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マキという女

マキは、真田と新橋で別れた後、新宿の韓国バーで一人で飲んでいた。

明日、真田と映画の約束をしていたので、あまり飲まないほうがいいのはわかっていたが自制することはできず、結構な量になってしまっていた。


携帯を何度も見直すが、新橋で別れてから真田からのメールはきていない。

ただ無数のラインの音はなっていた。見なくても誰が送ってきたものかはわかっている。が、今日はお客のラインに返す気はおきなかった。


この韓国バーは、カウンターとテーブル席が3つという小さい店だった。ここのマスターの歌は絶品だったが、今は客の韓国人の歌うカラオケだけがずっと流れている。韓国語を理解できないので内容はわからないが、下手なことだけは理解できた。


「また、あなたはひとりで来て!友達いないの?」


店員の一人であるチョンマンが、チジミを運びながら、マキに声をかける。


「うるさいなぁ…。お客様に失礼よん」


「え?そうなの?」


「もう少し、日本語に潜む意味を理解することね!」


マキはすこし不機嫌そうに答えたが顔は怒っているようには見えない。

チョンマンはここは、すこし持ち上げておこうと思った。キャバ嬢は金も持ってるし、客も同伴とかアフターでつれてくる。この店では大事なお客様だ。


「でもさぁ…あなたは無駄に綺麗だし、友達も恋人もいっぱいいそうなのにな…」


「無駄ってなによ!失礼なやつだな、ほんとに!つーか、恋人はいっぱいいちゃダメでしょ!」


マキはチジミを口にいれながら文句を行った。今度はなかなか不機嫌指数があがったようだ。美人が怒ると怖いというが、チョンマンも「あわわわ」といいながら素早く厨房に戻っていった。今度は褒めたはずだが…と若干の疑問を残して。


だがマキにとって今のはなかなかレベルの高い嫌味だった。


彼女には今、友達はいなかった。いや、いたはずだったのだが…一番の親友とは喧嘩中だ。もう一人の親友は今、すごく遠くにいる。


さらに恋人は居ないが、自分のことを恋人と勘違いしているお客は数人いる。マキ自身にはその気は全くないのだが、職業上仕方がない。彼女はキャバ嬢としては少数派かもしれないが、重い客を得意としていた。得意というか、そういう客の扱いに慣れているのだ。「大好き」「愛している」「付き合おう」「結婚しよう」というメールが来ない日はない。いろいろ大変なこともあるが、そういう客こそお金を落としてくれるし、その手のお客に救われていることもある。自分を必要としている人がいる…それが稀にだが、嬉しい日もあった。


今は、働くキャバの店と自分の家を往復する毎日だった。それは別にいい。ただ寂しいのは間違えなかった。自分のことをひけらかせる相手がいないのだ。

地元に帰っても高校の時の友達は、なにか距離がある気がした。しかたのないことだとは思う。彼女たちは高校卒業後、普通に地元で就職していたし、手取り月15万そこそこで朝から晩まで働いている。結婚した子もいた。そこにブランドものに身を包んだ自分が帰っても距離があるのは当たり前だった。影口もちらほら聞こえて来る。一緒に飲みいってもカラオケにいっても、なぜか楽しめなかった。


なので、別に地元から通えない距離ではないが、東京で一人ひっそりと暮らしている。一緒に働くキャバの娘たちともなぜか深く付き合う気になれなかった。待機室ではいつも一人。たまに新人の子が話しかけてくるが、いつも適当に流している。


完全に自分の立ち位置を見失っている…



マキはそう自分で認識していた。そんな時にあの日記と出会った。

ユキ…という娘の日記だった。そこに書かれていたのは、毎日の葛藤と自分への怒りだった。日記は2月から4月まであったが、考え方、状況が自分ととても似ていた。その日記に例の「さなやん」という人物がでてきた。彼はどんな時もユキを疑わず、常にユキの味方で、いつもユキのそばにいようとした。


私もこの「さなやん」みたいな人が欲しい…と漠然んと思ったのかもしれない。

勿論、病んでいる考え方だし自分でも突っ込みどころは満載だったが。


子供じみたことをしているのは分かっていたが、日記の通りにしてみた。

日記では、ユキは「TOTO」というバーで、そこで偶然を装いさなやんという人物と会っていた。彼女らの出会いは去年のバレンタインディ、雪の夜だった。


マキはそれを自分なりにやってみたくなった。「TOTO」というバーには行く手段もないし場所もわからないので、自分の店でやってみた。偶然だが今年もバレンタインに雪が降ってくれた。

自分を指名してくれているお客さん全員に「きて」とメールを送った。要は誰でも良かったのだ。自分にも「さなやん」が欲しかっただけかもしれない。そこに一番にきてくれたのが真田だった。


日記にでてくる「さなやん」と同じ名字の真田。雪のバレンタインにきてくれたことも同じだった。

それまで、大して興味もなかった真田に急に親近感が湧いた。

無理やりアフターに誘うとしぶしぶだが付き合ってくれ、そこで話してみると、久しぶりに心から笑える自分がいた。だがそれは当たり前のことだった。久しぶりにキャバ嬢としてでなく、プライベートとして飲みに行ったからだ。日記の謎解明というお題目があったので口説かれもしないし、ホテルにも誘われない、そんな普通の関係が心地よかったのかもしれない。


それからマキは、真田に興味が徐々に湧き、たまに会いたくて仕方がないことまであった。予定がどうしても合わず断念していたが、それに比例して、メールと電話の数は膨大になった。いままで自分から恋人以外にこんなに送ったことはなかったかもしれない。


ただこれが恋なのかと問われれば、甚だ疑問だ。


真田が、さぞや驚いているだろうことは予想できた。営業メール以外のことを毎日送りつけているのだから。だが、まぁ私の寂しさ解消のために我慢してくれ!と思うしか自分でも説明がつかなかった。



















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