後編その1
お待ちいただいた皆さま、ありがとうございます。
お待たせしました。
放課後である。
楽しい放課後が…本来ならば待っているはず。
はずなのになぁ。
そして、ここは校舎裏である。
詳しく言うなら特別室校舎裏。
ってことで、放課後に人がいる教室は限られている。
ちなみに、三戸が【億田香凛】に告ってたのはちょいと位置が違うところだ。
指定された場所は、放課後に使われない『各教科準備室の集合地区』の裏手。
ちらりと横目で見ても、ガラスに写るは自分ばかり。
教室内には人は見えない。
迫る校舎、生い茂る木々。
日陰で薄暗い。
ひと気がないから、にん気もない。
漢字で書くとどちらも“人気”。
不思議だねー。
ふと木々の間から見える空を見上げる。
いつもなら屋上で「ウェルカム!」と、もろ手を広げて出迎えてくれる素敵な空。ただ、今日は遠くから自分を嘲笑う。
つい、黄昏てみた。
時間的にもそろそろだし、ぴったりだよね。
なんて思っていると、
「来たわね!!!」
という声がした。
振り向いてみれば、【億田香凛】がいた。
腕を組んで、仁王立ちでのご登場だった。
鬼の首でもとったかのようなドヤ顔ですね、ありがとうございます。
「で、何の用??」
ここで相手に会わせても意味がないというわけで、至極冷静に対応してみる。
マサキの案である。
案の定というべきか、【億田香凛】の顔が赤くなった。
「モブの分際で馬鹿にしないでよね!!!!!!」
絶句とはまさにこの事。
叫んだ内容が痛すぎて言葉がでない。
言うに事かいて、モブ。
何か? 自分がこの世界のシュジンコウとでも…
「あんたはわたし(ヒロイン)と皆(攻略対象)の引き立て役にすぎないの!! なのに、あんたはモブの癖に毎回毎回邪魔するし…いい加減にしてよね!!!!」
うわぁ、なんだろう。
ルビじゃ字が小さいからって、強調のための括弧書きで読み方が見える気がするんだけど。
はあ、そうですか、主人公さまさまですか。そーですか。
引くわあ……。
「邪魔するってことは、あんたも『転生者』よね?!」
主人公に転生者…だ、と!?!
ヤバイ、電波だ。
激しい電波女がここに!!!
「いや、あの、今生の記憶しかございませんが…」
動揺を抑えつつ、なんとか言葉を絞り出す。
「うそでしょ! じゃあ、なんであんなにタイミングよく邪魔するのよ!!」
知らないし。そんなのわからないし。
困惑する自分を気にせず、【億田香凛】は感情のままに叫ぶ、叫ぶ。
「皆を攻略しないと、攻略できないと思ってたのに、そもそものジョウセイヨクトくんがいないし!! 今までの努力、全く意味ないじゃない!!! 最悪なんだけど!!!!!」
叫んでいる言葉のなかに、知っている固有名詞が入っていた。
…ジョウセイヨクト?
「億田さんは、ヨクトの知り合い??」
「はっ????」
ぽかんと口を開けてこちらを見ても…こっちもいきなり従兄弟の名前を出されてもびびるのですが??
「浄清翼仁は従兄弟なんだけど」
「うそ…?! ヨクトくんはあんなにイケメンなのに…」
ものすごい憐れみの視線を感じる。
うっさいわ。
お前に言われたくない。
「ヨクトくんはこの学校にはいないわよね?」
「いないよ。ホントは一緒にここを受けるつもりだったんだけど、自分の夢のために変えたんだよね」
将来を見据えて…って言われたら、とめることはできないしね。
「なんで!!! お医者様だったら、ここの特進科理数コースでも狙えるじゃない!!!!」
夢まで知ってるのか。
なんだろう、これ。ストーカー???
引くよ。さらに引く。ドン引きです。
「……うん、まあ、ね。ただヨクトは、より上の進学校を狙えるレベルだったからさ。だったら、最初からそっちにいった方が良いって」
「あんたが唆したの!?!」
「いやいやいやいや、ヨクトが自分で決めた。こっちは、ギリギリ受かるかどうかの力でこの高校受けたの」
両親の勧めでもあったしね。
馴れ初めがどうとか……ん?
あれ? なんで受けたんだろ、今、砂を吐きそうな気分になった。
何はともあれ、ヨクトが一緒に受験勉強をしてくれて、ちょいと成績が上がって合格できたんだと思うんだよね。
色々思い出して遠い目をしていた自分を現実に引き戻したのは、高く響く乾いた音だった。
パァン!
右頬が熱くなった。
【億田香凛】は自分をひっぱたいたのだ。
「一緒に受けた従兄弟が落ちていなくて、だから、なかなか馴染めなくて…そんなヨクトくんがデレていくさまが可愛かったのに!! あんたがいても意味ないのよ」
いや、まて、落ちてないし。
しかも、誰それ!?!
そんなヨクト、知らないんだけど!?!?!
「それ、どんなヨクト…?」
右頬を手で抑えつつ呟いたら、
言葉を拾ったらしく、
「どんな…って、前髪長めで暗く地味キャラだと思わせておいて、実は綺麗な顔立ちしてて、プライドが高いけどさみしがり屋で…」
以下つらつらと喋り続けるけど、綺麗な顔立ち以外は自分が知るヨクトではない。
確かに、昔のヨクトは一人が嫌で自分にチョロチョロとついて回ることがあった。女みたいな顔をすごく嫌って、前髪を伸ばして猫背でいた。
けれど、変わったんだよね。
風邪かと思っていたら違ったらしく、生死をさまよったヨクトは、その後から変わった。
積極的になって、一人でガンガン行動するようになった。背筋をぴんと伸ばして、顔を上げて歩くようになった、前髪もばっさり切って。…なんていうか男らしさに磨きをかけていった。
【億田香凛】のいうヨクトは、昔のヨクトをそのまま大きくしたような印象を受ける。
まあ、でも。と【億田香凛】は一人ごちる。
「だったらあんたでもいいわよ。つまり、ヨクトくんの代わりってことよね? ヨクトくんよりかは落ちるけど、まあ、見られる顔してるし」
わけわからん言葉が耳に入りましたーーーー。
さっき叩いたよね?
平手打ちしたよね?
なんで納得顔で頷いてんの??
恐い…怖すぎる。
どっかおかしいんじゃないんだろうか。
いや、初めからおかしさ全開ではあったけど、これは次元が違うだろう。
コメディかと思いきや、ホラーでしたってくらい次元が違う。
「いや、無理でしょ。自分を叩いた存在を彼女とかありえない」
「なんで? わたし(ヒロイン)と付き合えるんだから、別にいいでしょ?」
「彼女なら間に合ってるから」
必死で首を降ってると、ふぅん、と【億田香凛】は目をすがめた。
「だったら、あんたに襲われたって皆に話す」
皆ってまさか……
自分の表情筋が固まるのを感じた。
目元が軽く痙攣している。
「だって、“転生者”だと思って釘を刺そうとしたわけだけど、全く関係ないんでしょ? 告白イベントの度にぶち壊されて、いい加減腹が立ってるのよね。さあて、生徒会長に裏番、新聞部部長に…ふふふ、あんた、どうなるかしらね」
そう言って、艶然と微笑む【億田香凛】は、平凡さとかけ離れた美しさがあった。
毒をはらむ美。
見ていられなくて顔を背けた。
「そっちがそうくるなら、こっちにも切り札はある」
「は…? 何その苦し紛れ」
顔をあげて、近くの教室の窓を軽く三回叩く。
「もう限界です。助けて、マサキ」
あと1話で終わりです。