謎の紙きれ
「遅いなぁ。本当にくるんかなぁ…」
真田は、池袋のサンシャイン近くのHANDSの前でマキを待っていた。いくら池袋といえども夜の11時ともなれば、歓楽街を抜けた先にあるHANDSの周りは薄暗く人影も疎らだった。若干、犯罪にまきこまれそうな場所で、親父狩りとかに見つかったらあっという間に標的にされるだろうなと真田はくだらないことを考えながらドキドキしながら携帯を見た。
マキとは11時すぎに待ち合わせしたが、すでに携帯の時計は11時30分を指していた。実はマキとアフターに行くのは初めてだった。アフターというのは簡単にいうとキャバ嬢が店か終わったあとに、お客と飲みにいったり食事にいったりすることだが、店の出勤前に行く同伴とは違い店の制約をうけない。一般的にはキャバ嬢が客と行きたくないランキングで「お休みの日にデート」の次に、嫌な行事だった。完全にタダ働きだからしょうがないのだが、主にお客さんにまた店に来てもらうために嫌々付き合うことが多い。
そこにマキ自らが誘ってきたのだ。普通は、お客さんがしつこくしつこく誘って止むを得ずキャバ嬢がついていくという図式が多いのだが、この日は違った。また真田は特に店に頻繁に通っているわけでもなく、恋愛感情もお互い全くない。お客としては、いわゆる細い客、アフターどころか同伴でさえ断るランクのお客のはずだ。妄想好きな真田には、とってもいいオカズとなったわけだが残念ながら本人がこないと妄想は妄想のままだ。いやむしろ妄想してる意味すら怪しい。そんな堂々めぐりを考えていると、やがてマキと思われる女性が近づいてきた。
「ごめんね。お待たせしちゃって…ちょっと探し物が見つからなくて。」
「いいけど…探し物って?」
真田はいつもと違う雰囲気のマキに若干緊張して答えた。ごめんねん〜と元気に走ってくると思われたが、むしろ無表情で顔が真剣だった。
「ここは、キャッチとかに見つかるから、とりあえずどこか入ろう」
真田の質問には答えず、マキがちらっと周りをみながら呟いた。「?」と真田は不思議に思ったがそういえば店から一緒に出たわけではないのでこれはアフターといより密会に近かった。店にしてみれば、商品である女の子に店をかえさないで会われると一銭にもならない。なので実はお店からすると褒められた行為ではなく、むしろマキが店長などから怒られるシュチエーションなのかもしれない。
二人は、夜の街の呼び込みやキャッチの目に注意しながら、大回りして池袋の北口へ向かった。北口は、もともと二人がいた東口の駅を挟んで反対側にある。歓楽街をさけ、暗い裏通りをすすみ地下道をくぐる。真田は漠然とマキと秘密の逃避行をしているようでワクワクしていたが、店とは違いマキはほとんど話さなかった。店にいるときとは違いナチュラルメイクのマキは、夜の女のイメージはなく、渋谷とかに普通にいそうな今時の女の子だなと真田は思った。
服装もスカートではなくジーンズ。短いスカートを想像していた真田はたいそうガッカリしたがこれがマキの本当の姿のかもしれない。
北口の地下道に入るとそれまで黙っていたマキが口を開いた。
「真田さん…二時間くらい時間大丈夫?」
「まぁ、終電はなくなるがな。」
真田が冗談めいて応えると、
「そっか。じゃ始発まで大丈夫だね」
とマキが笑顔でつぶやいた。真田は一瞬足を止めた。2時間?始発?妄想大好きな男には刺激的なワードが飛び込んできたが、冷静に考えるとそれはないなと思った。愛をかたっているわけでもないし、イチャイチャしているわけでもない。真田の妄想への道は遥か先だなとかくだらないことを考えているとマキが急に腕を組んできた。
「?」真田はいつもとは全く違うマキの行動に面食らった。今日は店では抱きついてくるし、今は腕を組んでくるが無言…。いつもと真逆だった。そういえば喋り方も声も違う。いつものバカキャラではなく、今はむしろ知性さえ感じさせる声と話し方だった。しかもヒールは低く黒いコートに白いマフラーは、すごく地味に感じたものだ。
「あ、ここか…真田さん、ここに入るね!」
マキは特にこちらの確認もせず、「きざみ」と書かれた大きな看板のある建物に真田を案内した。その建物は居酒屋がひしめく、雑居ビルの3階にあった。真田は若干がっかりしたが取り敢えずマキに従った。
古いエレベータにのり、「きざみ」のある3階へ向かう。エレベーターを降りるとそこが店の入り口になっていた。普通のどこにでもある居酒屋だ。レジの周りにはお客さんがキープしていると思われる焼酎や日本酒がところ狭しと並んでいた。
「いらっしゃいませ。お二人様ですか?」
「そうです!個室みたいなとこありますか?」
「はい。大丈夫です。」
「それと…リカとかいてあるボトルあるかな?赤霧島なんだけど…私の友達のなんです」
「見てきます。とりあえずお席へどうぞ」
店員は、そういうと先導して2人を席へと案内した。
真田も慌てて後についていく。真田はマキがお店の人にお願いしていた赤霧島について不思議に思った。マキではなくリカというボトル…「リカって、今日キャバにいた娘のものかな…」とも思ったが、それより本当にマキの友達のものって方が可能性が高いかもしれないと勝手に思う。
そんなことを考えながら居酒屋にしては暗めの廊下を店員に案内され、二人は奥へ奥へと進んでいった。一番奥の個室は5、6人用の大きな席だった。マキは、コートを脱ぐと真田に横にくるように手で指示した。
「横?正面じゃだめなのか?」真田が照れるようにいうと
「ダメ!」とマキは強めの口調でいう。キャラ180度違うじゃないかと真田は思ったがとりあえず横に座った。やがて店員が、「リカ」と書かれた札のついた赤霧島のボトルとチェイサー、氷、コップ等をもってきた。
「ありがと。あと豚しゃぶサラダと…ウィスキーの水割りを2つ。シーバスでいいわ」
マキは、普段のおっとりキャラとは違いテキパキと注文をした。「おれの酒まで勝手に…」と真田は思ったが、ここまでマキの様子が違うといつものように突っ込めなかった。店員はサラサラと注文をメモすると厨房の方へ向かっていった。
真田は、マキにつっこみたいところと文句がズラリと揃っていたがとりあえず彼女の出方を待った。が、マキは携帯をいじるばかりでなにも話してこない。そんな真田の目線を感じてか、「ちょっと待ってね」とつぶやいいたマキは指のスピードをあげなにか文字を打っていた。真田は、そのスピードにある意味スキルを感じた。自分の倍以上も早い。そんなことを思っているとやがてマキは携帯を置き真田の方を向いた。
「聞きたいことは山ほどあるけど…」真田がそう呟くと
「まずはなんでアフターに誘ったかってことかな?あと…相談のことか…」
マキは、そういうとにっこり笑ってバッグからタバコを取り出し火をつけた。
「真田さんって、私がラインで調べ物とかお願いするとすぐに調べて送ってきてくれるでしょ?ネットに出てないことまで…」
「ああ、まぁ職業柄ね」
真田の仕事は基本的には広告関係だ。だが、最近は消費者の動向やニーズを調べ上げ提案することが多く、その流れで彼のところには様々な情報が入ってくる。別にスパイとかではないので真田にはいらん情報も多い。
「それでね…」マキはタバコを灰皿におき続ける。
「今日あのリカって娘の話をきいたとき、ちょっとピンときたことがあるの」
「あの話に?よくある話だろ…あんなキャバ嬢との成功体験のくだり」
真田はなにをこだわっているのかとマキから視線を外した。
「ちょっと聞いて!話じゃなくて、名前のことなの」
「名前?」
マキの意外な答えに、ふたたび彼女と視線を合わす。と。綺麗でおおきな瞳と綺麗な肌に真田はドキッとした。(こんなに可愛いかったのか…)しかし今はそこじゃないと自分に言い聞かせた。マキは彼のそんな気持ちを知ってかしらずかバッグから1枚の紙切れを取り出した。しばらくマキは眺めていたがやがてそれを真田の方へ向けた。「見て…」マキはそういうと彼にその紙を渡した。
3/25
わたしは本当はこんな女の子じゃない
でも今日もさなやんと会っている
自分の目的のためのはずなのに。嘘をついている私の前で今日もさなやんは笑っている。
今日はきざみに行った。リカと一緒にいれた赤霧島のボトルを空けてしまった。
そしたら、さなやんがボトルを入れてくれた。さなやんはいつも優しい。
彼に本当のことを話したい。そしたらちゃんと本当の名前を呼べるのに。真田さんって呼ぼうか、名前で呼ぼうかいつも迷う。
明日は、警察にいかなくては。この携帯を届けるために。
早く自由になりたい。
真田は、第一声「なんだこれ」ともらした。これが知り合いが残したものなら大いに心配するが、見も知らずの相手だとただの女の子の普通の日記としか思えない。
「名前って言っても、リカだけじゃん、俺らのまわりにいるの」
「は?ちゃんと読んで!このさなやんっていう変な名前ね。…本当の名前は真田って書いてあるでしょ?」
真田は、へ?とした顔をしてもう一度読み直してみた。確かにそう書いて有る。
「なんかさっきの真田さんの話を聞いてね。この紙切れのこと思い出したの…あのリカって娘、この日記のリカだったとしたらすごくない?」
「ああ…なるほど…」
真田は、店でのリカとの出来事を思い出した。確かに最初は普通だったのに、真田っていう名を聞いてから様子が変だった。もしかしたらリカは、自分の名前を聞いてさっきの話をしようとしたのだろうか。
「しかも、この紙切れね。私があの店に入店して時、自分のロッカーに落ちてたの。最初は全く気にしてなかったけど…今考えるとちょっと偶然にしては出来過ぎな気がしない?」
マキはちょっと不安そうな顔をしている。真田は考えたがすぐには結論がでなかった。だが例えそうだとしてもこんな他人の恋愛話に首をつっこんで、マキはなにがしたいのだろう。
「確かにこの「きざみ」でその日記のとおり、リカのボトルがあるっていうのはちょっと気になるけど…だからってマキが首を突っ込む問題か?」
「…なるほど…そこ疑問に思うよね。やっぱ」
といいながら、マキは赤霧島の水割りを作り始めた。
「あ、おい!それは他人のだろ?」
「いいのいいの、なんかウィスキー遅いし、せっかくこの日記のとおりにきて、あったんだから飲んじゃおー」
マキは、急にいつものように戻ってケラケラ笑いながら、真田に水割りを渡した。マキはつづける。
「でね、こっからが真田さんを呼んだ本当の理由。今日、相談しようと思ったことね!じゃーん!」
と、またバッグから何かを取り出した。茶色の手帳のようだ。
真田は、は?という顔をしてマキをみた。
「なに、それ?」
「これはね…この紙切れの本体。つまり日記帳なの。先週あの店で見つけたんだけど…どこにあったと思う?」
ゴクリと唾を飲み込み、真田は、わかるもんかとばかりに首を横に振った。
「店の従業員用のトイレ。しかもトイレに水タンクの裏側に隠してあったのよ。ただの日記だとしたらおかしくない?」
「確かに…でもだ!でも!それでもやっぱおかしいぞ!マキが絡む理由がわからん」
真田は、マキからうけとった赤霧島の水割りを一気に飲んだ。
「ここから先は取引ですよん。」
「なんだよ。キャラが戻ってるぞ」真田は苦笑した。
「真田さんに協力して欲しいの。この日記の謎を一緒に解いてほしい。」
「謎?謎なんてあるのか?」
「あるよ。」マキがけろっと言った。
真田は腕組みをして考えた。まったく意味がわからないが、なんかとりあえず面白そうだし、このハタチのキャバ嬢と仲良くなれそうだしという下心が決めてとなった。
「わかった。どうせ足したことないことかも知らないけど、協力してやるよ!」
「ほんと!?ありがとう!もうマキ、なんでもいうこと聞いちゃう」
「なんでも?!」
真田が驚くと、マキは急な下目づかいになって「なにがいいの?とイタヅラっぽく聞いてきた。
「えっとねぇ、」
「うんうん」
「来年もバレンンタインのチョコくれ!」
真田にとっては切実な問題だったが、マキはガクンとかたを落とした。