第3話 : スクランブル
ナガセがシャワーから戻ってくるのと、出撃命令が発令されたのは、同時。
基地全体が緊張感を帯び、静かな闘争心に包み込まれる。
「場所はどこだ?」
冷静にシズネに問いかけるシロウ。秘めたる闘争心が、彼に威圧感を持たせる。
「H−3からのメインパイプの終端近くです。戦闘エリアがかなりパイプに近いとのこと、至急応援が必要です」
「なら急ぐぞ、準備は出来てるか! とくにナガセ!」
やはり、彼女らもまた戦場の空気を作り出す人間の一人だった。ただ一人、ナガセという例外を除いて。
「えぇ、今から? 外出たら湯冷めしちゃうよ、動きたくない」
猶予は少ないというのに、ナガセからは緊張感の感じられない。
「バカいってるんじゃない! 早く準備をしろ!」
「しょうがないなぁ。俺は武器があればそれでいいよ、準備は済んでる」
ピクニックでも行こうというのか、気楽な様子で答えた。
「何か忘れてもしらないぞ。全員出来たか?」
「はい、シズネ、問題ありません」
「シロウ、いつでもいける」
「ナガセは問題ないよ!」
大きく手を上げて答えるナガセ、本当に大はしゃぎだ。人一人の命など何の価値もない、戦場へ行くということを、理解しているのかさえ疑問が浮かぶ。
「ストーム、出るぞ!」
『了解』
血と硝煙渦巻く戦場へ向け、彼らは旅立つ。
巨大な弧を描いて左右に伸び、間近に迫れば、自らを矮小な存在と思わせるほど圧倒的な壁が、空を支えてそびえている。
世界の端、そう呼ばれた、世界と外を隔絶するその壁の前に、第一遊撃小隊の面々は立っていた。
壁には、大きく『H−3』の文字が描かれている。下段には三メートルほどのシャッターが開き、次々と出撃する部隊を乗せた車に飲み込んでいく。その流れに、ナガセ達も続いていく。
二十メートルにわたって壁の中を通り、壁の向こう側にたどり着けば、そこは人が生活することを拒む、薄暗い外の世界だ。
壁を抜けた直後の開けた場所は、町と変わらぬ高さのメインパイプと呼ばれる巨大な道が伸びるが、その左右に広がる、町になるはずだった壁の役目をなすものは、悲惨とも呼べる光景になっている。
多階層的にビルのような物が密着して押し並び、隙間によって形成された複雑に入り組んだ細い通路が、壁の奥に消えていく。
遥か昔に、度重なるように行なわれ、打ち捨てられていった開発の跡だった。
完成することの出来ない未完成の町が、外での生活を容易ではないものにしている。
何より一番の問題は、世界の端そのものだった。それは人を守るためのものだが、同時に人を逃がすことのない、檻ともなっていた。
装備一式が詰め込まれた装甲車で、メインパイプをひた走る。シロウが運転するその車内で、ナガセ達は闘争心を高めさせていく。交わされる言葉はない。張り詰めた車内の空気をわずかに震わせるのは、車の走行音と、副官であり通信兵の役目も担うシズネのインカムから漏れる、さまざまな部隊からの戦況を伝える小さな通信音のみ。
やがて車はゆっくりと速度を落とし、停止する。目的の場所に着く。手早く全員が外へと降り立った。
そこは現在敵対関係にある国、メイラクとを繋ぐはずの、メインパイプの終端だった。途切れたパイプが、国交を隔絶し、全貌を知りえない不気味な敵としていた。もしも、メインパイプが開通していれば、戦争などは起こりえなかったかもしれない。
「現在、敵は149−083から118−082にかけて展開、進攻中です、こちらも各中隊に分かれて応戦中とのこと」
簡潔に整理された情報をシズネがカガミに伝える。
「どこか至急応援が必要な場所は?」
「あります、右翼に展開していた中隊が正面と右方からの挟撃を受け後退しているようです。ここから一番離れて展開している部隊です、他の部隊では援軍に時間が掛かりすぎると思われます」
遊撃部隊であるカガミ達のチームは、小隊というにはあまりにもメンバーが少ない。
戦場が狭ければ、部隊も縮小せざるおえない、機動力が必要となれば、なおさらだ。
移動手段が自らの足のみである、この閉鎖的戦場では、最少人数で戦地を駆け巡る遊撃部隊は、最速の機動力を誇った。
「よし、ならばまずは右翼の部隊と合流する」
「了解」
カガミを先頭に、迷宮と化した廃墟の町へ部隊は吸い込まれるように紛れていった。