忘れないように
サナはしきりに、真田にそのことを何度も話した。
「しんちゃんは、私が求めたことは必ずしてくれるけど、私が困ることや嫌がることはしなさそうだから」
サナはそう話すと、再びベランダに出た。夕日に染まった空と山を、じっと見ている。
「そりゃ、さっちゃんの嫌がることはしちゃいけないだろ?」
真田は、サナの後ろ姿を見ていう。後ろから、見ると小柄なサナはさらに小さく感じる。ヒールを履いてないこともあるが、いつも強がってるサナが今日は大人しいからだと真田は思った。
「会いたくないって、私が言ったらしんちゃんは来ないの?」
サナは、相変わらず遠くを見ている。表情は後ろ向きなので真田にはわからなかった。真田はしばらく考えていたが、
「会いたくないってことは、行ったら迷惑なだけだろ?」
と答える。サナはクスッと笑い振り返る。夕日の逆光にあたってサナの姿は美しく浮かび上がって見える。
「しんちゃんらしい答えだけど…本当に会いたくない人に…「会いたくない」なんて…そんなこと言わないよ…。」
「そういうもんか…」
真田は、サナのいうことはよく理解はできなかった。
だが、その言葉は胸に刻んだ。サナの手を真田はひっぱって、サナの手を見つめる。すごく小さくが指が細く長い。真田はしばらく見ていたが、ギュっと手を握る。
「ねぇ、しんちゃん。手首をギュっとして」
サナは、その様子をみて真田にそう言った。真田は?となったがやさしくサナの手首を掴んだ。
「もっと、強く掴んで…」サナは言う。
真田は少し力をいれたが、サナが痛がりそうな手前で力を緩めた。サナは、「…!!」という表情をして手をそっと離して手首をみる。サナの白い腕がすこし赤くなっている。
「ごめん、痛かった?」
「しんちゃんはほんと優しいね」
サナはにっこりして真田をみる。
「私ね。ほら前に家にきたストーカー男いたじゃん。あいつに店で今みたいに手首を掴まれたの。手首が赤くなったのを見て本当に腹が立った。でもしんちゃんに掴まれて同じように赤くなっても、全然腹がたたないし、むしろもっとちゃんと掴んでって思う。同じように、「痛い」って思っても全然意味が違うの…」
真田は、再びサナの手をとり、手首をやさしく撫でた。
サナの細い腕がビクンとなる。くすぐったいのだろうと真田は思ったがやめなかった。
サナはくすぐったいのを必死に我慢している。
真田は手をとめてサナの顔を見た。もう見慣れたはずのサナの顔が今日は違ってみえた。真田はその顔を脳裏に焼き付ける。
例え、記憶を消されてもサナの顔を絶対忘れないように…。
「さっちゃん、この部屋、露天風呂ついてる!」
「一緒にはいる?」
「入る!おまえの裸も忘れないように!」
「…ほんとサイテー…」