黄金鈴:第一話 気になるあの子はバーラバラ?
気になる後輩がいる。
窓の開いた教室の片隅……自分の机に頬杖つきながらそんな事を考える。
窓からは爽やかな春の風が強めに入りこんできてクラスメートの中には窓を閉める人もいた。
風邪の事なんて、きちんと頭に入っちゃ来ない。
「あっ! あんなところに美女のパンチラが!」
「え……マジで!?」
そう言われたら振り向くしかない。
勢いよく首を振った先には……今年で三十になってしまうと頭を抱える数学教師(男子生徒大好きらしい)のパンチラが確かにあった。
「……なんだよ、冗談かよ」
「あれ? いま夢川君と目があった? 夢川君、先生のパンツを……」
「先生、さっさと授業を続けてください」
「……はい」
さて、改めて……気になる後輩がいる。
気になる後輩と言っても、『血は繋がって無いけど、兄さんと言ってほしい』……そんな相手じゃあない。
一言で表すと、不思議な後輩だ。
その後輩と出会ったのは転校初日の放課後である。
転校とは言っても、年度の最初なので言われるほど他の人と隔たりは無い。
これからの学園生活が幸あるものならいいな……そう思いながらまだ慣れてない廊下を歩いていた。
「あのぅ、すみません」
「ん?」
声のした方へ振り返ると少女がいた。目が合った時、『急いで逃げるんだ!』と本能が騒ぎたてていた気もする。
でも、目の前に居るのは物静かそうで落ちついた感じの女の子だ。さっきまでうるさかった本能も『何だ、ただの可愛い女の子じゃないか……驚かせやがって』となりを潜めている。
「俺に用事か?」
自分を指差して見せると少女は頷く。
「野球部の部室ってどこにあるのか知りませんか?」
小首をかしげて尋ねてくるその少女に俺は首を振ってしまう。
「悪い、俺も今年からこの学園に通い始めたんだ」
「あ、そうなんですか。じゃあ一年生?」
「いや、二年だ」
そういって肩の腕章を見せると女子生徒はぺこぺこ頭を下げ始めた。
「す、すみませんっ!」
「そこまで気にするような事でもないだろ」
そういえば、この場所からなら部室錬を見渡す事が出来るはずだ。
「部室は知らないけど、野球部なら……あそこに集合してるみたいだぜ」
犇めき合う野球部の塊を指差してやる。思っていたより野球部の人数は少なかった。
「ありがとうございます」
しっかりと頭を下げたその女の子に苦笑するしかない。
「別に気にしないでくれ」
軽くお礼を言われる事をしたとは思うものの、そこまで頭を下げられることでもないな。
「じゃ、俺はもう行くよ」
立ち去ろうと踵を返したらその手を掴まれた。
振り返ると少し顔を赤くした少女がかなり顔を近くに寄せていた。
不覚にも、少し心臓が高鳴ってしまう。
「ま、まだ何かあるのか?」
平静を装って聞くと彼女は首を縦に動かした。
「これも何かの縁です……自己紹介をさせてください」
可愛い女の子と知り合えるのなら願ったりだ。でも、この子はただそれだけではないように感じられる。
「私は、黄金鈴といいます。気軽に鈴、と呼んでください」
「俺は白取冬治だ」
「白取冬治先輩ですね。かっこいい名前です」
名前を紹介しただけで女子にうっとりされるとか生まれて初めてだ。
白取冬治のどこが格好いいのか今一つ、理解に苦しむが……おしとやかなお嬢様っぽいし、感覚が俺たち一般人とは違うのかもしれない。
俺がじっと見ていた事にようやく気付いた鈴とやらはくりっとした目を動かして困惑した表情を浮かべる。
「どうか……しました?」
「え? ああ、何でもない。ただ珍しいなと思っただけだ」
「珍しい? それはあの……」
言い淀んで鈴は聞いてくる。
「おかしいと?」
「そういうわけじゃないが……」
「私の事、どう見えますか?」
「そうだなぁ、穏やかな感じのお嬢様だな」
お嬢様がしていそうな長髪をリボンで止めているし、両手を重ねて微笑みを絶やしていない。
「生き生きとか、フレッシュとか……そんな感じは受けませんか? 生ものの感じ、出てませんか?」
フレッシュはわかるけれど……生もの?
「生ものは置いておくとして、フレッシュな感じなら勿論ある。俺に野球部の場所を聞いてきたのもその証拠だろう。今のままなら野球部の有名マネージャーになれると思うぜ」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
また頭を下げられる。
「じゃあ、私行きますね」
「ああ」
「たまには野球部に来てください」
「わかったよ」
部活をしている人たちの邪魔になるだろうなぁ……とりあえず、口約束にとどめておこう。
黄金鈴と言う一年生が俺の前から姿を消した後、何とも言えない気持ちになった。
曲がり角を曲がった時、彼女の体の一部が……外れたように見えたのだ。
「……何だったんだろうなぁ」
そんな事があり得るわけない。
仮に人の身体が外れたのなら先ほど名乗った鈴という少女が自信の身体に起きた異変に気づき、叫び声を上げていたはずだ。
おそらく、俺の勘違い。
「ま、いいか」
転校してから三日後、俺は野球部が一人を残して全員やめてしまったと言う話を聞いたのだった。




