心のムービー
「うわぁ、すごいところだね!」
サナは、旅館の窓をあけてそう言った。窓の外からは箱根の山々が一望できるようになっていた。旅館の真下を箱根のケーブルカーが通り、鳥の鳴き声があちらこちらから聞こえる。まさに大自然という空間だった。
真田は、サナの横でその風景を見ている。
ここは箱根のある旅館だった。サナとの約束通り彼は箱根に2人で訪れている。東京から車で約1時間ちょいの距離だ。神奈川の左端なので、渋滞にはまらなければすぐに着く。
サナは、TOTOとの契約についてはあれから何も真田に話していない。
真田が今日、目覚めると、サナはいつもの彼女に戻っていて、旅行!旅行!とはしゃいでいた。口の悪さと、適当さはいつもピカイチだが今日はいつものに増して凄かった。だが、真田はむしろそれが無理している何よりの証拠ように感じたが。
「ねぇ、しんちゃん、写真撮ろうよ!」
サナは、そういうと自撮りの準備を始める。真田は、写真を撮るのがあまり好きではないが、サナはいつも写真、写真という。自分の20歳くらいの時を思い返してみると、勿論当時はスマホではないがみんなでよく写真を撮っていたような気がする。サナといると、いつの間にか自分も若返ったような気がしていた。
ホテルのベランダから、新緑をバックにサナは何枚も写真を撮った。やがて、サナは「ムービーも撮ってみよう!」と、スマホでムービーを取り始めた。最初は何していいかわからなかった真田だったが、サナは普通に話しているふたりを自撮りしている。
撮影後、2人はムービーを見かえす。映像の中の2人は、最初は微妙な感じだったが話し始めるといつもの2人のように、楽しそうに文句を言い合っていた。
ひととおり、ムービー撮影会を終えると、サナはソファに座り、珍しく真田にユキの日記のことを話し始めた。
「私ね。この前、TOTOさんのところに契約に行く時、ユキの日記をもう一度読み返したの。なんか自分が同じ境遇になっちゃったからね…」
「…そうか」真田は、ソファに座るサナをベランダから見下ろして答える。
「ユキって娘は、最初さなやんとドンドン仲良くなっていったけど急に、さなやんに冷たくしだすの。好きだけどお別れしないと、彼が殺されてしまうと…。だから彼女はきっぱりと、さなやんとの連絡を絶った。でもね…なんかおかしんだよね…。」
サナは、そういうとお茶に口をつけた。モダンな旅館だがやはり観光地なのか部屋に緑茶がおいてある。真田は「おかしい?」と聞き返す。
「ユキは、それこそナンバー1キャバ嬢だったでしょ?そんな簡単に彼とのこと諦めるかなって…。良くも悪くも日記の最初を読んでいると、欲しいものは何としても手に入れる!って感じだったから、彼を諦めるとこだけ別人みたいだなぁって…」
「彼の命がかかわっていたからじゃないか?」
「ううん。彼女ならおそらく必死で、一緒にいながら2人が生きていく方法をなんとしても探すはずだと思うの。さなやんだってきっとそう思うはず。」
これはサナが確信を持って言えた。特に夢の中にでてくるユキが、この日記のように簡単にさなやんを諦めると思えない。サナは続ける。
「ひとつ思ったのは、サナがさなやんを全然好きじゃなかった場合ならこの話はあり得る。でも…そんなのもっと有り得ない。私は、あの時かならず2人は愛し合っていたって思う。しんちゃんの話、橘さんの話を聞いてもね。キャバ嬢が仕事終わりに毎日のように会うなんて、恋人だったとしても信じられなかったもん。」
「俺が、さなやんの立場でもキャバ嬢の仕事終わりに毎回会いに行くのってありえないと思ったな…」
「だよね。私も自分でユキと同じことをしんちゃんとやってみて思った。これを他のお客さんとやったらとても続かない。多分3日で話すことがなくなる。ねぇ、覚えてる?最初に、しんちゃんとアフター行った時に、私無意味にイチャイチャしたでしょ?あれって、なんとか自分がしんちゃんを好きになるようにってしてたの。しんちゃんもカラダ目的でもいいから、私に興味を持ちますようにって。」
「ああ、覚えてる。店で急に抱きついてきたり、「きざみ」に行く途中で腕を組んできたり…」
真田は遠い昔のように、そのことを思い出す。
「最初はね。全然、興味なかったからさ。ごめんね。」
サナはそういっていたずらっぽく笑う。真田も「俺も。」と続く。
「でもね。一緒にいて楽しんだもの。全然、会話が途切れないし、なんでも話せるし。だから私、しんちゃんとここまでこれた。他の人じゃ…多分最初のデートで終わってる…。無理だ!ってね。だから、ユキの気持ちが痛いほどわかるの。彼女は絶対最後まで、あきらめていなかったって。」
サナはそういうとゆっくり立ち上がり、真田の間に立つ。
「しんちゃん。前もいったけど…。私があなたを諦めるようなことを言っても絶対に信じないで。私は心が弱いからそういうことを言い出す日がくるかもしれない。またはそう言わされてるかもしれない。絶対にそんなこと心では思ってないから!必ず助けにきて!」