前編
暖かくなると生物の活動が活発になるよね。
動物は活動期に入るし、昆虫は湧いて出てくるし、植物も花を咲かせまくるし。
恋の花にもそんな周期でもあるのだろうか。
「お前のことが好きだ。ほかの女なんて目に入らない!」
昼休みに入った直後、購買部に向けて走っていたら、そんな小っ恥ずかしい台詞を耳にした。
だって叫ぶから。
否が応にも耳に入るわ!
本来なら今の時間だと人はいないよなぁ、学校の裏手なんて、普通はね。
でも、購買部の人気パンを手に入れるためには、裏手脇の隙間(通路とは言わない。狭いから)を通るのが確実。早く着くわけよ。
たまごサンドとか焼きそばパンとか、なんで皆、ああも好きなんだろう。
まあ、ツナマヨちくわパンも好きだから、まあ、いいんだけど。
声は明らかに向かう先から聞こえてきた。
でも、避けるなんてのは考えない。だって、食べ物が待ってる。
誰がなんと言おうと、昼ごはんが待ってるわけだ。
食べ物の恨みは怖いんだ。
しかし、この声は三戸かなあ。
同クラのもてもてサッカー部員が告白とは……嬉し楽しいスキャンダル。学校新聞の一面を飾れる気がする。
まあ、載らないけどね。
校内イケメンランキングで上位にいる人の告白、前にも見ているけどさ。
そん時も一面を飾れるって思ってたけど、結局載ってなかったし。
「だから俺とつき」
「はいは~い、ちょっとごめんね~」
あえて空気なんて読みません。今はそれどころじゃございません。
午後のテンションは、昼ごはんにかかってるっていっても過言じゃない。
隙間から飛び出して勢い良く割って入ったところ、驚愕の眼差しで迎えたのは、やはり三戸だ。
走るスピードは落とさずに、ちらりと告白対象者を見てみると……ん? あれ??
お相手は驚愕の表情だったが、視線が交わった瞬間、般若面に変えてきた。
なんでだ?
ま た か よ ! !
心の中で毒づきながら、必死に購買部に向けてラストスパートをかけた。
******
あれはもう一ヶ月前になるだろうか。
時折起こる一人になりたい病にかかったので、「一緒にランチろう」というマサキの誘いを断り、屋上に向かった。
屋上は基本開放されている。が、階段でひたすら上る手間を考えたら、保健室か部室棟でさぼっ……のんびりした方が楽ってんで、あまり人がいないところである。
まあ、なんとかと煙は高いところが好きっていうからね。自分は馬鹿なんだろう。
それに、高くて風通しが良い日陰って、居心地がよいんだよね。
そんな素敵空間屋上に着いた時は誰もいなかった。
日陰にシートを敷きつつ壁に背を預けて、読書をした。
ちぎりパンをちぎってはほうばりしていたら、誰かが屋上にきたようだった。
屋上は自分のものとか思ってないし、自分の位置からだと誰かなんて見えないし。
あまり気にせず水筒の麦茶を飲んだ。
「へぇ、おいしそうだね。これ、君の手作り?」
しばらくしてから男の声がした。
「照れてるの? 可愛いね」
くすくす笑うキザな男の声には聞き覚えがある。あれだ、演劇部だ。天パ(という話だ。確かめたことはない)の演劇部のイケメン。
『ハムレット』を演じた人だ。
確か名前は……
「十枝先輩、からかうの、やめてください」
そうそう、2年の十枝先輩だ。
女の子の方は聞き覚えがないなあ。違うクラス何だろう。
「うん、美味しいね」
「ホントですか」
イケメンとお弁当ランデブーですか、そーですか。
リア充はすごいなあ。
本をペラペラめくるものの、近くのカップルが気になって文が頭に入ってこない。
……チラ見してみるかな。
そろりと陰から覗いてみる。
「先輩、ここについてますよ。ほら、とれました」
後ろ姿で顔は見えない女の子が、顔についた“おべんと”でもとったんだろう。
そしたら、イケメンは彼女の手をとり、パクリと指先を口に含みやがりました。
食べやがりました。
やがりました。
「君も美味しいね。ふふふ。ごちそうさ」
「ぶはっ」
すみません。
耐えられませんでした。
無理でした。
目を丸めたイケメンと目が合いました。
ばっと勢い良く女の子が振り返りました。
普通の子だな。
それが彼女の第一印象。
「あ、すみません。急に人がきたんで何かと思ったんです。すぐに退散します。どうぞお二人でしっぽり……いや、なんでもないです、ごゆっくり~」
パンの袋をポケットに押しこみ、シートを丸め、本と水筒を小脇に挟んだ。
で、後も見ず一目散に教室に向かって走り去った。
そのあと、「ムロちゃん、めずらしい! 今日はもう帰ってきたんだ」なんて言うマサキに、
「こんな感じの女の子が屋上に来たんだけど、誰か知ってる?」
って聞いてみた。
いやあ、流石は情報通のマサキだね!
拙い説明でも誰かを教えてくれたよ。
彼女は東組の【億田 香凜】だそうだ。
平凡な家庭の一人っ子で、特に特筆すべき点はない子らしい。
うん、まあ自分もそうだけどね!
顔も平々凡々だったよな。
これもまあ、自分もだけど。
でも、イケメンといたよな。
……放し難い魅力でもあるのかねぇ。
そう、これが一回目だった。
******
次に出くわしたのは、あれは金曜日のことだ。
学校の近くのスーパーが特売日なんだよね、金曜日。
だから金曜日は、母に「帰りに○○を買ってきてね」とにっこり微笑まれては、エコバッグを通学鞄に押しこまれる日だ。
あと、タイムセールっつーのもあって、それがキホン5時までなんだよね。
5時だよ、5時。
部活もせず(部活してないけど)脇道もせず、すぐにスーパー向かえっていう時間だよね? これは。
母の機嫌を損ねずに美味しいご飯にあり付けるかどうかは、この時にかかっているのだ!
だから、金曜日はHR終了したら即立ち上がって、直ぐに自転車置き場に向かうのが常だ。
金曜日の自分の帰る速さに勝る者などいないと、そう思っていたら……
「お前の気持ちなんてどうでもいいんだよ。そんなんは知ったこっちゃねぇ!」
なんか自転車置き場で低くドスのきいた喧嘩腰の声がした。
まさかの一番乗り不敗神話はあっさり覆らされた。あくまで自分の中での不敗記録ですよ?
しかし、言い方がきついなあ。一歩間違えると刺々しさが勝っちゃってこわいねー。
そっと物陰から確かめると、一組の男女がいるわけですよ。男子が女子の腕を掴んでるように見える。
うん、ただ、いる場所が大問題。自分の自転車の近くだよ。
……なんでなんだよ!! 別の自転車そばにしておけよ。
どのタイミングで出ようかと躊躇しちゃうじゃないか。
そんなこちらの気持ちにはお構いなしに一方的な会話は続く。
「ただ、俺はお前にそばにいて欲しいと、そう思うんだ」
先程より言葉に勢いがなくなった。
ふぅむ。
良く見れば、あれは不良との呼び声が高い三年の八島先輩じゃないですか。
先輩っつーか、“さん”付けで呼びたくなる顔つきなんだよね、強面だからさ。イケメンだけど。
最近、髪を染め直したって聞いてたけど、ホントだな。
でも、キンキラキンの髪色じゃないと誰かわかりにくいよなあ。
アイデンティティじゃなかったのか、アレ。
目つきは多少キツめだけど、ある意味、普通になっちゃったな。
って!!
「やばい! タイムセールに乗り遅れる!! すみません。そこ、どいてください。自転車、出すんで!!」
ばっと物陰から飛び出して、きっぱりすっぱり言った。
すると自分の勢いに押されたのか、八島先輩が目を白黒させつつ、女の子から手を離した。
「すみません。ホント急いでるんで」
二人を脇に寄せ、せっせと自転車を出す。でも、焦らないよ。焦ると自転車がドミノ倒……
「痛っ、うわっ!!」
ひぃ!
肘鉄でとなりの自転車が!
と思ったら、思わずといった形で八島先輩がとめてくれた。なんていい人だ!
きっと自分の目はきらめいているだろう。だって、これで間に合うのだ。
「八島先輩、なんていい人だ! ありがとうございます。これで無事にタイムセールにいけます。では、末永くお幸せに」
にこやかにさわやかに去る。
校内は自転車に乗っちゃダメだから、手押しで走り去るよ。
あ~、これで間に合うなあ。
ほっとしたら気持ちに余裕が生まれたのか、視界の隅にいた八島先輩の相手の女の子が唐突に頭にうか
…………ん? あれ?
あの女の子、どっかでみたぞ??
あ……、【億田 香凜】だ。