黄金鈴:第九話 夏祭りハッピー
夏祭りに後輩と一緒。しかも、可愛いと来た……ついでに、バラバラになりやすい不思議な女の子だ。
待ち合わせの場所は駅前、俺は一時間早くやってきていたりする。
「さすがに創作ものみたいに一時間前に来ましたー……は、ないか」
辺りを見渡して、鈴がいない事を確認する。
好きな女の子を待つのなんて、余裕綽々だ。それこそ、朝から晩まで待ってしまうかもしれない……俺の気持ちは少し、異常なのだろうか。鈴のためなら何でもできる……そう思えて仕方がない。
鈴が俺の事をどう思っているのかわからないので、まだこの気持ちは隠しておくつもりだ。
「白取君」
「あれ? 住良木先生」
浴衣を着た住良木先生がやってきて俺の目の前で立ち止まる。いつもと違って顔色が少しだけ悪そうだった。
「何か用事ですかね?」
「ええ、実は……そろそろお嬢様のお母様が日本に帰ってくるのですよ」
「お母様?」
そういえば鈴の母親はまだみた事が無い。
「奥様は貿易関係の仕事も手掛けていまして、世界を飛び回っています。とても怖い方ですよ」
ぶるっと身体を震わせる。普段クールな表情を崩さない住良木先生が泣き虫な五歳児みたいな顔になった。
「何故俺にそんな話をしたんですか?」
「このような事を私から話すのはルール違反でしょう。ですが、私は白取君に話しておきたい事があるのです」
「話しておきたい事?」
「はい」
真面目な顔……ではなく、やはり何処か顔色が悪い。
「こちらから仕掛けるつもりは一切ありませんでした。ただ、奥様が関わってくるのなら話は別です。お嬢様……鈴様は、白取君の事が好きなのですよ」
「それ、本当ですか? ちょっと信じられませんね」
「ええ、本当ですよ。白取君、ガッツポーズをしながら話を聞くのはいかがなものでしょうか」
嫌われては無いないだろうと思っていたが……鈴も俺の事を好きだったのか。
住良木先生が嘘をつくわけでもない、これは信じていい事だ。
「確かめるようで悪いんですけど……本人に聞いたんですか? 恥かいたら俺……後で泣きますよ?」
「確認はとっています」
そういって住良木先生はボイスレコーダーを取り出して再生させる。
『住良木、私……白取先輩……え、えっと、冬治さんの事が好きなの。でも、うまく想いを伝えられない』
間違いなく鈴の声だった。
「私がやっていることは間違いなく、最低な行為です」
そうだろうな。
どおりで顔色が悪いわけだ。
「白取君はお嬢様の事をどう思っていますか?」
その言葉に俺は即答できる。今頃俺は苦虫をかみつぶした表情になっているはずだ。
「それはまぁ、鈴は可愛いですから単純に嬉しいですよ。ただ、鈴が俺の事を好きと言っても、もしかしたら俺の事、『自分の体質を受け入れてくれる優しい先輩』という意味で好きなんじゃないのか、勘違いしているんじゃないのかと考えてしまいます。変に勘ぐってしまって申し訳ないですけどね」
「その点は大丈夫です。お譲さまは変わった……いいえ、奇特な方でして」
つかえている人に対して、変わったと言うのもどうかと思うけど、奇特はないだろうに……。
「お嬢様は白取君に一目ぼれされたのですよ」
「は? 一目ぼれ?」
それこそ創作ものでしか縁のない言葉だった。
「お嬢様も馬鹿ではありません。身体がバラバラになる事を教え、それでも尚、白取君は一緒に居てくれています。お嬢様から聞きましたが、抱きしめたのでしょう?」
「……ああ、そういえば」
友達なった時、少々やりすぎかと思ったものの、ハグしてやったなぁ。
「根性会でもお嬢様の為に頑張ってくれました。お嬢様にとって白取君は掛け替えのない存在でしょう。旦那様も白取君の事を非常に気にいっています……これは関係ありませんね。私たちも白取君のことをよく知っています。勿論、お嬢様を好きだと言う事もね」
そういって嬉しそうに住良木先生は笑っていた……が、それもすぐさま暗い表情へと変わった。
「問題は、黄金椎様……季吉様の奥様です。お嬢様がああなってしまわれたのも椎様の我がままだと本人は思っています。ですので、あの方はお嬢様の幸せを一番に考えている方……気にいってもらわなければ手ごわい敵となりますよ」
「望むところです」
「そうですか……白取君の覚悟は聞きました」
「あと、鈴の気持ちは聞いていない事にします」
「……わかりました。出過ぎた真似をした事、許して下さい」
「俺じゃなくていつか、鈴に謝ってあげてください」
「わかりました。そろそろ、お嬢様がここに来ます。楽しい時間を過ごしてください」
それでは……住良木先生はそう言って姿を消したのだった。
―――――――――
可愛い後輩と一緒に夏祭りにいけるなんて、素晴らしい限りだろう。
「楽しいですね」
「……そうだな、超楽しいぜ」
後ろからビデオカメラとか持った集団が追いかけてこなければ、本当に楽しかっただろう。
住良木先生が大人しく姿を消すなんてありえなかったのだ。
「お嬢様が綿飴を食べさせてもらっているなんて……感激です」
「幸せそうでなによりですよ」
「鈴……幸せになるんだぞ。あ、もう幸せだな」
独り言がさ、もう、俺にしか聞こえていないようだ。
鈴は俺の事しか見ていないし、危なっかしい。
「ほら、ちゃんと周りを見てないと危ないぞ」
「あ、すみません」
鈴を守るのも俺の仕事だ。鈴は耐衝撃耐性が超低いからな。くしゃみで首が取れた時は焦ったぜ。
祭りという事もあって人も多い、祭りに行くのは危ないから辞めようと言おうとしたが、珍しく鈴が我がままを言ったので俺も気合を入れている。
ぶつかりそうになる事も当然多いので、後ろの人達を追っ払うと全てのミスを俺が対処しなくてはいけなくなるからな。
そうなれば祭りは阿鼻叫喚になるだろう。鈴は心に傷を負って、面倒な事になるのは明白だ。俺がちっぽけなプライドで鈴を守るよりも協力し合って鈴を守るのがベストだ。
何せ、鈴が転校になれば間違いなく、チーム住良木が俺に襲いかかってくるからな。鈴を失うという精神的ダメージの後に、肉体にもきっちりダメージを入れてくると思われる。
そんな事を考えながら歩くと当然危ないので、危険を最小限に食いとどめている。
腕を組んで歩きたがっていた鈴も、俺が抱きしめるようにして歩き始めると静かになった。
腕を掴んで適当に避けさせるのも危ない。住良木先生がにやけながら教えてくれた方法をこうも早く実践するとは思いもしなかったけどさ。
「と、冬治さん……少し、近くて恥ずかしいですね」
「悪い、でも我慢してくれ。もう少し人が少なくなったら離れるからな」
「は、離れなくていいです。その、嬉しいですから」
「そ、そうか。そりゃよかった」
熱っぽい瞳で俺を見てくる鈴……後ろさえ、後ろさえいなければ……こんないい雰囲気を見逃したりはしないのにっ。
「これは……キス、キスですね? お嬢様っ」
「あの幸せそうな顔ったらないですね!」
「私もあいつとこうやって……甘酸っぱい青春を過ごしたものだ」
後ろも盛り上がっているようだ。全く、鈴は本当に身内から好かれてるんだな。
「冬治、さん」
周りに人がいる……それでも、鈴は目をつぶって唇を上へと向けてきた。いくら俺が鈍かろうが、それが一体何をしたいのかわかったつもりだ。勘違いではないだろう。
でも、駄目なのだ。他人ならいざ知らず、後ろには厄介な人たちが控えているからな。キスを、しかもファーストキスを後ろの連中に見られたら後から何を言われるのかわかったものじゃない。
俺は鈴のサインに気付かないようにして歩を進める。
「さ、さぁ、人が減ってきたな。動こうか」
「え……っと、はい……そうですね」
後ろからへたれーという声が聞こえてきた。
変に喜ばせるのもまずい、そもそも、俺はまだ鈴に告白していない。
告白の前にキスするってどうよ……鈴だってかなりびっくりするのは間違いないぞ。
雰囲気に流されて冬治さんはキスしちゃうんですね、なんて言われてみろ。心にエグイナイフがつきたてられて二度と鈴と仲良くできなくなるかもしれないじゃないか!
「冬治さん」
「ん?」
俺が思考の海を泳いで居たら腕を引っ張られた。
「あ、あーん……」
鈴は俺にたこ焼きを差し出していた。
「あーん……」
父親から教わった事がある。
「男子たるものっ……女性のあーんにはー全力をもって返すべし!」
色々と教育されているので、反射してしまう。
嘘です。実際はこれを逃すともうあーんなんてされないかもと思ってます。
「食べてくれましたね。あの、わたしにも……」
「……ほら、あーん」
「あ、あーん……」
返してやると食べてくれた。
「あ、間接……キスですね?」
「ああ……」
またちょっといい雰囲気だ。
「見ました? お兄ちゃん」
「凄いですね。あーん返しですよ……まだ恋人でもない間接キス初心者なのに」
「……私も昔はよくやったなぁ」
間違いなく、俺達より楽しんでいるな。
その後も、結構いい雰囲気になった。黙っていてくれればいいものを、後ろの人達が茶化すような感じで、しかも俺にしか聞こえないような音量で言葉を口にするので興ざめだった。
そろそろ鈴の門限の時間に近づきつつあったので祭りの喧騒を後に、帰路へつく。
抱きしめるようにして歩くのももう終わりだ。
鈴と俺の間に少しだけ距離が開く。
「冬治さん、心ここにあらずでした」
不満を隠さず、俺を軽く睨んできた。鈴の奴、成長したなぁ……俺と目が合うだけで照れていたのに。
「話、聞いてますか?」
「あ、悪い。話はちゃんと聞いてるよ。ちょっと、考え事してたんだ」
「……もしかして、他の女の子の事を考えてました?」
泣きそうな顔でそんなこと言われる。
「違う違う。住良木先生とか、鈴のお父さんとかの事だよ。今度会ったらどんな顔をすればいいのかなー……ってね」
慌てるよりも先に勝手に口が開いた。
そして、後ろを振り返る。
さっきまで尾行していたはずなのに、姿を消していた……追跡のプロかよ。
「すみません冬治さん!」
「いきなりどうした」
「わたし……冬治さんが真面目に考えてくれていたなんて思いもしませんでした。自分の事ばかりで、すみません!」
「ん?」
おそらく、彼女は何かを勘違いしているのだろう。
「あ、あの、あらためて挨拶しに……来てくれるって事ですよね」
おいおい。
「今度、お母様が家に帰ってきますから」
「ああ、そういえば鈴のお母さんの方は見た事無いなぁ」
お父さんの方は良く見るのにな、そう言葉をつづけて俺は心の中でついに来たかと住良木先生との話を思い出していた。
父親の方は夏祭りにまで使用人ひきつれてくるような変わり者だ。しかし、母親の方は恐いらしいからなぁ……。
「どんな人なんだ?」
「すごく、怖いですよ」
「マジで?」
まさか、鈴の口からそんな言葉が出るとは思いもしなかった。
着物を着たおばさんが頭に浮かび、俺は戦慄する。
ま、まぁ……お嬢さんを下さいと、挨拶に行くわけじゃないんだ。会うだけなら大丈夫だよな?
住良木先生に大見得切った俺はため息をついてしまう。勿論、鈴に見えないように心の中で、だ。
「でも、楽しみです」
「え?」
「冬治さんなら間違いなく、お母様に気にいられますよ」
「……そうかな?」
「はいっ」
鈴の表情を見ていたら俺の気持ちも少し軽くなった。
好きになった女の子の笑顔は、どんな物よりも尊い物に思えた。




