おいしいね
2人は。夜の8時にホテル備え付けのレストランへ向かった。
和風フレンチという、よく考えると非常におかしいネーミングだが食事は予想に反して素晴らしく美味しかった。いつもはリアクションの薄いサナも今回ばかりは、美味しいを連呼している。
かなり暗めのレストランで、雰囲気もとても素晴らしい。だが、その雰囲気はなんとなくサナの職場に似ていて2人は思わず笑ってしまう。
真田はなんとなく、お店でまだマキと真田として会って居た頃を思い出してしていた。いったいいつ頃から自分はサナのことを特別な存在として認識したのか考えてみる。サナを綺麗だなとちゃんと認識したのは偶然会ったマクドナルドの時だった。それまではちゃんと顔を見ていなかったのかもしれない。
勿論、可愛い子だなとは最初から思っていたが、なにかそれは遠い存在だった。言い過ぎかもしれないが、アイドルみたいな感じだ。
だから真田はそれほど店に通わなかったし、メールもほとんど送らなかった。だが、距離が近くなっていく過程で、ポンっと心が変化したと真田は思っている。
好きだとは言ったことがある。数は少ないが愛してると言われたこともある。
だがお互い付き合おうと、話したことはなかった。
理由お互いわかっている。真田は何回か言おうとしたこともあった。サナも言ってほしそうなこともあった。…だが結局お互い一度も口にしたことがない。
セフレだという人もいるかもしれない。だが2人にその認識は皆無だ。
真田は正直、お客に何度も嫉妬したことはある。特に3月の最初の頃は大変だった。サナは、お客とのことを遠慮なく全て話す。告白されたというのは日常茶飯事だし、腕を組んだ、手をつないだ、同伴であの店にいった、等々。夜中に電話はかかってくるし、メールの音もひっきりなしに鳴っている。だが時が経つにつれ、お客と嬢の間柄がはっきりと見えてくると心は落ち着いてきたものだ。
会えない日もサナは店が終わると必ず連絡をくれた。そして家につけばテレビをつけて電話してくる。それをサナが意識してやってるとはとても思えないがたったそれだけのことで真田は安心できた。
むしろ真田の方がそこは無頓着だったかもしれない。サナは不安だったのだろうかと今は考えてしまうこともある。
サナは今は無邪気に真田の前で食事を楽しんでいる。
それが何よりも幸せなことだと真田は思った。