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春成桜:第九話 溝の穴埋め

 まさか自分の下駄箱の中にラァヴレィタァーが入っているなんて思ってもみなかった。しかも、タイミングが悪く春成さんがいた時に入っていたものだから……気まずかった。

 本当は無視して彼女と帰るつもりだったのに、春成さんが行ったほうがいいと言うから校舎裏にきてみた。真面目だよ、本当にね。

 今更だけど、悪戯なんじゃないかと思う。

 既に、約束の時間から一時間経過してるし。ゴミを捨てに来た女子生徒が俺を見て笑って行った。すっぽかされたんだ、だっさーみたいな感じ。畜生、これじゃただの見世物じゃん。

「……もう、帰ろうかな」

 これ以上ここに居ても変な目で見られるだけだ。

 女子生徒が去った後も掃除担当者が俺の事を『ああ、この人誰かに告白するつもりだ』って目で見てたし。俺じゃないもん、俺が恋文書いたわけじゃないもん。俺、呼び出された方だもん。

「はぁ……」

 あと五分だけ待って、誰も来なければ帰ろう。

 時計を確認していて四分が経過したとき、後ろから声をかけられた。

「……冬治君」

 俺の目の前に現れたのは春成さんだ。目が合った時、彼女はなぜかはっとした表情を見せていた。

「春成さん? あ、まだ居たんだね。もう一時間待ってたんだけど、来ないみたいだから一緒に帰らない?」

 もしかしたらすぐに戻ってくると思って春成さんは待ってくれていたのかもしれない。そうだったら、嬉しいけどさ。偶然、通りかかったのだろう。

 あと一時間待つべきだよ! なんて言われたらどうしようか。

「あ、あの、私、冬治君に話があるの」

「そうなの? それなら帰りながら聞くよ。遅くなっちゃったからね」

 春成さんの相談事か……そういえば、相談事は初めてじゃないかな。俺もちょっとは信用されるようになったようだ。うんうん、それは嬉しい事だ。

 夏休みの勉強地獄は無駄じゃ無かったって事だな。

 他人の信頼は何事にも代えがたい。詐欺師だって信頼を得るまでが大変だってムショでお勤め中の伯父さんも言っていたしな。

「さ、行こう?」

「ううん、駄目、ここで言わせて」

「え、ここで?」

 ここで言うなんて大胆だ。

 誰かが来たら勘違いする……あれ、もしかして……。

 あのLOVE LETTERはもしかして春成さんが書いたものなのでは?

 いやいや、待て待て、春成さんが書くようなラヴィレィツァーならもっと心をどきっとさせるはずだ。PC文字で打たれた簡素なものじゃあないはずだ。

 あの恋する手紙には想いがこもっちゃいなかった。

 とりあえず、早とちりはいけない。大人しく話を聞いてみよう

「……話していい?」

「うん、聞く準備は出来たよ」

「そう、身構えなくてもいいって」

「そうかな?」

 こういうときって心臓がバクバクする。目の前がぐにゃーってなるし、ぽんぽんがいたくなる気もする。

 でも、ショッキングな内容だった時の為に心の準備は欠かせない。男らしくすぱっと覚悟した方がよさそうだ。

 ダメージを最小限に抑えるため、予想してみよう。考えられるのは……何だろうか。

 現実的な事を考えるとお弁当の事か。やっぱりお金をもらったほうがいいって思ったのかも。春成さんの性格を考えると小数点がつく程度の可能性だろうな。それに、お昼の時に言うよなぁ。

 じゃあ、遊びに行く誘い? それなら家に帰りながら話せる。

 紹介したい友達? 殆ど紹介してもらった。

 怪しい宗教の勧誘? 神様なんていない―ってこの前叫んでたのは春成さんだ。

 犯罪の誘い? まさか、春成さんはそんな人間じゃないしなぁ。

「あ、あのね……」

 春成さんの顔をしっかりと見据える。目を合わせてくれた。その目には何かを決意した色が浮かんでいる。

「私、冬治君の事を疑ってたの」

「え」

 疑っていた……どういうこったい。

 もしかして俺が春成さんの家に行っている間に何かが無くなったとかか?

 もしくは、春成さんがストーカーの被害を受けた? 下着を盗られて、それが俺だと思っていた。そして、犯人は別にいた事を知って、その事を……言っているのか?

 いや、待てよ?

「うーん?」

 それなら、とっくに出禁を喰らっているはずだよな。

「一体何を疑われてたの? 性別? 俺はれっきとした男だぜ」

「違うよ。冬治君は立派な男の子、だよ」

 真面目に返された。立派なんて付けられると何だかやらしい気がする。

 とても大切な場面なのにこれ、私の立派な息子なんですよ。ふぉふぉふぉっと考えてしまう自分が嫌だ。たぶんに、俺は何かの物語の主人公になることはないだろう。もうちょっと真面目な性格にならないとな。

「それじゃあ疑っていたって何を? その内容、話してくれるよね」

 覚悟を決めた春成さんの顔、それは誰でも見惚れる表情だった。

「……うん、林間学校の事。あの事で、私を脅したり何かを要求するってずっと思いこんでたの」

「林間学校、あの事……?」

 彼女と交わされる視線。そこでようやく、気が付いた。

「あ、ああ……なるほど」

 そういえばそんな事があったなぁ…忘れてたよ。そうそう、あれから仲良くなったんだっけ。いや、違うか。あれで一旦悪くなったんだっけ? もう忘れかけてどうだったのか思い出せないなぁ。

 言われるまで、忘れてたよ。誰かと時間を重ねるごとに大切なものは上書きされて下のデータは少しだけ色あせていくのかもしれない。

「俺があれをネタに春成さんを強請るわけないってば。そこまで大胆な性格なら夏休み中にちょっかいかけられたとき、春成さんは無事じゃすまなかったよ」

 この程度のことで、俺は彼女に呆れたりはしない。ちょっと過激な冗談で俺の無実を証明して見せた。

「うん、今なら信じられるけど……あの時は、そう思えてなかった。だから、夏休みずっと冬治君と一緒に行動することにしたの」

「……つまり、監視?」

 冗談で言ったつもりだった。夢に出てきた監視官を思い出したりする。

「うん」

 言葉でごまかすことなく、目をそらすでもなく……まっすぐこっちを見て言った。どうやら、嘘をついているわけではなさそうで、冗談でもないようだ。

「……あ、ああ、そうなの。監視、監視ねぇ。なるほど。うん、なるほど」

 おかしいとは思ってたんだ。春成さんが対して仲良くもない俺を誘うだなんてさ。つまり、俺は無駄な……夏休みを過ごしていたって事になるはずだ。

 少しだけ、浮かれていた自分が馬鹿らしくなった。誘われているっていうのは本当に勘違いだったってわけだ。よかった、俺が慎重で臆病な性格で。

「ごめん。最低だよね。それとね、夏祭りのあの時……四季君と一緒に居た時の事、私聞いてたんだ」

「……そっか」

 統也にお金を貸しているのを見られたのか。ちょっと、それは嫌だった。

 統也にお金を渡すなんてまるで俺があいつの下みたいじゃないかっ。それだけは嫌だ。俺があんな男の下にいるなんて、そんなわけがない。俺のほうがやつより上なんだよぉお。

「もう、その時には……疑ってなかったけど、あれが私にとって決定的だった。冬治君は四季君に何も事実を言わなくてかばってくれた。私が間違ってたんだってわかった。この人はそういう人なんだって」

「お前さんが思っているより俺は綺麗な人間じゃないよ」

「悪いけど、その言葉はそっくりそのまま返すね。冬治君が最初に私に抱いていたイメージと全然違うよ」

 ま、人間そんなもんだろう。

「あれから、一緒に居るのが楽しくなったよ。これ以上話していたら言い訳しちゃいそうになるからはっきり言うね。冬治君の事を信じてなくて、ごめんなさいっ」

 春成さんは勢いよく頭を下げた。

「あ、頭をあげてよ」

「……会わせる顔なんて、ないよ。本当なら、すぐにでも、夏祭りの時に言えばよかったのにずるずる引きずってたもん」

 春成さんは泣いているようだ。

 何も悪い事なんてしていないのに、凄く悪い事をした気分になってくる。

 春成さんに疑われていた事も頭の隅にいってしまう。

「……わかった、じゃあ俺の話も聞いてほしい」

 相手の返事を聞かずに俺は口を開く。

「夏休み、春成さんとずっと一緒に勉強してたじゃん?」

「うん……」

「俺、最初はずっと一緒に居られるからちょっとやらしいことも考えたりしたけど、春成さんも知っての通り超真面目に勉強してたよね」

「そうだね、最後のほうはちょっと誘ってたのに無視してたね」

 春成さんはまだ顔をあげてはくれなかった。あと、余計な部分はスルーすることにした。

 さっきは無駄な夏休みを過ごしてしまったと思ったが、そんなことはないんだ。それに俺も、彼女に嘘をついたことがある。

「勉強、ちょっと、嫌だったよ。だってさ、ずっと、勉強だったじゃん。それで、俺は嘘をついた。海に行くからって、春成さんを騙そうとしたんだよ」

「え……」

 ここでようやく春成さんは顔をあげた。

「君と一緒にいた夏休みの序盤、ちっとも楽しくなかったよ。何が悲しくて夏休みに二人っきりで真面目に勉強しなくちゃいけないんだって思ってた」

「……ごめん、本当に」

 俺が彼女をより追い詰めているのはわかっている。傍から見れば、俺が悪者。

 それでいい。俺から目をそらすことなく、受け止める彼女は強いな。

「えっと、それで海の嘘のことだね……はしゃぐ春成さんに悪い気がしてさ、思いつくみんなを誘ってみたけど……全員駄目だった。だから、その穴埋めとして夏祭りに行くことにしたんだよ」

「そうだったんだ。でも、楽しかったよ?」

 春成さんに俺は首を振る。

「ううん、嘘をついたのに変わりないよ。春成さんが俺に抱いている罪悪感ってやつと、たぶん同じぐらい」

 苦笑して見せる。

「だから、これでチャラにしてくれないかな? お願いします」

 そういって勢いよく頭を下げる。

「ちょ、ちょっと冬治君。許すも何も、悪いのは私だよ。夏休みだって全部使わせちゃったんだから」

「だから、それと俺の嘘でチャラだね」

「どう考えても……冬治君の方が損してるよ!」

「損してないよ」

 要は見方の問題だから。

「そのおかげで春成さんの色々な姿を見る事が出来たんだ。これでどうかな?」

「でも……」

「お願いだ」

 ここで俺が引けば彼女は俺とは目を合わせてくれなくなるような気がした。そして、近くなったと思った距離は一気に離れ、二度と修復なんて出来ない。

「俺は君が許してくれるまで頭を上げない」

 春成さんは俺からの許しを待っちゃいない。本当に許してほしい相手は別にいる。

「何度だって、君が自分のことを許してあげるまで、俺は頭を下げ続ける」

「……冬治君がいいっていうなら」

 ようやく俺は頭をあげる。

「えと……私、まだ冬治君と一緒に居ていいのかな?」

 不安そうな春成さんに笑いかける。

「当たり前だよ。というか、願ったりかなったりかな。これからもよろしくお願いします」

 そういって右手を差し出した。春成さんはすぐに手をとってくれた。

「もちろんだよ」

「そっか、よかったぁ……これでわだかまりはなくなったね」

 心底ほっとした。また関係はこじれるかもしれないが、これで彼女の中に溜まっていた何かは消えることだろう。

「感謝するのは、こっちだよ……ありがとね、冬治君」

 照れた春成さんを見ると抱きしめたくなった。

「……ふぅ」

 なっただけだ、実行はしてない。

「えっと……いいよ?」

「えっ……」

「あ、う、ううん。なんでもない」

 心の奥底を覗かれた気がして、俺は驚くしかない。

 今より先に、進める日が来るんだろうか。


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