偶然
時は、真田が新橋のバーで橘と出会う半日前に戻る。
そう、彼が東京駅前丸の内の「KITTE」でランチを食べ終え、池袋のふくろう交番とマクドナルドの前に訪れた時間だ。
「おかしいなぁ…このあたりなんだけど。あのおじいさん、もしや間違えたのかな…」
実は真田は、3日ほど前に東京BAR研究会という奇特な集まりに参加していた。
勿論、BAR「TOTO」の情報を得るためだが、その東京BAR研究会にはHPもなく真田はたまたま銀座の裏通りで張り紙を見つけ、電話してそのメンバーと会うことができた。聞くと一月に一回、メンバーで集まってそれぞれ推薦のBARに飲み行くというただの酒好きの集まりらしかった。
もしやBARの似合うカッコイイ綺麗な女性に出会えるかもしれん!
と情報集めを片手間に強引に参加してみることにした。だが行ってみると、みんなシニアな方々…で、おじいさん3人、おばあさん1人というメンバー構成だった。真田はドン引きしたが皆、真田のような若いもんがメンバーに入ってくれて嬉しかったのか好意的に仲間に入れてもらっていた。
そのメンバーの中に、木村さんという70を超えた強面の男がいたのだが、彼が「TOTO」のことを知っていたのだ。ただ、ウル覚えだったらしく真田のスマホの地図とにらめっこしながら、なんとか多分ここだろうという場所が今、真田が立っている場所だった。
真田は、シニアの言葉の翻訳とスマホの教育という2つの大仕事をやってのけたわけだが、その成果は「TOTO」を見つけられるかどうかにかかっていた。
「しかし…これ…どう見てもただのマックじゃないか…」
真田は若干気落ちした。そのマックの近くに居酒屋やマッサージ屋さんはあるもののBARらしきものも、「TOTO」という看板はなかった。やはりシニアの記憶はアテにできないのだろうか…
とりあえず、真田は1階のレジでコーヒーを買って3階にあがった。残念ながら全館禁煙だったので、大人しく多くの若者に紛れてカウンター席に座る。
「しかし…若いやつばっかだな…」
真田は周りをキョロキョロ見て、そう思った。もともと真田はマックにくことは少ない。会社の近くにスタバがあるので、ほとんど休憩はそこに行くがサラリーマンや大学生が真面目にレポートを書いているのがそこの風景だった。
今、真田の周りにいるのは、どうみてもちゃんとした社会人には見えない。
女の子もたくさんいたが、みんな学生っぽい。高校生もまじっているだろうか…。
「こんな光景も自分にとっては初体験だな…」真田はそう思い、ふとマキを思い出した。こう見ると今、自分の周りにいる若者たちとマキは同じぐらいの年齢なのだろうか…。彼女は、キャバ一本で生活していると言っていた。歳は二十歳なので真田の周りにいる、俗にいう普通の人なら大学生か新社会人だ。彼女はどういう経緯でキャバ嬢になったのか少し気になった。
とその時、
「あーー、しんちゃんだ!」
急に後ろから、最近聞きなれた声がした。振り向くとそこには、マキが立っていた。今日は前回のアフターの時とは違い、厚手の白いワンピースにコートを羽織っている。化粧は意外にもバッチリメイクだった。手には100円コーヒーを持っている。
「おう!というか、こんなとこで何やってるの?」
「今から、お客さんとデートなんだよー。バッグ買ってもらうのー」
嫌なのか嬉しいのか判断のつかない顔をしているが、待ち合わせに早くついてしまったので、軽くお茶しようとココにきたと説明した。ひと月相当稼ぐくせに、マックで100円コーヒーかよっと真田は突っ込みたかったが。
実は、マキと会うのはバレンタインディ以来だった。約束はしたりしていたのだが、お互い予定が合わず半月もあっていなかった。昼間、明るいところでマキを見るのは初めてだったが、意外に幼い印象だった。
マキは真田の横にちょこんと座ると、真田のほっぺを指でつついてきた。
「しんちゃんは…仕事サボり中か?」
久しぶりに逢うマキの笑顔はとても可愛いかったが、あまり褒めると調子にのるのであえて全く気にしていない素振りで
「違うわ!あーなーたーの依頼調査中!」
とマキの頭を軽くこずいた。彼女は、ハッという顔をして
「お!そういえば…どうなった?」
マキが急に身を乗り出してきた。とりあえず真田は今までの経緯を説明した。知り合いの橘に調査を依頼して今日、情報をもらえることと、例の謎の日記に登場する「TOTO」というBARは、どうもこの近くにあるらしい、と。
するとマキは急に顔を近づけてきて
「ちょっとーー。しんちゃん、そのお店は場所がわかったら一緒に行こうって言ったじゃん!」
と、口を尖らせて文句を言った。真田は頭をフル回転させ言い訳を考えた。せっかくマキより先に探し出してドヤ顏を披露してやろうかと思ったのに…とつまらぬことを考えていた。と、マキは急にたちあがり
「よし!今から探そう!一緒に!」
と言った。真田は、はっ?という顔をして
「いや…あなた今から客と同伴だろ?」
「同伴やめる!どうみてもこっちの方が面白い!マキは今からお腹いたくなります!!」
と急に携帯をとりだすとメールを打ち出した。
「おいおい…」真田は、相手の客が急に哀れになった。わずか30秒ほどでその哀れなお客様宛のメールは完成し、容赦なくマキは送信ボタンを押した。
しばらくして、客と思われる男からマキに電話がかかってきた。
真田は、相手のお客はさぞや激昂してると思っていた。これはまさに修羅場がはじまるとおおいに期待し、頭の中では土曜サスペンス劇場の音楽が鳴り響いていた。
だが、マキは冷静に話しているところを見ると相手は心配はしているが怒っては無いようだった。
(なんかますますかわいそうだ…)真田は密かに思ったがこれが、キャバ嬢との恋愛図なんだと心底思った。
しょうがないのだ。
この電話の相手は、この女…マキに誕生日でもないのにバッグを買ってあげようとするのだから相当惚れ込んでいるのだろう。
対して、マキは例え約束していてもそれ以上におもしろいことがあるとメール1本で断れるのだ。
「好き」の部分が対等じゃないとこういう事態に陥ることを末恐ろしく思った。やはりキャバ嬢とおじさんの恋愛はこういう形しか存在しないのだろうか…この姿は将来の自分んかもしれない…それは避けたかった。
避けるためには、逃げるのは最適だがここまで仲良くなったマキから逃げるのは、大きな心残りになることは明白だ。毎日くるメールが来なくなったら…今となってはそれだけで十分寂しいだろう。
だが、さっきのお客のようにはなりたくない…
マキを本気で好きになったらその時点でやめよう…真田は密かに決意した。