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黄金鈴:第八話 治りにくいサマーコールド

 夏休みに入り、変わった事と言えば登校する場所が『教室』から『文化系野球部の部室』くらいだろう。

 住良木先生を入れて三人。それで野球が出来るのか? 答えはノーだ。

 他に一体何が出来るんだと……野球盤をしながら考える。ああ、これが『文化系野球部』の活動なのか? 俺が下手なのか、それとも鈴がうまいのか……とりあえず、野球盤では同等だった。

 かれこれ勝ったり負けたりの勝負が二週間ほど続いている。

 いつの間にか設置されていた冷房のおかげで、夏の暑さなんてへっちゃらだ。この冷房はどうやら住良木先生が設置してくれたものらしい。

 暑すぎるとお嬢様が溶けてしまう恐れがあるので……住良木先生が言ったことは冗談だと思いたい。

「楽しいですね」

「……そうだな」

 昨日は徹夜で遊んでたから疲れが出ているようだ。目の前がちょっとかすむ。

「お嬢様、宿題の時間です」

「わかったわ」

「……時間か」

 何せ、住良木先生がいるもんだから宿題なんてあっという間に終わってしまった。その為、俺がここにこれ以上居てもすることはない。

「帰るんですか?」

 不安そうな鈴にから元気を見せる俺、男の子である。

「ああ、悪いけど体調が悪いんだ」

「大丈夫なんですか?」

「はは、大丈夫だよ」

 親指を立てて笑って見せようとして、よろけた。

「おっと、あぶね」

 掴もうとした先には支えにならないような物しかない。鈴に手を伸ばそうとして、辞めると同時にそのまま尻もちをついてしまった。

「白取先輩!?」

「ああ、ちょっとよろけただけだ。よっと……おっとっと」

 立とうとして間抜けな事にまたよろけてこけてしまった。

「いかんいかん。大丈夫だ、問題ない」

「大丈夫じゃ無いですよ!」

「鈴?」

 いつもより数倍大きな声で鈴が駆け寄ってきた。目には涙をためている。

「流させたら、アウトですから」

 住良木先生との約束を思い出す。

「……安心してくれ、大丈夫だからよ。すぐに家に帰ってちゃんと寝るわ」

 そういって涙をぬぐって笑ってやる。

「帰る途中で死んじゃったら、どうするんですか!」

「最高の式をあげますから安心してください、お嬢様」

 住良木先生……ずれてるよ。

「これくらいじゃ死なないって」

 俺よりすぐに頭がとれる鈴のほうが心配だ。取れる回数が決まってる……なんてことは無いよな?

 思った以上に自分の身体が衰弱していたようで……歯を食いしばりながら立ちあがって見せる。

「何とか帰って見せるよ」

「駄目です! 住良木、お願い」

「畏まりました」

 そういってあっという間に簀巻きにされる俺。

「他人を縛ると言う行為はドキドキしますね」

 そして、俺を縛りながら住良木先生は生き生きとした表情を見せてくれる。

「くそ、目が霞んで住良木先生が悪魔に見える」

「……えいっ」

「ぐあっ」

 熱もタイミング悪く出てきたのか考えるのが億劫になってきた。

 住良木先生からの容赦ない圧迫攻撃に俺の意識はあっさりと撃沈。

 暗く、淀んだ意識下にたゆたう状態で漂っていたら誰かに名前を呼ばれた気がした。

「ん?」

「目が覚めたんですね!」

 目を覚ますと、隣に生首があった。

「悪い、気絶してたか」

 この手の冗談を夏休み初日に覚えた(正確に言うなら一緒に行った遊園地のお化け屋敷が原因)鈴は俺にだけやってきた。

 元は家族や使用人の人にもやっていたそうだ。

「こら、女の子はすぐに首を外すもんじゃないぞ。はしたない」

「まぁまぁ、お嬢様……驚いてしまいましたよ。では、お暇でしたら御勉強をお手伝いしましょうか」

「お嬢様、デュラハンごっこはいけません」

 などなど……色々と奇襲したらしいがどれも今一な結果になったそうな。というより、怒られて終わっている。

 唯一、驚いたのは俺だけだ。スポーツバックの中に頭が入りこんでやがった。

 そんな事を思いだしていると、鈴の生首が悲しげな表情になっていた。

「もう驚いてはくれないんですね」

「いいや、驚いたよ。まだ本調子じゃないだけだ……よっと」

 断面図を見ないようにし、大切な頭を抱える。それから辺りを見渡した。

「ここ、鈴の部屋か」

「はい」

 以前来た時よりも綺麗に掃除されている。あれから、たまに鈴の家にお邪魔していたが、その度に清掃時間と被ってしまった。

「それで、体はどこにあるんだ?」

「えっと、添い寝してますよ」

 はにかんだ鈴の表情をじっくり観察してから生首のあった反対側へと視線を向ける。

「あった」

 俺の隣に可愛いクマのパジャマを着た鈴が横たわっていた。勿論、首のない身体の方だ。

 どうやら、緊張しているようで軽く肩に触れると素早く上下させる。

「……緊張してるんだな」

「は、はい。その……男性と一緒に寝るのは初めてだったので」

 俺は一人の女の子に両脇挟まれた状態で寝てたのか。こりゃあ、貴重な体験だ。

 相手が鈴で無ければ『おいおい、男にこんなことしてたら襲われるぞ』と言うのだが、天然なところがあるからなぁ……照れて混乱しそうだ。

 しかし、俺も鈴とそれなりに打ち解けてきたと思う。

「鈴」

「はい」

「男に添い寝してると……」

「添い寝すると?」

「……何でもない」

 頭をくっつけてやって、布団を立つ。さすがに同じ布団で向かいあうのは恥ずかしかった。

 首が無いならいいんだけどな、やっぱり、館全体になると恥ずかしいのだ。

「あの、まだ寝ていたほうがいいです」

 俺の肩に手を置いてきた。パジャマで二人してベットに横たわってるなんて何のフラグだよと言いたくなる。

「……さすがに夜には帰らないとな。迷惑かけたよ。ありがとな」

「今日も泊まって行っていいです。白取先輩が望むのなら、ずっといてくれても……いいですよ?」

 俺は鈴のセリフに首をかしげる。

「え? 今なんて言ったんだ……」

 俺のこの言葉を聞いて鈴は頬を真っ赤に染めた。

「ず、ずっと、居てくれても……」

「いや、その前だ」

「今日も泊まって行っていいです」

 今日、も?

 今日も、そう鈴は間違いなく言った。二回も言ってもらったのだ。聞き間違えるはずもない。

 つまり、俺は……。

「俺、もしかして……日付が変わるぐらい寝てたのか?」

「はい。ずっと寝ていましたよ。いけないとは思いましたが、白取先輩の寝顔を見ていたらそのままうとうとしてしまって……寝てしまいました」

 えへへと笑う可愛い後輩……その後輩と、一夜を明かしたと言うのか。

 酸欠の金魚のごとく口を動かす俺を見て、鈴は真っ赤にした顔を手で覆う。

「もう、びっくりしました。夜中いきなり、白取先輩がわたしを抱きしめてくるなんて……」

「お、俺、そんなこと……したのか」

 何と無く、目を合わすのが気恥かしかったので襖の方へと視線を向けた。

「晶お兄ちゃん、見えません」

「すまん、一樹」

「海、あれがお嬢様の彼氏ね」

 ふすまが少し開いて、住良木先生と他のお手伝いさんがこっちを見ていた。鈴は気が付いていないのか、人差し指を突き合わせている。

「許可が無いと、い、いけないとは思いましたけど……その、身体も汗をかいていたので拭かせてもらいましたよ」

「そ、そうか……」

 ええい、後ろの連中なんて無視だ無視!

「ありがとな、鈴」

「いえ! 白取先輩にはいつもお世話になってますから!」

 こういう時こそ、こういういい雰囲気にこそ……彼女のお父さんが、出てくるべきだろう。

 一喝して、俺をこの部屋から追い出すべきなのだ。そうすれば俺は冷静に鈴ともう一度会って、これまで通りの先輩後輩としてやっていけそうな気がする。

 元に戻るのが、俺の望んでいる事なのか……ふと、そんな疑問が頭の中に現れた。

「旦那様、ここで出るべきではないのですか?」

 使用人もさっきまで俺が望んでいた展開へ導こうとしている。

 話を振られた黄金秀吉……鈴のお父さんは使用人達に混じって俺達の事を見ていた。

 鈴のお父さんは一瞬だけ俺と目を合わせ、優しく笑った。

「……私はあの子の幸せを切に願っている。見たまえ、鈴の表情を……あんなに幸せそうな顔は滅多に見る事が出来ないだろう」

 残念な気持ちと、ほっと胸をなでおろすと言う矛盾した感情が俺を襲う。

「白取先輩」

「何だ?」

「私が倒れた時は……看病、してくれますか?」

 襖の方からもちろんです! という声が聞こえてきた。

「ああ……俺でよければな」

 たとえプロがいたとしても、今の俺が応えなければいけない気がした。

「あ、汗が出た時は……その、綺麗に拭いてくださいね?」

 他の人じゃ駄目なのか? そんな言葉、俺から出てくるはずはない。

 照れた鈴を見ていて思う。

 俺は鈴の事が好きだ。この気持ちだけは間違いない。

 ただ、それはあくまで俺の気持ちだ。

 鈴が、俺の事を好きなのかどうかはわからない。

「駄目、ですか?」

「その時は……任せくれ。頑張ってみるよ」

「はい! お願いします!」

 たとえ、俺が鈴の事を好きだったとしてもだ。

 鈴も俺の事が好きである……そんな安直な答えはBADENDを迎える要因だろう。落ちついて答えを出せばいいと思う。

「鈴、みられてるぞ」

「え?」

 襖の方を指差すと、素早く住良木先生達が去っていった。そして、一人残された秀吉さんだけが鈴から怒られる。

 俺はそんな光景を見ながら改めて、自分の気持ちを整理したいと思うのであった。


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