夜の山ちゃん
山本が橘を連れて行った場所は、意外な場所だった。
橘はもしや逮捕されるんじゃないかと思ってたりした。もちろんその覚えはないが、この山本の権限ならなんとでもできると思ったからだ。
「あら、山ちゃんお久しぶり〜、もういままでどこで浮気してたの〜」
結局、山本が案内したのは、蘭というクラブだった。クラブといってもキャバに毛がはえた程度の店だ。店の中はすこし薄暗かったが基本的には綺麗な店だった。ただ女性はどちらかというと30くらいの娘が多かった。
橘は一瞬でも山本を疑ったことを心で詫びた。長い付き合いなのだからとすぐに思い直す。
「ごめんね〜忙しくて〜浮気なんてとんでないっすー!!」
山本はすっかりキャラを崩壊させて、橘とともに座り心地抜群のソファに座った。そういえば、そうだったと過去を思い出した。山本は表の顔とプライベートの顔が大きく違う。仕事も遊びも全力という真田とは又違った楽しい男だった。
最初はお酒を楽しく飲んでいるだけだったが、やがて山本はすっかり、夜の山ちゃんになってついていた女の子とイチャイチャしだした。エリート警官の夜の素顔という記事が書けそうだと橘は思ったがそれはそれで潰されるだろう。
「こんにちは〜はじめまして」
すこしすると橘のよこにも女の子が来た。すこし大人びていたがとても綺麗な女性で、ケイと名乗った。すぐに腕をくんでくる。細いというよりすこしぽっちゃりしていていたがそれがまた愛嬌を感じさせた。
「ど、どうも…」
橘はあっけにとられてそう答えるしかなかった。彼女は、ニコッと微笑むとすぐに水割りをつくってくれ、コップを橘に渡す。上品…とはいかなかったがなかなか慣れているなと思った。結構新人さんとかはこの単純に見える作業もまごまごする。それはそれで新鮮でいいのだが…
「はじめてのお客様?」
ケイは、橘の顔を覗き込むようにきいた。橘が「そやで」と答えると、彼女はにっこりと微笑み、ぜひこれからもよろしくねと答えた。サナとは違い落ち着ける優しさ満点の笑顔だ。軽い自己紹介のあと、他愛のない話をしていたが橘は結構楽しかった。むしろ若い娘よりこのくらいの方が自分にあっているかもしれないと思った。
ふと横を見るとすっかりキャラを変えた山本が楽しそうに飲んでいる。そういえば、今日は真田はサナとともにTOTOにあっているはずだった。すこし心配だったが連絡は今のところない。
うまくやってくれてるといいがと思った。真田は普段は慎重だがキレるととんでもない冒険をしだす。相手のことがよくわからない以上、それはもっとも危険だ。
しばらくすると、女の子がチェンジするのか席を立った。
山本を見ると顔がにやけている。まさかこんな場面にでくわすとは…と思った時、急に山本が真面目な表情になる。そして目を合わさず話し始めた。
「橘さん、さっきのケイって娘どうでした?」
「どうと言われてもやな…」
橘は、山本の突拍子もない質問に口ごもる。確かに楽しかったがまだどうということはない。
「ははは、ですよね。でも綺麗でしょ?もう少し話していたら好きになるかもしれませんよね」
橘は答えなかった。好きになるという感覚は今は全くないが…この先は確かにわからない。確かに楽しかったし、彼女といると落ち着ける気はした。山本は続ける。
「好きになったらさぁ大変です。相手は水商売、まわりにどんな男がいるのか、交友関係はどうか、なにより自分のことをどう思っているのか…」
「それは、本人しかわからんですわ、ちゃいます?」
「普通はそうですよね。騙すのも彼女たちの仕事…だがそれが鮮明にわかるものがある…」
橘は、その謎かけのような話には残念ながら答えを出すことができなかった。
「普通はストーカーまがいのことをしないとわからないことが、わかるとしたら橘さんどうします?」
橘はその問いにも答えなかった。いや意味がわからなくて質問することも思いつかない。だがこれは、山本からの大きなヒントだろうと思った。
残念ながら山本は、それ以上はその話をしないでまた夜の山ちゃんに戻ってしまった。




