黄金鈴:第七話 鈴のパーパ
入部希望者が根性会で頑張ってくれたおかげで増えたと鈴が喜んでいた。
残念ながらその入部希望者達は『野球部』に全部吸収されたらしい。
「そりゃそうだよな」
夏休みの直前なのに鈴の部は合宿の許可どころか活動も未定だ。
いつの間にか、鈴がいた部活動は『文化系野球部』となっていたし、一体何をする部活なのかも良くわからなかった。野球部も噂の可愛いマネージャーがいなくて混乱したそうだ。
「別に野球部が出来てしまったので……廃部の危機なんです。どうぞ、お茶です」
「一人だしな……ありがと」
本物の野球部ならこうして部室でお茶を飲んだりはしないよな。
グラウンドから聞こえてくるバットがボールを捉える音を聞いて茶をすする……うん、なかなか悪くないね。
「でも、中にはこっちに入ってこようとする奴もいるだろ?
「はい。でも、入部の時に厳しい試験があるんです」
「……試験?」
そんなのあるのか。
ちなみに、新しく発足された野球部の方は来る者は拒まずのスタンスだ。事実、初心者ばかりの寄せ集めらしいからな。しかし、やる気はあるので成長の余地はあると聞いている。
こっちの文化系野球部はどんな事をしているのかさえ、今一つわかっちゃいない。今のところお茶のみ系野球部なのに試験を設けるなんてなにを考えているんだ。
まるで料理がまずいのに一見様お断りシステムみたいじゃないか…。
「それで、その試験って一体何だよ」
「冬治先輩を超える事が条件だそうです」
「俺を超える?」
運動神経はそこまでいいわけじゃないぞ。その入部試験の時にわざわざ俺が呼び出されるのだろうか。
「具体的にはどういう事なんだ?」
「この前の根性竹刀を超えないと駄目だそうです。住良木が決めたんですよ」
尻を叩けると住良木先生は喜んでいる事だろう。変な噂がたっていたし(鋼鉄の尻を持つ男)、尾鰭がついた噂も広まっているようだ。
根性会にはあまりいい思い出が無いので俺は首を振った。
「まぁ、もし、部員が増えたら仲良くやるんだぞ」
「はい」
部員が増えるのはもっと先だろう……おそらく、あの先生のしごきに耐えられる部員は残っていないだろう。
後はいつものように茶を飲みながら世間話をするだけだ。
「そろそろ夏休みだな。鈴に会えないと思うと、ちょっとだけ寂しいぜ」
「え……?」
凄い顔をされた。
この世の終わりだーみたいな顔だ。
俺に会えないのは悲しいと思ってくれるのは実に嬉しい限りだ。でも、何もそこまで……涙をためるまでしなくていいんじゃないかなぁ。
これまた、彼女が涙を浮かべるとろくでもない記憶がよみがえるので、流れるまでにどうにかしたかった。
「お、おい、鈴……何も会えなくなるだけで泣くことは……」
「会いに来てくれないんですか!?」
ノリが『女、なの?あたしの元から去るのは……新しい女が原因?』みたいな感じだぞ。
「そ、そりゃあよ、部活の邪魔になったらいけないだろ?」
「そんなっ」
肩を掴まれ、鈴は俺を前後に揺さぶろうとして……両腕が取れた。そして、バランスを崩したまま転倒しそうになったところを支える。
「全く、何してるんだ……」
「すみません」
俺の腕にひっついた鈴の腕を外し、くっつけてやる。
これもかなり素早く出来るようになってしまった。頻繁に取れるし、何より他の人に見られないように気をつけなくてはならないからな。
時間をかければそれだけ他人の目にさらす危険が出てくる。
「ほら、落ちつけよ。深呼吸」
「すー、はー……」
「落ちついたか?」
「はい」
もう一度だけ深呼吸をすると完全に落ちついたらしい。
「あの……びっくりさせてしまってすみません」
「いいよ、腕が取れた拍子に後ろに倒れて頭が飛んでいくよりはマシだ」
ばらばらになった部分を回収してくっつけるのは俺の仕事だしな。
「そんなに一人は嫌なのかよ。全く、鈴は寂しがり屋さんなんだな」
「え、えーっと……は、はいっ。そうなんですよ!」
冗談で言ったつもりの言葉に食い疲れ気味に来られるとびっくりする。
「あの、今度私の……私の家にきま……きませ……連れて行きます!」
目をつぶり、両手をグーにしてそう宣言された。
友達、というより、先輩を家に誘うのってそんなに派手にしなければいけない事なのか。
「絶対ですよ? 絶対に、連れて行きますからね? 嘘じゃないですよ?」
ああ、そうか。これは鈴なりのボケなんだろう。
「わかった。楽しみにしておくぜ」
「で、では、明日の放課後……校門前で待ってますね」
そして、約束の日の放課後……正確にはチャイムが鳴った瞬間に住良木先生にせっつかれていた。
「お嬢様がお待ちです」
「いや、わかってますけども! 竹刀で突かないで下さいってば……って、大変だ!」
俺の視線の先……下駄箱の近くに腕が転がっていた。その細くて白い腕が、一体だれのものなのか容易に想像がつく。
素早く腕を回収し、住良木先生を無視して校門へ直行する。
「あ、白取せんぱーい!」
彼女は多分、手を振っているつもりだろう。
選りによって、腕のない方で手を振っているようだ。
どういう現象なのか、鈴の腕を隠している俺の鞄が激しく動いていた。
きっと中ではびくんびくんと脈打つように動いているに違いない……これは新手のホラーだ。
「鈴-っ腕、腕っ。そっちは隠しとけ」
腕を掴んで引っ張るわけにもいかない。抱きしめるようにして鞄の中から腕を取り出しくっつける。
「あ、えとえと……う、嬉しいですけど……人が、見てますよぉ」
「ほらほら、皆さんは帰りましょうね」
住良木先生は俺の考えている事がわかっていたようで人払いをしてくれている。
「し、白取先輩……」
何故だか目をつぶった鈴の額を軽く小突く。
「いたっ」
「……おい、落としものだぞ。腕、落としてた」
「え? あ、……ありがとうございます」
ようやく腕を落とした事に気がついたのか少しだけ肩を落としている。
「気にするな……今度から待ち合わせするときは俺が迎えに行くからな?」
俺の事を迎えにきたり、今日みたいに待ち合わせしていたら間違いなく何処かに落としそうだ。
「い、いいんですか?」
「ああ」
日本人形のような可愛い女の子をお迎えにいけるんだ。別に苦じゃない。それに、減らせるリスクは減らすべきである。
もし、鈴が転校することになったら俺は……とても、寂しい思いをするだろう。
「それだと白取先輩に悪いです。交互に迎えに行きませんか?」
「俺を迎えにやってきた鈴……しかし、鈴の体はところどころ足りなかった。学園に散らばった黄金鈴の身体を集めようキャンペーンか」
恐ろしすぎる……。
その後は建設的な話をしながら歩いて十分後(住良木先生は残業らしい)俺と鈴は黄金家へとたどり着いた。
「……それなりに大きいな」
純和風のそこそこ大きな屋敷? なのか。門外漢だからわからないけど、池もあるから金かかってるよなぁ。
「普通の家に池はないな。うん、でかい」
「そうですか?」
「とりあえず、俺の家よりはでかい」
扉を開けてもらい、中に入ると威厳のある初老の男性が立っていた。間違い無く、鈴の父親だろう。
「あ、俺……」
「娘はやらんぞ!」
自己紹介をしようとしたら何か言われた。
「え?」
「お、お父様! まだそのセリフは早すぎます!」
そして鈴がちょっと焦った感じで父親へと近づいて行く。
「え? 嘘? パパ、善は急げの体現者だから……」
「せっかちすぎるんです。落ちついていきましょう」
何だろう、小芝居でもするつもりだったのだろうか。
数分、打ち合わせた後、鈴はこっちへ戻ってきて初老の男性も付いてきた。
「あー、君、白取冬治君、だったね?」
「へ? あー……はい」
「さっきのは忘れておいてほしいんだ。もう一度、チャンスをもらうよ」
片手で謝られ、ウィンクされた。先ほどまでの威厳ありそうな父親像が崩壊していく。
「……はぁ、わかりました」
「さ、白取先輩、こっちですよ」
とりあえず忘れることにしよう。俺は靴を脱いでお邪魔することにした。
屋敷内へ入って結構な長さの(ボーリングが出来そうだ)廊下をまっすぐ進む。進んだ先にはこれまた立派な襖があった。
「此処です」
鈴はそういって襖をあけるのだった。
「綺麗に片づけられているなぁ……現在進行形で」
お手伝いさん達だろうか、鈴の部屋と思われる場所を一生懸命掃除していた。
同時にこっちに視線を向けられたのでびっくりしたが、彼女達は俺たちよりも掃除に集中し始める。
「……邪魔しちゃまずいよな」
俺の発言で再びお手伝いさん達の視線がこちらへ向けられた。
「いえ、お気になさらず……では、ごゆっくりどうぞ」
それまで掃除をしていた四人の中へ、俺と鈴が加わり六人となった。
「六人でちょうどいい感じか……やっぱり、鈴の家は広いんだな」
あくまで他の四人を気にしないようにする。
「あの、白取先輩?」
「何だ?」
「その……申し上げにくい事なのですが、お尻を見るのはどうかと思いますよ」
「……いや、見てないよ?」
つい、四つん這いになって部屋の隅を掃除していたお手伝いさんの尻を見てしまっていたのがばれたようだ。
いや、これは違うんだと色々と弁明していたら清掃活動をしていた四人がいなくなっていた。
二人になると途端に広くなった気がした。
「しっかし、広いんだな」
「あ、あまり見ないで下さい……散らかってますから」
「それはさっきの段階で言うセリフだ」
置いてあるものは箪笥、本棚、ちゃぶ台、机に布団と言ったところだろうか。落ちついた感じの色で、ほっとするような匂いまでしてくる。
「いい部屋……」
「娘は、やらんぞ!」
だなと言おうとしたら廊下から鈴の父親がまた出てきた。
「お父様、またタイミングが違います! あ、あの、すみません」
「……あ、あのー、邪魔なら帰った方がいいですかね?」
変なタイミングでぶっこんでくる父親である。
どうやら歓迎されていないようだし、ここは大人しく帰った方がいいかもしれないな。黄金サイドにも話し合いの時間が必要だろう。
ぶっちゃけ言うと、面倒くさそうだし。
「いや、悪かった。実はこうして娘が友達を連れてくるなんて初めてでね。わたしは黄金季吉だ」
「はぁ、よろしくお願いします」
差し出された右手をとると結構強い力で握りしめられた。
「俺は……」
「白取冬治君だろう? 娘のために、色々と頑張ってくれているそうじゃあないか。毎日のように娘……鈴から君の話を聞いているよ」
「へぇ、鈴が?」
「そ、そんなには話していません!」
他に話す事もあるだろうに。
「どう言った事を話すんですかね?」
ちょっと鈴を困らせてやろうと父親に聞いてみることにした。
「そうだな、君が根性会とやらで鈴の為にお尻をさらした事だろうか」
「……せめて事実を話してほしいもんだ」
鈴を困らせるつもりが俺の方が困りそうな話題である。
「まぁ、君がもし、鈴と交際したいと言うのなら遠慮なく幸せにしてやって欲しい」
「はは、それは……どうも」
「お父様ったら……」
頭ごなしに怒鳴りつけられるよりは……いい出会い方なのか? でも、ウェルカーム状態って裏がありそうで結構怖いよなぁ。
「ただね、やっぱり鈴の父親として『娘はやらんぞ』ぐらいは言いたいものだ」
「は、はぁ……」
「白取先輩、今後もよろしくお願いしますね。末永く」
「え? ああ……」
ん? 末長く?
それはどういう意味だと聞こうとしたら秀吉さんに腕を引っ張られた。
「ささ、こっちに来てほしい。家の者たちに君を紹介したいんだ」
「お父様今日はいない人もいますからまた今度にしましょう」
「そうだったな。うん、それならわたしは用事があるから失礼させてもらうよ」
用事があるのに俺の事を他の人達に紹介しようとしていたのか。
そこまで買われているなんて、俺は何かこの家にとってプラスになるような事をしたのだろうか。
首をかしげていたって答えが出るわけもない。
勿論、鈴と話をしていても答えが出ることはなかった。




