群青藍:第十話 父母現る
群青先輩との花火大会……楽しみで仕方が無く、クラスメートたちからは『何幸せオーラ出してるんだよ』『あいつがこっぴどい振られ方をしますように』といった罵声を浴びせられた。
しかし、幸せ絶頂の俺にそんな言葉が届くはずもないわけで……幸せな日々を過ごす事が出来た。
そして、今日がその時だ。
当日になって言うのもどうかと思うけどさ、群青先輩との日常がたんなる花火大会デートで終わるとは想像してないさ。
「冬治君」
「はい!」
家まで俺が迎えに行くのではなく、群青先輩が迎えにやってきた。家に来てほしくないとはっきり言われてしまったりする。
「先に謝っておくわ」
「え?何をですか?」
早速、アクシデントが鎌首を擡げたようだ。
「パパもついてきてしまったの。挨拶がしたいって」
「パパ?」
地響きがしたのかと思った。
ただの、歩く音だ。俺の住んでいるアパート二階は間違いなく揺れている。
二メートルを超える大男。
ぎらつく視線……の割には優しそう、人間よりも伸びた鼻。
そして、極めつけは身体中から生えた蒼い……毛。スーツを着た狼人間だ。
俺の両腕を束ねて肉付けしてようやく一本ぐらいの腕の太さ。腕枕されたら絶対に寝る事が出来ないような腕だ。
「うほっ、逞しすぎ」
不思議と怖いと感じない顔つきだった。まぁ、子どもがみたら泣きだすのは間違いないね。ママのおっぱいにしゃぶりつくぐらいの恐さだ。
ただ、何だろう……わかる人にはわかるような顔つきだ。説明が難しく、凛々しい? そっちのほうがしっくりくるような顔つきである。
「うわぁ、凄い筋肉……ちょっと触ってみてもいいですかね」
「パパ、彼はこういう子なの」
冗談でも何でもない、群青先輩の言葉だ。非日常が日常であると言う事か。
了承を得ずに胸板を触らせてもらっている俺を狼男が睨んだ。
「お前はきぐるみと勘違いしているんじゃないのか?」
「え、これ地毛じゃないんですか?」
お互いの視線が交わる。
「変な奴だ……帰る」
背中を見せられたのでこれ幸いと尻尾にちょっかいを出してみた。
「うはっ、意外ともふもふ……ぐはっ」
「気安く触るな!」
「大丈夫? 冬治君、パパはこの姿が嫌いだからあまりからかってはだめよ」
本気を出されて居たら壁に俺の人型が出来ていそうだ。
クラスメートの赤井がこんな風だったのを偶然知ったけど、やっぱりこの土地って特殊なんだろうか。
血の味がしたのでぺっと吐きだし、立ちあがる。
「悪いな、少し加減を間違えたようだ」
ちっとも悪そうに思ってない。あの目はこの程度で済んで良かったな……小僧、だ。
あと、ついでに言うのなら何、娘から下の名前で呼ばれて悦んでんだ。壁に人型の穴、あけるぞ、ごらぁって顔もしてる。
「パパ、今日はパパが挨拶をしてくれるんでしょう? 早く人間に戻って」
「……」
娘に睨まれ、尻尾が垂れ下がった。
「……触りたい」
手を伸ばそうとするとあっという間に尻尾が引っ込んでしまう。
俺の目の前に現れたのは冷静沈着そうな男性だった。
「群青宏だ」
「白取、冬治です」
でも、俺を睨みつける視線は狼の時より恐かった。一体、俺が何をしたと……尻尾を触ろうとしたからか?
「御免なさいね」
「え?」
「ママも来たの?」
階段の方から声がしたのでそちらを見ると初老の女性が現れた。てっきり、狼人間がまた出てくるのかと思った俺はほっとした。
群青先輩の母親だし……もしかして、魔女かもしれない。
声をかけようとしたら、目の前にいた宏さんが姿を消した。
「聞いてくれ! よっちゃん! おれの変身後を見てびびりもせずに友好的に接してきた子がいたぞ! 呪いを受けて久しいが、君に受け入れられたとき並みに、嬉しい事だ!」
先ほどまで恐そうだった宏さんがその女性に抱きついている。
「やだわ、宏さんったら……人前だから、ね?」
「あ、ああ……とりみだして悪かった」
そのギャップはやめてほしかった。不良マンガに出そうな感じの面なのに今では超さわやか系イケメンに成っている。
狼男に変身するより驚くような事だ。
俺の前までやってきたよっちゃんと呼ばれた人は名刺を出してきた。
「群青良恵です。藍ちゃんの母親です」
「白取冬治です。いつも、群青先輩にはお世話になってます」
「二人でデートの時に会いに来てごめんなさいね。宏さんがどうしてもあなたのことが気になるといってきかなかったの」
「よっちゃん、あたりまえだよ! 大切な二人娘のうちの一人なんだから」
隣のおっさん、うるせぇ。
「でも宏さんは冬治さんの事、気にいったのでしょう?」
「ああ、おれの尻尾を触ろうとしたあの目は無垢な赤子みたいで可愛かった」
てっきり、俺の目の前だったので嫌そうな態度を見せるかと思ったらそうでもないようだ。やっぱり、この人はどこかおかしい。
「そろそろ時間だから」
この中で多分一番まともなのは群青先輩だ。
「あらあら、白取君の前だからっていい子ぶって」
「……ママっ」
そういうわけでもないのだろうか。普段冷静な群青先輩が顔を真っ赤にして叫んでいる。
「後は若い二人に任せましょう」
「そうだね、おれらもデートを楽しもう…あ、よっちゃんちょっと待って」
そういって階段のところに吉江さんを待たせると宏さんが走ってきた。
「おい、冬治」
「何ですか」
「今度はそっちから挨拶に来い」
「……はぁ、わかりました」
群青先輩に耳打ちされる。パパは『ツンデレ』だからと。
そういって宏さん達は何処かへ行ってしまった。
「えっと、群青先輩のお父さんをデレさせたくはないんですが」
「じゃあ冬治君は誰をデレさせたいの?」
その質問に、俺は答える事が出来なかった。間違いなく、言えば宏さんが戻ってくるだろう。
「教えてくれないのね?」
「……群青先輩をデレさせたいです」
「まだはやいっ」
狼男が俺の背後に立っていた。わかっていても、恐いもんだ。




