫画雑誌の巻頭グラビアの女の子たちと遜色ないほど美しかった。
「あ、あの…だ、大事な話が、あって…外で話したい…」
斉藤は昨日のメールのようにはっきりとマキに言いたかったが本人を眼の前にすると言葉にならなかった。サナは、なんとか聞き取った単語を自分なりに並び直し、昨日の彼からのメール内容を合体させ、斉藤の言いたいことを理解した。そして
「お店じゃだめなの?」と聞いた。斎藤はあいかわらずもじもじしている。
「ダメじゃないけど…2人きりになれないから…」
おお、仲々恐ろしいことを言ってくれる。サナは若干背筋が寒くなったが
「ええ?ここでも、この席は私たちだけの席じゃん!武さんとマキだけの空間だよ、ここは」と優しい笑顔で返す。だが斎藤は無反応で目を見ない…というか明らかにサナの胸元を見ている。サナは思いつく。これは彼のプライドを保ちつつギリギリで突っ込んでみよう…と。サナは優しく斉藤の手の上に自分の手を乗せた。斉藤が再びビクッとする。サナの細く暖かい指が自分の手に乗っている。
「武さん、私を口説きたいなら胸ばっかり見てないで、ちゃんとマキの目をみて…」
と、悪戯っぽい得意の笑顔でさらに顔を深く覗き込ませて言った。斉藤は顔を赤らめて慌てて目線をサナの顔に戻す。
「そ、そんな胸なんて…み、見て…ないよ」
「あは、いいの、いいの。男の子だもんね。でも口説くときはそんなことしたら逆に嫌われちゃうよ」
サナは客に対する下ネタはあまり得意ではないがここは微かに入れてみた。冗談で団体のお客さんとはたまにあるが、1人でくる俗に言う重いお客さんにはあまりしたことがなかった。もちろん真剣に口説こうとするお客さんは、これで怒る人もいるが、サナは賭けに出た。
「え?マキさん…俺のこと嫌いになった?」斉藤が慌てて聞き直す。
「そんなことないよ!嫌いになるはずないじゃん。ねぇ、武さんはどうやって女の子を口説くの?」
「よかった…。あ…でも、あんまり…そういうの経験なくて…。あ、マキさんはどうやって口説かれると嬉しい?」
会話が弾んできたことに、サナは心でガッツポーズをする。(ここが彼のツボだな…)と…。サナの他のお客は、結構な年上が多い。だから口説こうとするお客さんも経験がまずまずあり、かっこつけしいが多い。だから下ネタみたいなことはあまり言わないし、ましてや口説き方の話なんてしない。最初は、気づかなかったが、経験の少ない彼はそのネタだと饒舌になるのだと思った。
「そうだなぁ…やっぱりマキにいっぱい会いにきてくれる人がいいな。嬉しいじゃん、ただ話すだけなのに、お金払ってでも自分に会いに来てくれる人…そういう人だと、話が素直にきけるかな…」
若干、サナには珍しく営業満載の話だったが斉藤はうんうんと頷いている。
「でも、好きな人にも店に来てほしいの?よくサイトで見ると、好きな人には店に来てほしくないって…書いてあったけど」
斉藤の一言に、サナは少し感心する。(おお、よくしらべてますなぁ…)
「それは、人それぞれじゃない。そういう人もいるし…でも私は店でも外でもいつも会いたいかな…あ、あとサプライズ!それが一番嬉しいかも!」
「サプライズ…」
サナは、(好きな人は店に呼ばない)という話題から逃れるために、サプライズの話題に変えた。(好きな人は店に呼ばない)というのは鉄則だし、おそらくそれをやっている人はあまりいないとわかっていたからだ。
「前にね…滅多にこないお客さんがね。いきなり私の絵をプレゼントしてくれたの。嬉しかったなぁ…そういうモノじゃなくて、気持ちがね。嬉しいの。」
サナは今度は本音で話した。花とかもそうだが、そういうのは本当にグラッとくるもんだと経験で知っていた。
「あ、マキさん、時計ほしいですか?」と斉藤が突然聞いてきた。
また、私の中でタイムリーな話題ねと思いながら、
「うん。ほしいかも!」
「やっぱり!」
と斎藤は答えた。(やっぱり?)サナはちょっと不思議がったが、斎藤はいきなり立ち上がり
「帰ります…」と言った。サナは「え?」となったが、帰るというものはしょうがない。引き止めるのもわるしね!!と強く心に刻んで、スタッフを呼んだ。
スタッフも驚いていたが、1クールで斎藤は帰るようだ。なぜか嬉しそうに…
だがサナは、「やっぱ昨日のお店の請求が高くて苦しかったんだな」と心配になった。さらに調子に乗って今日はやりすぎたなとも反省した。なぜか、ほとんど自分から話さなかった斉藤が、たった少しのボディタッチであそこまで饒舌になったのが嬉しいような楽しいような気がしてついついやりすぎてしまった。
昨日も慌てて、名刺の種類を間違えてしまいメールを見たときは驚愕したがこれも何かの縁だ。太客にはなり得ないが、きっといいお客さんになってくれるだろうと願った。
彼は、口下手だがきっと素朴で真面目な男だ。
サナはそう思って彼の見送りに小走りで走っていった。




