群青藍:第七話 ガーディアン
群青先輩がみた未来……そこで俺は色々と先輩にいい事をしてもらったそうな。
自分の未来とはいえ、今の俺が未来をなぞっていないのであればいい思いをしたのは他人も同然である。タイムマシンが出来たらその未来に行って俺を思いっきりぶん殴ってやろう。
「はぁ……未来を変える努力しなけりゃ今頃先輩とデートだったのか」
群青先輩の言う事を聞いて休日を無駄に過ごしている。
先輩に会わないように家に居るのは時間の無駄だろう。何をしても群青先輩の事が頭について離れないのだ。ここは外に出たほうがよさそうである。
街で何か適当に遊んでくるかと歩き出すと、群青先輩を見つけた。見つけられないように慌てて店の影に隠れる。
「…適当に歩いても群青先輩に行きつくのか? 家を出て五分以内とか運命感じるわ」
赤い糸で結ばれているのかもしれんな。
いくら運命と言えども、群青先輩とは会わないと約束している。
しかし、適当に歩いていては今度こそばったり会ってしまう……そう思えた。俺はそれを望んでいるものの、群青先輩は望んではいない。
先輩が望むのなら約束ぐらいは守ってあげたい。間違いなく、俺を見つけた先輩はがっかりする事だろう。そんながっかりした先輩の顔は見たくない。
先輩に似合うのはどこか淡い感じの笑顔だ。
後ろ姿しか見ていないので今がどんな表情をしているのかは知らないがね。
「ああ、そうか。俺がこうして群青先輩の後を追いかければ絶対に会わないな」
我ながら冴えている。
そういえば、群青先輩って謎だよなぁ。
俺から群青先輩に会いに行く事はあまりない。群青先輩って普段はどんなことしてるんだろ。
「よし、尾行してみるか」
これは群青先輩と会わないための緊急措置であると自分に言い聞かせる。
前を歩く群青先輩を追いかけようとすると、肩を叩かれた。早速、尾行が警察にばれてしまったのかと思った。
「やぁ」
「七色かよ……脅かすな」
「別に驚かしてないけどね。何してるの?」
のんびりとした口調で言われたので俺は群青先輩の話をしてみた。
「ふーん、なるほど。会わないようにするため、先輩の後ろをついて行くのか―」
「ああ」
「僕もついて行くよ」
男一人で尾行するよりも、女の子が一人増えれば警察にばれても変な事にならないかもしれないなぁ…。
「ほらほら、行こうよ」
「お、おうよ」
腕を絡められ、引っ張られる。
胸の感触があるもんだから、ついつい戸惑ってしまう。
「群青先輩って魔法使いって言われたりするけど、実際どうなんだ」
七色のほうは俺と違って入学した時から今の学園のはずだし、群青先輩の事に詳しいだろう。
「そうだねぇ、たまに凄い事をするよ。水たまりの上を車が通ると水がかかるでしょ? それがね、先輩に飛んできた水は全部はじけ飛んだとか、落ちてきた花瓶がはじけたとかそんな感じかな」
群青先輩が立ち止まってジュースを買っているのを見て七色も近くの自販機から内容量の少ないジュースを買ってきた。
それなのに他のと一緒だなんて何だか許せないな。味で勝負しているのだろうか。
「他にはどんな事があるんだ?」
「ゴーレム出したとか、悪魔を召喚したとか……指を鳴らすだけで雨が降ったりね」
「本当かよ? 嘘くせぇ」
そう言われて信じられるわけもなかった。
「ま、僕も人に聞いただけだから。実際に見たのはこれかな……」
前の群青先輩に向かって空き缶を投げつける。
「お、おい……って、あれ?」
空き缶が消えた。
そして、群青先輩が振り返ろうとしていた。
「やべっ」
慌てて七色を看板の横に押し込む。
「ら、乱暴だよぉ……でも男らしいかも。好きにして」
「変な声出すなっ。というか、今のはなんだ。空き缶が消えたぞ」
群青先輩が再び歩き出したのを見てまた尾行を開始する。
「うーん、何だろうね。魔法? 群青先輩に嫌われたり、ちょっかいを出したりすると酷い目にあうんだ……あいたっ」
先ほど消えたと思われる空き缶が七色の頭に落ちてくる。
こんな風にね。首をすくめて七色は笑っている。
「……多分、尾行は辞めたほうがいいよ。もし、あの先輩に見つかれば冬治君は酷い目にあうね」
「でもよ、辞めろと言っても今日は一日先輩と会わないようにしてるんだよ。それに普段、群青先輩が何をしているのかちょっと興味もあったし……」
「直接聞いたほうがいいって。先輩とは仲がいいしそっちの方が間違いないよ。それに、尾行なんてされたら冬治君だっていやでしょ」
七色の言う通りだな。
「……先輩に謝りに行くか。あれ?」
気付けばほんの少し先を歩いていた群青先輩の姿が消えていた。
瞬きしたら消えたとかどういうマジックだ。
「ほら、群青先輩消えちゃったよ。全力で逃げたほうが身のためだと思うね」
「……全力で逃げるってどうすりゃいいんだ」
そもそも、消えたり空き缶を頭上から振らせたりする非常識な相手から逃げ切れるのか。
「さ、早く」
一番近くのマンホールを開けて手招きをする七色に眼をひん剥いた。
「おい、何勝手にマンホール開けてんだ……ま、まて、足をひっぱるなぁぁぁぁっ」
ただの女子生徒相手にマンホールに逃げ込むってどういう考えしてるんだ!
何とも言えないにほいがする場所へと降り立った。今、曲がり角を馬鹿でかい鼠が通り過ぎなかったか?
「……くせぇ」
流れる水路に得体のしれない肉塊が浮かんで消えた。
今度は普通サイズのネズミが目の前を走って行った。
ふと、視線の先に見知った後ろ姿が見えた……のは気のせいだと思いたい。
「来た!」
耳を澄ませていた七色が小声で叫ぶと言う珍しい事をやってのける。
「き、来たって誰が?」
「決まってるじゃん! 群青先輩だよ。違いないよ」
「俺は別の誰かに見えたぞ! 髪の長いクラスメートっぽかった!」
「じゃあ確かめてみればいいじゃんっ」
そういってばかでかい鼠が通った曲がり角を指差す。
「無理。怖いだろ!」
声をひそめて叫ぶ。
「じゃあ、逃げよう」
「異論はない」
腕を引かれてそのまま走った。
「ある程度走って、また上に逃げよう」
「……開けたら車道でしたってオチだけは簡便な」
午前中いっぱいを使って俺と七色は下水を逃げまくった。
昼過ぎにようやく外に出る事が出来たのだが……。
「一体ここは、どこなんだ」
全く知らない街にやってきましたとさ。
下水の匂いはするし、戻るのに結構金を使っちまった。これなら大人しく家に居たほうが良かった。
おかしなことは地下に居た時間と出てきた街の距離だ。
あんな短時間のうちに徒歩でいけないような街まで移動していた事、それと七色は何故だか学園近くのマンホールから顔を出したそうだ。
俺と七色は同じ方向へ逃げていたのに、真逆の所から顔を出したのだ。




