めずらしい山ちゃん
真田がサナと箱根に旅立った土曜日、橘は、山本に会っていた。
赤提灯が明るくひかっているいつもの新橋のガード下だ。3月の末なので少し寒さは和らいできていたが夜はまだ寒い。2人は厚手のビニールの中に入って熱燗を珍しく飲んでいた。
「そういえば、真田さんがTOTOに接触したらしい…」
橘は前日真田からきたメールのことを山本に話した。山本は「そうか…」と呟く。
「今、真田さんは?」
「あのサナって娘と箱根らしいですわ。のんきなもんっす」
橘は若干ひがみ気味に言う。山本は、はははっと笑う。橘のその様子が滑稽だったのかすこし嬉しそうな笑い方だった。
「山本くん、そんな笑わんでも…」橘は顔を顰めて言う。山本は、ごめんと謝りながら、
「いやいや、違うんです。真田さんとサナという娘が上手くいっていることが嬉しいんです。」
「それはどう言う事やねん?」
橘は突っ込んで聞く。そもそも、山本から見ると赤の他人であるあの2人の仲の良さなんて関係ないだろうと思った。
「この事件を解決するには、仲良くしててもらわないとね…」
山本は熱燗を煽りながらそう答える。橘は、漬物をバリバリしながらその様子を見ていたが、山本の様子がすこしおかしいと感じていた。
「山本くん、なんか隠してるやろ?」
「はい。隠してます。もう言いたくて言いたくてしょうがないですけど。」
山本はそう言うと口に手をあてておどけた。橘は思わず笑ってしまいそうになるのをなんとか堪えて言う。
「隠し事はナシにしてもらわんと。つっても無理か。あ、そういえば真田さんにきいたけど、山本くんはユキをしってるんか?」
山本は、その言葉には特に反応しなかったが、声のトーンが下がった。
「知っています。私は彼女に会いましたからね」
と驚くようなことを言った。橘は「えっ!?」と思わず口にだした、
「でも真田さんには内緒ですよ。今、彼がそのことを知ってしまうと滅茶苦茶になってしまうから。」
「いや、でも…。わたしらそのユキを探し回っているんだけど…」
橘がそう言うと、山本はおちょこを静かに回しながら答える。
「あっても無駄ですよ。真田さんに聞いたでしょう?彼女は記憶を失っている。」
橘はメールでユキが記憶を失っていることは知っている。
「せやけど…彼女とさなやんをもう一度合わせてあげたいねん。」
「記憶がもどればね。そうすればすごく容易いが…この前、真田さんにもあの2人は会えないと告げました。いや、物理的に会うのは可能ですが…」
「記憶がなくても、会ったらなんか思い出さへんかな?」
「私もそれを期待している。…だが記憶が戻ってほしくないとも思う」
山本は、めずらしく遠くを見ながらふと呟いた。