りかの話
「遅れてすいません。真田さん。」
リカはメールの時間よりすこし遅れて、真田の待つ「きざみ」にやってきた。
彼女は白のロングコートで、こいつ自分のキャラわかってるな!と感心したほどそのコートが似合っていた。この時間だからナンパの男たちをいなしながら来たのだろう。すこし疲れている感じだった。
「真田さんに、アフターに誘われるなんて、光栄ですわ。」
リカはそう世辞を述べると真田の前に座る。化粧はお店とは違い、サナと同様自然なメークだった。
「なに飲みますか?」
真田がきくと、彼女は赤ワインと答えた。店員を呼ぶと彼女はグラスワインを注文した。しばらく、リカは真田を見ている。相変わらず、無言で見つめるのが好きなひとだなぁと真田は思ったが時間も時間なのでさっそくその話題を振ることにした。
「お疲れさまでした。その疲れているとこ悪いんですけど…」
「ふふふ。まずは乾杯させて、真田さん。」
リカは真田の気をそぐように言う。真田も確かにそうだなと思い直し、店員がくるのを待った。
「でも、このお店懐かしいなぁ…」
リカが店のなかを見渡しながら言う。両手を膝について、ゆっくり見ている。その仕草に可愛いじゃないかと真田は思ったが、ふとまたリカの時計に目がとまった。相変わらず、シンプルな時計。茶色の革のベルトだった。
どう見ても、リカとリカの服装には似合わない。
「前から気になっていたんですけど…その時計って」
真田が言いにくそうに尋ねると
「私っぽくないって思ったのかしら?ふふふ、でもそれ正解よね。これ、私のものじゃないから。人から預かっているの」
とリカは答えた。真田は以前見たときも感じたのだが、この時計に見覚えがあった。どこかで見た気がする…程度のものだったが…
やがて、リカのワインが運ばれてきた。真田は軽く乾杯すると、リカは自分で話し始めた。
「お店ではごめんなさいね…。誰が聞いているかわからないから。わざわざ出てきてもらって本当にありがとう。」
「いえ、そのことは別にいいんです。ただ人に聞かれるとマズイことなんですか?ただの恋愛話なのに…」
「はい。詳しいことは、本人にしかわからないけど…多分そうだと思ったので。」
リカは真面目な表情を崩さずに答えた。真田は、いままでの状況から彼女の話は自分たちが調べていることと同じだと確信していた。
「ところで、リカさんはさっき自分は、俺たちが探しているリカとは違うって話してましたよね?」
「はい。あの…ひとつその前に聞きたいんですけど。貴方は、さなやんっていう人ではないんですか?ユキの…その…知り合いの?」
「…残念ながら違います。ただ、その2人のことは調べてますけどね」
リカはその言葉を聞くとすこし肩を落とした。真田はこのリカも2人を探しているのだと推測した。その理由はサナと同じなのだろうか…。
「リカって娘は、ユキの親友なんです。私も本当にユキの友達ですけど…彼女はさなやんと会ったことのある人なんです。」
「貴方は、さなやんに会ったことはないんですね?」
「はい。だから私はリカって源氏名にして、そのさなやんって人を探していたんです。ユキのことももちろんですが。」
リカはそう答えた。落ち着いて考えれば親友の名前を、源氏名のまま日記に書くことはありえないなと真田は苦笑いする。リカもすこし表情を崩した。
「私、貴方がさなやんだと思い込んでしまっていて。ごめんなさいね、ユキがよくさなやんはお酒が弱いって言っていたから、いつもウィスキーをすごく薄めに作ってたの。本物のさなやんがきても大丈夫なようにって」
「ははは、俺も酒が弱いからちょうど良かったけど。」
と真田はリカを見て笑った。リカはちょっと安心したような表情で話しを続けた。
「キャバ嬢の恋愛話って言っても、本当はユキから聞いた程度のことなの。だからよくわからないし面白い話ではないの…ごめんなさいね」
「いや、それを聞きたいから逆に良かった。ただの関係ない恋愛話ならそっちの方が困ったかも」
「はは、そうか。なら良かった。私はね、彼女がキャバ嬢を辞めてからの友達なの。彼女とはフランスで出会ったの、学校が一緒だった。」
「フランス…」
真田はサナの言葉を思い出す。彼女もフランスへ留学するとか言っていた。ということは、それもユキの真似をしたんだろうか…
「彼女とは同じクラスでフランス語を勉強してた。同じ日本人だったからすぐ仲良くなって、気がつくといつも一緒にいたの。そんな時にさなやんの話しを聞いた」
「ユキはフランスに居たんだ…」真田はその事実にすこし驚く。
「うん。さなやんていう人は、彼女にとって友達なのか恋人なのかわからないって言ってた。でも一番大切な人っていうのはわかったわ。」
なんとなく真田はその関係が頭に浮かぶ。
「ユキは、日本でキャバをやっていた時に、さなやんと知り合ったと言っていた。お客だったかどうかわからないけど、段々と仲良くなったみたいだった。でも既にその時にユキはさなやんに話せない秘密があったの。それはTOTOさんという知り合いとの契約だったって言ってたな…」
真田はびくっとした。平静を装うとしたがそれは無理な話だった。TOTOとは店ではなく、人の名前だったのか…衝撃の事実だった。
「そのTOTOさんとの契約の内容は話してくれなかったから私も知らないの。ただその契約のひとつが、さなやんと二度と会ってはいけないということだったらしいの」
リカは、自分のことのように切ない表情をしていた。
「ユキは、TOTOの約束通りにひと月でさなやんとの連絡を絶った。これですべて終わりのはずだった。でも、さなやんはあきらめず、ずっとユキを探していたの。おそらく仕事も辞めたんじゃないかな…ユキも結局、さなやんと会おうと一生懸命連絡をとろうとしてたみたいだったし…それで結局、2人は逢えたの。」
「それで、その後はどうなったんだ?」
真田の問いにリカは、下をむいた。そしてゆっくりと続ける。
「「さなやんと会えた」って連絡を最後に、その子から連絡がこなくなった。今でもね。」
「!?」
真田は、驚きを隠せなかった。だが、リカだって友達から連絡がなくてすごく心配していることだろう。彼女は、親友だったの…とだけ呟いた。
「でもさ…」
真田は言葉を押し出すように言う。
「2人はどこかで静かに暮らしてるってことはないかな?ほら、そのTOTOとかいう奴からうまく逃げて…さ」
なんの根拠もないが、とりあえず真田はそういうしかなかった。
彼女は目に涙をためているように見えた。
「だといいけど…それは…ない。」
ついにリカは泣き出してしまった。真田はおいおいと思った。まさかこんな事態になるなんて思ってもみなかった。こんな真夜中の居酒屋で女を泣かせていたら別れ話か妊娠かみたいなことに思われてしまう。
とりあえず、真田はハンカチを差し出した。
「リカさん…一緒にその二人探さないか?」
真田は、そう切り出した。これは本心だった。リカは顔をハッと顔をあげた。予想通り、目の下は真っ黒で美人台無しだった。
「ありがとう。本当にありがとう。でも私、来週フランスに帰ってしまうの…だから一緒には探せない…」
真田は驚いた。まさかこの子が海外からきていたとは。真田はなんとなくリカが、日本に親友の…おそらくユキを探しにきたんじゃないかと推測した。
リカはそういうと、腕時計をゆっくり外した。
「真田さん。もし彼女に会うことができたら、これ渡してほしいの。きっとこれが無くて彼女悲しんでる…。真田さん、本当に私に会いにきてくれてありがとう。」
とすっと立ち上がった。そして深く礼をした。
「わたしの本当の名前は、ハルっていいます。もし彼女を見つけたら、連絡まってますって伝えてください。」
リカはそういうともう一度、深くお辞儀をして店から出て行った。