中編
なんか、【億田 香凜】とやらはイケメンにもてるようだ。
解せぬ。
だって、本当に普通なんだ。
自分が言うのもなんですが。
顔の美人度合いなら西組の百渓さんの方が絶対上だ。
まあ、でも、彼女は自分が美人だと知ってるからか、いまいち性格が良くない。女王様。侍らせたがりだよね。
だからか、自分以外がチヤホヤされてると、めっちゃ機嫌が悪くなるらしいよ。
ああ、こわい、こわい。
人気の面では北組の千鳥だろうな。
すごい可愛いってわけじゃなく、それなりの可愛さのあるロリ系巨乳。性格も明るくて適度な社交性もあるから。
あと美人といえば2年の廿浦先輩。学校祭のオフィーリア! あの儚げの魅力に跪きたくなる人が増えただろうなあ……実際とのギャップのために。
いや、跪くっていうか脱力するって表現が合うのかな?
綺麗系なのに、がさつでサバサバしたお姉さまが、あそこまで化けたから。
廿浦先輩は、去年の送別会(3年追い出し会)での出し物で『とりかえばや』(平安時代の男女取り違えな物語)の主役の片割れをやって人気を博したらしいから、どっちかというと宝塚男役的な印象になってたみたいなんだよね。
男前な美女。
見てみたかったよ。
残りの片割れを演じたのは……ああ、アレだ。保健室の人だ。六川先輩。
イケメンというか、美人。
噂では『とりかえばや』で、あまりにも女装が似合いすぎて、男子生徒に襲われかけたとか襲われなかったとか。
……ああ、そう、なんだよな。思い出してしまった。
保健室。
保健室で寝ていたら、また見たんだよ、【億田 香凜】。
六川先輩といたんだっけ……。
******
あれはいつだったかな。
頭痛が起こるという予感があったものの、何もせずにいたら、案の定激しい頭痛に襲われた日のこと。
時々起こる偏頭痛。
嫌になる。マジ嫌になる。
しばらく寝てれば治るかと思って、保健室に行ったわけですよ。
爽やかな風が通り抜ける室内。快適な睡眠空間の保健室。
そんなところで薬を飲んで寝ようとしてました……まあ、無理でした。
何ていうか、眠れない。
痛いというか気持ち悪いというか、色んなものがないまぜになって、のたうち回っていた。
吐きたくなるし。
泣きたくなるし。
保健室の先生に頼んで、保健室中のカーテンをひいて、部屋を薄暗くしてもらった。もちろん、電気も消してもらって。
さらにベッドの周りにカーテンをひいて、氷枕に頭をうずめていた。
「ちょっと出るけど大丈夫?」
先生はそう言って出ていった。
なんとかうとうとしてきた時に、誰かが保健室に入ってきた。電気がいきなりついたんだ。
「先生、いないね」
ぼそぼそと話す声。
声の高さからして男女。
男女……カップルかよ……。
やめてくれ、頭が痛い。爆発する!!
ってか、なんでわざわざカーテンひかれた隣のベッドに座るかね。
空気読め! 爆発しろ!!
「僕はね、君と話せる、そのことが嬉しいんだ」
優しい声音だった。
いや、優しいというか、線が細いというか。
「君と話せる機会があるからこそ、最近は世界も綺麗に見えるよ」
背筋にぞくりと冷たい感覚が走った。
あれ? おかしいな。偏頭痛だと思ってたんだけど、違ったかな。風邪かな。
「だから、もっと君の声を聞かせて。そばにいて。……僕を、拒まないで。泣きたくなる……」
「六川先輩……」
隣のベッドはピンクの世界だ。
瞑った目の奥が、ピンクに染まる気がした。点滅するピンクの世界。
いや、違う。
ピンクじゃない。赤だ。真っ赤だ。怒りの赤だ。
かっと目が開いた。
「カーテンひいて寝てる病人がいる場所で何しているんですか? 気分悪くてのたうち回ってる人がいる隣で! いいご身分ですなぁ!!」
ガバッと起き上がり、怒りにかまけて勢い良くカーテンを開けて叫んだ。
「頭痛くて、吐きたくて。……泣きたくなるのはこっちだ! 」
もしかしたら本当に泣いていたのかもしれない。カーテンを開けて叫んでた時は、何故か何も見えてなかった。
目を瞑ってただけかもしれない。
あの時は、ただただ必死だったからね。
「ご、ごめんね」
びびったように、か細い声で男が謝る。
ぎっと睨みつけたら、さらに縮こま……って、男?? ショートの美人がそこにいた。
いや、まあ、声やら制服は男だけど。
美人だけど、男……男だけど、美人……。
まあ、いいや。もう、いいや。
「別のところでやってください。静かに寝かせてください。失礼します」
なんだか勢いを削がれたので、今度は静かにカーテンをひく。
完全に締め切る前に女の子の方と目が合った。
目が……こ、怖っ。
ってか、またか。
また、お前か、【億田 香凜】!!
******
「マサキ……前に聞いた【億田 香凜】って、モテてんの?」
「え? ムロちゃん、気になってんの? 」
昼休みの終わり頃に切り出した唐突な質問に、マサキはきょとんとした表情になって質問で返してきた。
「いや、なんか彼女、よくイケメンと一緒にいる気がしてさ」
「へぇ。ちょっと待って」
マサキは目を光らせた。
ノートを開いて、ペンを持ってスタンバイOK!
ってなってから、今まで見た数々の場面を話した。
「へぇ。あの噂は本当なんだ……今、ちょうど調査中だったんだよ。ありがと、ムロちゃん」
まあ、あそこまで次から次にイケメンと一緒にいたら、噂になるよなあ。
「ゴシップ記事もさ、好きな人いるから載せたいんだけど」
ため息をつくとマサキは頬杖をついた。手に持ったシャーペンをくるりと回す。
「部長がとめるんだよ」
「えっ? 七海先輩が?」
遠い目をしながらマサキは無言で頷いた。
七海先輩は背が低くて、ぱっとしない外見ではあるものの、内面が男前と評判高い。
校内記事は俺に任せろ的な名物部長なのに!?
「『彼女はそんな子じゃない。ただ、優しいだけなんだ』とかなんとか言ってね。部長らしからぬ言動なんで、やめて欲しいんだけどさ」
マサキは頭を押さえて呻くように言った。
“男前=イケメン”なら七海先輩も範疇なわけか……怖ぇ。
「だから勝手に調べてる」
顔をあげたマサキは、にやりと口の端をあげる。
おぉと感嘆の声をあげつつ拍手をすると、マサキはもっと褒めろと言わんばかりに胸をはる。
「あと、確証はまだなんだけど」
マサキは内緒だと人差し指を口元に添え、ちょいちょいと顔を寄せるように手まねいてきた。
その後周囲にも軽く目を配り、さらにこちらの耳に口を寄せた。
「噂では、今は生徒会長も……とかって言われてる」
うわあ。
クール眼鏡を通り越して冷徹な眼鏡ブリザード魔人の一瀬先輩も!?
バイタリティ溢れてるんだな、【億田 香凜】って。
あらゆるイケメンたちを落とす行動力に、むしろ感心してしまう。
が、ふと我にかえった。
……でも、なんでそこまでして、色んな人に手を出してるんだろうか。
「ハーレムというか、逆ハーレムっていうのかな? そんなのを望んでるんじゃない?」
半ば投げやりのマサキの言葉を聞いて、休み時間は終わった。
その放課後、ついに!
「き、きた……!」
「え? 何?」
ついに【億田 香凜】に呼び出されました。
帰ろうとした時に、靴箱に手紙が入ってるのを発見したのです。……溢れてるバイタリティ、侮ってた。
ア ス ノ ホ ウ カ ゴ、ヒ ト リ デ コ ウ シ ャ ウ ラ ニ コ イ
ぎゅっと眉間にシワが勝手に寄ってきた。
「ついて行こうか?」
ものすごい顔で手紙を睨みつけていたのだろう、一緒に手紙をのぞき込んでいたマサキが心配そうにそう言ってくれた。
「……いや、『一人で』との申し出なんで、相手が見える範囲には一人の方がいいんじゃないかな」
「まあ、所詮は校内だもんね……了解」
ってなわけで、明日、とうとう【億田 香凜】と相対することになりました。
……どうなる、自分!?!