マキからサナへ
二人は映画館からでると、とりあえず銀座まで歩き新橋近くの「椿屋珈琲」に入った。この喫茶店は今や東京中にあるが、チェーン店にしてはしっかりと珈琲が美味しくて真田は度々利用していた。店内も大正ロマン風でなかなか雰囲気もいい。
珍しく空いていたため、奥の4人席に通してくれた。
映画館では会話のことで悩んでいた真田だったが、映画からでるとマキはいつものようにマシンガンよろしく話し始めたため、ホッとした。
「私、ハーフって知ってったけ?」
マキが突然、話の途中に素晴らしい告白をしてきた。真田はもちろん聞いたことがなかった。
「いや!知らないよ。というか、全然見えないんだけど」
「言ってなかったか…ほら、見てみて」
と、マキは携帯の写真を見せる。そこには、マキと家族が3人で写っていた。ひとりっこのようだ。父親は日本人だが、母親は金髪で白人だった。心なしか中央に写っているマキも外人顔にみえる。今、目の前のマキをみても日本人にしか見えないが、写真とは不思議なものだと真田は感じた。マキは南米系のハーフだと言う。
「だから私、こう見えてもスペイン語話せるんだから!」
「え?それはすごいじゃん!」
「でしょでしょ」
マキはとても機嫌が良かった。真田も初めてマキを尊敬した。意外な一面を見た気がする。
「私ね…もうすぐフランスにいくの」
「お、そうなんだ!いいじゃないか。留学ってこと?」
「そう!語学留学なんだぁ。フランス語と英語を勉強して向こうで大学入るの」
マキはキラキラしている。真田は、なにか嬉しくなった。若いってことはそういう夢みたいなことができる。と同時にマキがキャバで働いている理由もそれなんだなと推測した。キャバ嬢の留学話は、お店をやめる際の理由の典型的なものだが、もはや客ではない真田に嘘をついてもしょうがない。これは本当のことだと真田は思った。
「でさぁ、聞きたいことがあるんだけどいい?」
真田は思い出したように聞いた。今日はぜひ、聞きたいことがあることを思い出したのだ。
「うん。いいよ。」マキは笑顔で返す。
「マキの本当の名前知りたいんだけど…ダメかな?」
「ああ、そういうね。やっぱり、しんちゃんもそういうの気になるんだ」
マキは思わせぶりに、真田にいう。もちろんだともと真田は返す。マキは迷っているようだった。その理由はわからなかったが…
マキはその問いには答えず「ねぇ、しんちゃん!おなかすいた!なんか食べにいこうよ」と真田を食事に誘った。携帯をみると7時をまわっている。
「お!いいよ…実は予約してあるんだ」
真田は若干、自信なさげに言った。映画の後の予定は、マキと話していなかったが真田はもしかしたらとホテルのレストランを予約していた。ちょっとホッとした。マキが映画の後も付き合ってくれる保障がなかったからだが。
「さすが!しんちゃん!ありがとう」
マキは、いつもの作られた笑顔ではなく自然な笑顔でそう答えた。
真田の予約したレストランは、ペニンシュラ東京というホテルの1階だった。とりあえず、キャバの方と食事に行くのは初めてだったので無難に選んだ。これは小さな小さな男のプライドだった。マキがどの程度人気がありどんな客とどこへ行ったことがあるのか見当がつかなかったが、まぁ名前をだしても恥ずかしくないレベルのとこという意味でだった。
そのホテルにいく途中、マキはすごく嬉しそうだった。予約までしてくれていたことを心底喜んでいたのだ。真田は、楽しそうなマキをみてホッと胸をなでおろした。映画館の時はどうなるかと思ったが、今は自然に話している。マキはすこし真田の周りをうろうろし、ちょっかいを出していたが急に立ち止まった。
「私の本当の名前は、サナ。佐藤 サナ アレグリア」
と急にカミングアウトした。真田は、一瞬頭が得意の大混乱に陥ったが、だったらさっき言えよ!かるく突っ込んでみた。するとマキは、
「まぁまぁ、映画だけじゃなく食事にもご招待いただけて嬉しかったってことじゃないかな」
と他人事のように冗談めかして言った。真田は名前のことは嬉しかったが、それよりもマキが初めて本当のことを言ってくれた気がして嬉しかった。