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黄金鈴:第二話 野球部のマネージャー

 野球部が壊滅した……たった一人を残して。

 文字だけみると戦闘でも起こったみたいだな、おい。

 そんな話を聞いて、俺は運動会の練習後に向かった。野球部に知り合いがいるので、気になったのだ。

「たのもー」

 部室の前では別に何も起こっていないようだ。

 噂によると特殊部隊がやってきて野球部部室に眠るアンデッドの秘宝を奪っていったとか、金なら五枚銀なら一枚の某嘴をとりに来た等々……色々と噂はあったんだけどなぁ。どれも信憑性に欠けるものだ。

 いくつか聞いた噂の中で、もっとも気になった話は……入ってきたマネージャーが原因だった、である。

「あ、白取先輩」

 部室の扉が開いて、鈴が出てきた。部室には残った一人……日本人形のような可愛い後輩一人しかいないようだった。

「……本当に壊滅してるんだな」

 本当に何があったのだろう。

 野球部の連中に話を聞きに向かった結果、芳しい話は聞けなかった。

 学園に来ていた数人の野球部員は『野球部に所属? 僕は二次元研究同好会に所属しているよ』なんて記憶が違う人もいた。幸せそうな顔をしていたからそれ以上立ち入った事は聞きづらかった。

 鈴は俺の訪問を嬉しそうにしてくれていた。

「約束通り、来てくれたんですね。あ、今お茶を入れますから」

「お構いなく」

 この部室は野球部のはずだ。汚いと思っていたのにかなりきれいで、部室だと言うのに畳が敷いてある。

 他にも掛け軸や生け花、高そうな和風の壺とか置いてあり茶道部と勘違いされても仕方のないスペースだった。

 バットやボールは入り口付近にまとめられており、桐のタンスにはユニフォームの予備などが置かれているようだ。

「はい、どうぞ」

 俺が部室内を見回している間に部室隅にあったポットを使用し、鈴はお茶を準備してくれた。

「わざわざすまんな」

「気にしないで下さい。お茶を準備するの好きですから」

 野球部部室で、其処のマネージャーと一緒にお茶を飲む。それはそれで楽しい事だとも思えたが……そのために、此処に来たわけではない。

「ここ、野球部だろ?」

「はい」

 まずは当たり障りのない話から入ることにした。相手も何か聞かれるのは間違いないと思っているようだ。

 顔に出やすいタイプのようだ……鈴の情報を頭の中で更新し、俺は話を続ける。

「何で鈴は一人なんだ?」

「実は、皆さん辞めてしまったんです」

 肩を落とした鈴に俺は続けていった。

「顧問もやめたんだろ?」

「はい」

 顧問の真柴だとかいう先生も鈴が入部した次の日から学園に来ていないらしい。マネージャーがいない時に何かあったのではないかと噂になっていた。

「一体、何があったんだい?」

「……特には。あ、私はボールが頭に当たりました」

「そうか……」

 マネージャーがいない時に何かあった、その噂は鈴の言葉によって違う事が証明された。

「それで、頭にボールが直撃したのなら……頭は大丈夫だったのか?」

 四番バッターの放った鋭い打球が頭に直撃するのと、子どもが投げたボールではかなりの差が出てくる。それこそ、当たり所が悪ければ病院行きなのだ。

 みたところ、大丈夫そうだが……聞いておいた方がいいだろう。

「はい、わたしは大丈夫です。ただ、私の頭にボールが直撃したのを見ると……他の部員が驚いてしまって。それから泡を拭いて殆どの方が倒れてしまったのです」

 もしかして、派手に血が吹き出たのだろうか。ここの野球部員はへたれの巣窟だって噂だ。

 夏の合宿の時に肝試しをしたら全員縄を拭いてぶっ倒れたそうだ。記憶違いになった奴も出たらしい。

 しかし、へたれだとしてもボールが頭に直撃したのを見ただけであそこまで酷く記憶違いを起こしたりはしないはずだ。

「もうちょっと詳しく知っている人がいればいいんだが……」

 グラウンドの隅が野球部の領地みたいなもんだ。一部活が独占しているわけではない為、もしかしたらグラウンドに居た他の生徒がみているかもしれない。

 外に出て探してこようかと考えると鈴が手を叩いた。

「それなら練習風景を撮っているビデオがあります」

「そうか、それって今準備できるか?」

「はい。あれです」

 そういってビデオカメラを指差した。

「ちょっと、待っていてくださいね」

 お茶のお代わりをもらって飲んでいると鈴はビデオカメラとは反対の方向へ……つまり、扉の方へ歩き出した。

「これでよし……っと」

 鈴はサムターンを回した。そして、何故だか知らないが……扉の前にバットやボール、グラブの入った箱を置いたのだった。

「あれ? 何で鍵をかけてるんだ? それになんで道具まで?」

「いきなり誰かが来たらびっくりしてしまうので。映像中に何かがいきなり入ってきたら……驚くと思うんです」

 ホラー映画だったらわかるけど、これは単なる野球部の練習風景だと思うんだが。

 野球部員の所為で男は全員へたれだと思われているのではないだろうか?

「再生……は、どうするんでしょう?」

 どうやら機械の使い方が良くわからないらしい。

 試行錯誤を繰り返し、彼女が消去ボタンに手を伸ばし始めたのを見て慌ててその手を掴む。

「し、白取先輩?」

 手を掴んだだけで顔を真っ赤にする……なんて初心な子なのだろう。

 つい、悪戯心が鎌首をもたげたが、今は映像の方を優先しよう。

「ちょっと貸してみな。俺が見てみるよ」

「え、で、でも、白取先輩はお客様ですから」

 野球部にやってきて此処まで言われるのはどの学園や学校でもあるまいよ。

「気にしないでくれ」

 少々、時間はかかったものの何とか映像出力までこぎ着けた。

「よし、これで準備オーケーだ」

「白取先輩……すごいです! わたし、機械は全然だめで……」

「おいおい、ただ繋げただけだろ。俺だって良くわからないよ」

 恐縮してしまうような過大評価を受けて俺は腰を下ろす。

「隣、失礼しますね」

「ああ」

 鈴が隣に座ると髪からいい匂いがした。いかんいかん、今は野球部の映像に集中しなくては……。

「始まった」

 画面に映し出されたのは単なる野球部の練習風景だ。打者のバッティングにズームしたかと思えば、打った球を追いかける。

 そして、守備の一人がエラーした。その後も守備の練習が続けられる。

「……」

 三回に一回エラーってどういう事だ。弱小っていう話が納得できるぜ。三年っぽい人は一塁近くでゴルフの練習をしているように見えた。いや、それは置いておこう。

 この学園の野球部が弱いと言う噂は聞いていたし、そもそも部員数が十人ちょっとしかいない。それでも、全員やめるのはおかしい気がした。

 二十分ほど経ったところで鈴が画面を指差す。俺はそろそろ眠くなってしまった。

「あ、この時です」

「……え」

 簡潔に言おう。

 鈴の、黄金鈴の頭が……取れたのだ。眠気なんて一発で吹き飛んだ。

 部員の放ったボールに当たった瞬間、ぼてっという擬音が聞こえてそうな当たり方だ。そして、そのまま首は汚らしい何かをぶちまけながら地面に落ちた。

「……マジかよ」

 何だか、みないほうが良かったような断面が、見えた気がした。気のせいだと思いたい。

 映像が止まったわけではない……野球部のほとんどが泡を拭いて倒れている。

 他の何人かが呆然として、そのまま尻もちをつく。カメラを持っていたらしい生徒も倒れ、青空を映し続け、途中からモザイクをかけたほうがいい場所を映し続けていた。

 確かに、これはショッキングな映像だ。

 ぶちまけられた何かを頭からひっかぶった選手は全く動かない。

 変な話だが……首のない身体が自身の頭を探し、再びくっつけた。あっという間に元に戻った首は胴体にくっつき、カメラに近づくと試行錯誤の末、映像を止めたのだった。

 最後に聞こえてきた『あ、これが停止ボタンなんだ』という声は間違いなく、鈴の音のような可愛いものだ。

「また見ますか」

 呆然としている俺の耳に、鈴の音の鳴るような可愛い声が聞こえてくる。

「……いや、いい」

 彼女の質問に俺は即答できず、間を開けて応えた。

「ちょっと時間をくれ」

「……はい」

 脳内にしっかりくっきりばっちりと保存されてしまった。今晩、悪夢でも見そうだ。

 今、隣に居る少女はさっきの映像だけを見ると首が取れ……いいや、はじけ飛んだのだ。普通の人間ならば生きてはいまい。

「なぁ、鈴」

「何ですか?」

 何かに脅えた調子で鈴が身をよじった。

「ちょっと、頬を触らせてほしい」

「どうぞ」

 柔らかく、きめこまやかな肌だ。どう考えても、普通の人間だ。と言う事は、やっぱりこれは何かの冗談か?

「あの、顔色悪いですよ…」

「ちょっと、疲れちまったみたいだ」

 ラブコメ見てたとおもったら下手なサスペンスをみた気分である。

 部室から出たほうがいい。本能が俺にささやいている。

 その言葉に従って部室の外へと出ようとすると、鍵がかかっていた事を思い出した。ちょっと混乱しつつ、がちゃがちゃ鍵を鳴らしまくる。

「もう、帰ってしまうのですか?」

 すぐ耳元で鈴の声が聞こえてきた。

 振り返る際に扉に背中をぶつけて俺は目を見開いた。

 至近距離に……腕を伸ばせば容易に抱きしめる程近くに鈴がいたのだ。窓から差し込んだ夕焼けが不気味に彼女の顔を照らしている。

「あ、ああ……でもまた来るから」

 本来なら声が聞こえた時点で振り返らずに鍵を開けるべきだった。

 何とかそのままの体勢を維持し、後ろ手で扉のサムターンを回す。

 後ろに倒れるようにして、部室の外に出た。夕焼けが俺の顔を撫で、遠くから部活に精を出す日常音が聞こえてくる。

 暗い部室の中……その中には不敵に笑っている黄金鈴が立っていると思っていた。

 部室の中にいるのは頬を涙で濡らす女の子が立っているだけだった。

「鈴……」

「あ、あの、話だけでも今日聞いてくれませんか?」

 心の片隅に『襲われるのではないか?』と思っていた気持ちがしぼんでいった。彼女は一切、俺に手を出してこなかったのだ。

「駄目、ですか?」

「……あー、もう、わかったよ」

 得体のしれない相手でも、女の子だ。しかも、可愛いと来た。それなら話を聞くしかあるまい。

 俺は部室の入口へと近づいて、ハンカチで鈴の頬を撫でた。

 少し乱暴に鈴の胸にハンカチを押しつけ、中へと入る。入る際に扉を閉めて、鍵をかけた。

 ついでに言うのなら扉からもっとも遠い場所に座って見せる。これでもう、逃げることは出来ないだろう。

「は、ハンカチは……洗って返しますね」

「それ、やるよ」

「え?」

「そんなことより、お前の話を聞かせてくれ」

 鈴を促すと彼女はハンカチをポケットに直し、俺の近くに座るのであった。


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