話すことがいっぱいだ
突然泣き出したユキに、サナは驚いた。
初めて彼女に怒鳴ったので、当然逆ギレしてくるだろうと思っていたからだが、彼女は怯えたようにエントランスの床に倒れこんで立とうともしない。(ごめんなさい…ごめんなさい)蚊の泣くような声が聞こえる。自分にとって憧れといってもいい彼女が、目の前でこんなにも弱く、小さい…というのは驚きだった。
(さなやんに会えなかったり、ずっと攫われていたから…心も弱くなったのかな…?)サナは一瞬そう思ったが、あの日記の主がこうなることは到底信じられなかった。
サナはゆっくりとユキに近づき、手を伸ばすが彼女はそれでも後ずさりしてしまった。明らかにサナを怖がっている。(そういえば…今日もお店の娘にいわれたっけ…わたしってそんなに怖いのかな…)サナは、それでそれは困ると思ったが。
「大丈夫?ごめんね、いきなり怒鳴って…さぁ、立って。」
サナはなるべく優しい声で、ユキに話しかけ、無理やり笑顔もつくってみた。本当は疲れていてそれどこではないのだが、まさかここでほっとくわけにはいかない。と、いきなりユキはサナに向かってタックルを食らわしてきた…と一瞬サナは思ったが、それはユキが彼女に抱きついてきただけだった。
「ごめんなさい、ごめんなさい…」
ユキはそう言ってしばらく彼女の胸のなかで泣いていた。
サナは仕方なく、彼女に肩をかして部屋にいれることにした。疲れ切っていた細いカラダに、さらにユキの体がのっかる。ユキはサナより身長が10cmほど高かったので、肩をかすだけでも大変だった。
エレベーターで11階まで行き、部屋に入る。
「もうちょっとだから、頑張って!」
そう言うとサナは最後の力を振り絞って彼女をソファの上に乗せた。
サナはその勢いで床に倒れこんでしまったが、ユキのうわ言のような声をきいてソファに這ってむかった。
「はぁはぁ…」
ユキは苦しそうな息遣いだった。(いったい、どうしたんだろう…)サナが急に怒鳴ってからユキの様子は一変してしまっている。心配になりユキの額に手をあてるとすごい熱だった。
「ちょ!?大丈夫!!?」
「はぁはぁ…頭がいたい…割れるように痛い…」
ユキの苦しそうな様子をみて、サナは慌てて立ち上がると薬箱から鎮痛剤と熱さましシートを取り出しユキの元にもどり、とりあえず彼女の額にシートを貼った。そして、ユキのカラダをゆっくりと起こして「大丈夫?飲める?」と言いながら鎮痛剤とバッグにあったペットボトルの水を手渡した。
ユキは苦しそうだったが、なんとか薬を飲むと再びソファに倒れこんだ。そしてまさに気を失うようにそこから動かなくなってしまった。
「!!?」
サナは驚いて胸に耳を当てたが、ちゃんと心臓の鼓動は聞こえている。ホッとした彼女は寝室から毛布を2枚持ってくると一枚をユキにかけもう一枚の毛布に自分が包まると、ソファにもたれかかった。
サナは天井をみて今日のことを振り返る。
今日もいろいろあった…と。そういえば前もこんな風に座っていたことを思い出す。疲れているのに真田と朝まで話していた時だ。その時もサナは毛布にくるまり、彼はソファにいた。
(話すことがいっぱいだぁ)
サナは真田の姿を思い描きながらそう思うといつの間にか寝てしまった。