黒葛原深弥美:第四話 心は決まったか
俺は黒葛原さんと一緒に二人三脚の練習を頑張ってきた。
よくこけたし、何度もラッキースケベしてしまった。
うまくこける技術は芸術の域に到達していて……最後の方は怪我なんてしないまでに成長したぐらいだ。え? こけないように努力しろって? たまにはこけたくなる時があるんだよ!
そして、今がその結果を確かめる時だ。
「位置について! よーい」
「……」
練習の成果は最後の方でかなり出てきた。
俺達と一緒に走る連中はどれも個人で見れば足の速い連中ばかりだ。当初、勝つ予定なんてなかった俺たちだが……練習で自信を得た。
黒葛原さんとなら何だって出来る、確信があった。
「どんっ!」
こけることも無く、何か俺にとって美味しい展開があるわけでもなく……一着でゴール出来たのだ。
「……ふぅ」
一着でゴールした黒葛原さんはいつもより穏やかな表情をしているように見えた。
「一着とれたなぁ」
「……うん」
それっきりの会話だ。いつもとあまり、変わらない。
走れば必ず一度はこけて黒葛原さんを押し倒したり、押し倒されたりを繰り返してきた俺達にしてみれば、最高の結果だ。
こうして、運動会も特に問題無く終わり、打ち上げの後、俺は自宅へと帰ろうとしていた。
「ん?」
喪服を着た人たちが一軒家の周りをせわしなく動いている。
どうやら、お通夜かお葬式らしい。
恐い雰囲気はなかった。
無くなった方には悪いが、見ていてあまり気持ちいいものではないのは確かだ。そう思うのは人間が死を恐れているから……なんて、哲学的な事を考え、気を逸らす。
「えっと、こういうときは親指を隠すんだったよな」
手の親指は隠したけど、足の親指って隠さなくていい…よな、別に。
他人の俺にはあまり関係の無い式だ。
あまり長居するのも変なので歩き始めた。
「ん?」
すると、一軒家の玄関から圧倒的な存在感を纏う人物が出てきた。
「あれ? 黒葛原さん?」
「……ふぅ」
黒衣、というよりは闇そのものを纏ったような霧が彼女の体を覆っている。身の丈以上の大鎌が鈍く月光を浴びて輝いた。
普段は降ろされている前髪が、この時ばかりは分けられていた。
深淵を宿したような瞳は強い意志を称えていた。
「おーい、黒葛原さん!」
「……っ!」
一瞬、目があった。
彼女は俺を確認すると、そのまま走り去ってしまう。いや、走り去ると言うのは違うかな。闇に溶けてしまったのだ。
「もしかして……黒葛原さんは死神? だから、こんな場所に来て死者の魂を集めていたのか?」
俺はシリアスいっぱいの表情で一人語りしてみた。
俺の近くを通って行ったおばさま方が何、この子……そんな事を言いながら去っていく。
「なーんて、あほらしいな」
きっと、二人三脚の時にあまりにもうまくいきすぎていたと思ったんだ。だから、こんな場所で出会って俺に近づけば押し倒され、胸を揉まれると思ったに違い無い。
「うん、これも無いな」
どうも今日の俺は疲れているようだ。
速く帰って寝ることにしよう。
自宅に帰った俺がすることは、一緒に撮った写真を印刷することだ。
「……うーん、これだけみると海苔のお化けだよなぁ」
俺に見せつけてきたあの瞳……忘れもしないな。今日も彼女の素顔を拝む事が出来た。
「ちょっと恐いけど、可愛いもんなぁ……」
不機嫌そうな黒葛原さんもこれまた珍しいものだ。
カメラを向けられていい顔は絶対にしたくないようだしな。
「……彼氏、いるんだろうか」
俺が黒葛原さんを気にするのは何故なんだろう。
何度も迷惑をかけている為か? それとも、友達だからか?
多分、もっと彼女と仲良くなりたいんだ。
何やら只者ではない気がしてきたが、それでも彼女と仲良くしたかった。




