植田のひとこと
その後、TOTOはサナを店まで送った。
時計は夜の9時になっていて完全な遅刻だ。TOTOは、車を店の前まで横付けしてくれたが、サナは先週のことも若干重い気持ちになっっていた。だがTOTOはなにか察したのか店の中まで付いてきてくれた。店の入り口でスタッフに軽く会釈する。スタッフは小声で、「リーダー、カンカンです!お客様もお待ちです…」と伝えてきた。(そりゃ、そうでしょね…)サナはすっかり気がめいってしまいながら入り口をくぐる。すると、受付のところで植田の姿があった。サナは全身から汗が吹き出るを感じた。
と、植田はサナの顔を見るなり、鬼のような形相になったが、その横に立つTOTOの顔を見て
「こ、これはマスター…お疲れさまです!!」と頭を深く下げた。サナがあっけにとられていると
「これこれ上田くん。ええ、ええ。」
と植田を労うようにやさしく応えた。そして
「マキは今日、ワシに付き合っておったのじゃ。すまんが大目に見てくれんかの…」
と、植田に問いかける。上田は頭をあげず「も、もちろんです!そのようにいたします!」と聞いたこともない敬語で応えた。TOTOはサナの肩に手を置き、
「ほれ、元気に働いておいで!水槽でお客様がまっておるからのぉ」
とサナに語りかけた。(やっぱこの人…すごい人なんだぁ…)サナは改めて感心する。サナはTOTOに今日のお礼をして、植田にも丁重に遅刻したことを詫びた。
「もういいから行きなさい!」
植田にそう言われサナは更衣室に小走りで向かう。ラインの効果もあってか今日もサナには本指名の客が溢れている。
大急ぎで着替え、化粧を整えてフロアに向かう。
「ご指名、ありがとうございます。お待たせしてしまって申し訳ありませんでした。」
昨日とは打って変わって元気な挨拶で、サナの仕事は始まった。
サナは、結局その日ラストの2時まで働いた。最後のお客様を出口まで見送ると、スタッフリーダーの植田に呼ばれた。
「マキちゃん、今日もお疲れ様。ちょっと来てくれるかな?」
植田は穏やかな声でサナを自分の部屋に招き入れた。サナは(やべ…怒られる…)と直感で思ったが、どうすることもできず植田に続いて部屋に入る。植田はお茶を入れるとサナの前に置いた。
「マスターから聞いたよ…。契約したそうだね。」
「あ、はい…」
なぜ植田が契約のことを知っているのかは疑問だったがサナは首を縦に振った。
「と、言っても僕も契約の詳しいことは知らないから、なんて言っていいかわからないが…」
「え?そうなんですか?」
「僕は下っ端も下っ端だ。ただマスターの命令通りに動くだけの歯車だからね。」
と、植田は自嘲気味に笑う。ということは、この店もTOTOの傘下ということか…サナはお茶に手をつけゆっくりと飲んだ。植田はその様子を眺めながら
「しかし、残念だ。仲々、君のような娘はいないからね…」
と呟く。サナはその言葉が意外に感じた。まぁ最近は遅刻するわ欠勤するわで迷惑かけ通しだったからだ。
「いえ、ご迷惑ばっかかけまして…」
「マスターに関わっていたんだろ?それならしょうがないさ」
「あの…あのマスターって何者なんですか?」
「ん?そんなの僕が知るはずないだろ。ただ、手が届かないすごく上の人だってことしかわからないな。ただ…」
植田はそこで言葉を止める。サナに話していいのか辞めようか迷っているみたいだった。
「なんですか?」
「…契約に関わった娘は幸せになる娘もいれば不幸のどん底におちる娘もいると聞いている。十分気をつけてな。」
植田はサナと目を合わさずにそう告げた。