赤井陽:第十二話 変身抑制の特効薬
赤井陽と付き合い始めて二日が経った。
俺の隣を歩くだけであっという間に顔を赤くし、狼人間になってしまうようでは……人前で一緒にいる事が出来ない。
毎朝俺のところに来るくせに、一緒に登校を始めるとすぐに顔を真っ赤にしてあっという間に狼人間だ。
「どうしたもんかねぇ」
「……うう、恥ずかしくって」
「これまでだって一緒だったろ? 今更変身するのは何でだ」
「冬治君が彼氏だって思うとどうしても、恥ずかしくってさ」
「何だかその言い方だと俺が彼氏だと恥ずかしくて外を歩けないと誤解を受ける」
「……嬉しくて、まさかオッケーもらえるなんてちっとも思えなかったし」
俺の家でも言葉にすると更に恥ずかしいのか、あっという間に変身してしまう。隣にいるだけで興奮するとは思っていたより恥ずかし屋さんなのね。
「俺としては嬉しい限りだが一緒に登校できないのはちょっと寂しいなぁ」
「うん、あたしも」
右手だってギブスのままだし、そもそもちょっと触っただけで狼になるんじゃ……ちょっとした恋人同士のスキンシップもままならんぜ。
そりゃあね、狼になってもスキンシップはしますよ。キスとかも勿論するし、尻尾を思いっきり触らせてもらうのには事欠かない。でも、陽は非常に不愉快そうな顔をする。
彼女が言うには『変身したあたしの身体が目的で付き合ったの!?』だそうだ。凄い剣幕で言うもんだから冗談で『素っ裸に向いて抱きしめればいいのか』と聞いたら狼状態で本当に裸になりやがった。冗談だったのにな……。
その時、俺はすぐさま部屋から撤退した。チキンと呼んでくれ。
「あたしさ、薬をもらおうと思うんだ」
「薬?」
「うん、黒葛原さんって知ってるでしょ?」
「そりゃあな」
教室の配置、俺の右隣が赤井陽ならその左側が黒葛原深弥美さんだ。
無口で、前髪は顔を覆うほどある不思議な印象を受ける人物だ。前髪の下には美人が住んでいるとか、居ないとか。
「俺も行ったほうがいいかな?」
「ううん、これから……すぐに行って来る! 冬治君と人間の姿でいちゃつきたいのっ」
言うが早いか、携帯電話で誰かに連絡を入れながら出て行ってしまった。
「……はぁ」
こういうときは凄い行動力なんだな。
何気に恥ずかしいセリフまで言ってるし。
「……恥ずかしいと変身するのか? うーん、興奮したら……変身するって言ってたよなぁ」
もう何が原因で変身するのかさっぱりだな。
「ちんすこうって言っても変身するんだろうか」
くだらないことを考えながら三十分が経った。
半ば寝そうになっていると凄い勢いで窓から陽が飛び込んできた。
「大変!」
「お、おい、まずは落ちつ……け?」
行きは私服だ。シャツに赤のタイ、チェックのスカートだった……だが、今はナース服を着ている。そして、頭からは犬耳が……。
「陽、一体何をもらいに行ったんだ?」
「えっと、変身を抑える薬」
「まぁ、そう言ったものをもらいに行ったんだろうがな。凄い恰好してるぞ」
「でも狼にはなってないでしょ?」
「あ、ああ……」
代わりにナースさんになってるけどな。
「ほらほら、みてよ! 冬治君の手をとっても変身しないよ! あ、ドキドキしなくなったわけんじゃないから安心してね! ほら、ね?」
左手を胸にくっつけられる。破裂しそうなほどの命の音が俺の手を伝って来る。
「……柔らかいな」
「あ、えっち」
「えっちって、お前なぁ……そっちから触らせたんだろ?」
サイズはかなり小さい部類ながら…やっぱり、女の子だ。弾力のある何かは押せば左手を押し返したりする。
「でも変身しないでしょ?」
「そうだな……犬耳と尾っぽが出てるだけだ」
一般人がこの状態を見てもあからさまに驚かれたり怯えたりしないだろう。
「いや、犬耳ナースさんが街に居たら驚くか」
帽子を被れば耳はとりあえず隠せるか。
「うーん、やっぱり黒葛原さんの薬は凄いなぁ……」
身体にピッチリと張りついたナース服に、犬耳、尾っぽとか何のプレイだよ。
「でもよ、そういった薬って副作用とかあるんじゃないのか?」
効き目の強い薬にはそれなりの副作用が伴う。
「ううん、そんなに無いと思うよ。ちょっと、身体が熱くなるだけだって……あー、何だか身体がぽかぽかきた」
確かに、まだちょっと暑い。それでも身体がぽかぽかするほど暑くはないはずだ。
「脱ごうっと」
「おいっ!」
ナース服を脱ぎ始めたのであわてて抑える。しかし、犬耳、尾っぽが出ている為か…力が強い。こっちは右手がまだちゃんと治っていないので完全に不利だ。
「……冬治君も、期待してるんでしょ?」
「何をだ」
「あたしの、勝負下着。二人っきりになるときはいっつも勝負下着だから」
「おい、待て。そう言うのは素面の時に言ってくれっ!」
胸が小さくたって一応、ブラなんて付けるんですねとボケたらやばいだろうな。水色の紐が見えた。
「とりあえずあたしの準備ができたら、今度は脱がせてあげるから」
「ま、待て、本当……こういう流されるのはよろしくない、いくないぞっ、おい」
後ろから抑える……すると、薬と紙が出てきた。
『白取君へ、副作用を抑える薬です。』
丸薬のようだ…それを飲ませようとするが、抵抗されてしまう。
「やだっ、まだ脱がせてないーっ。ほら、脱ごうよ」
どんどんこっちが不利な状況に成りつつある。既に、半裸だ。
「じゃ、じゃあこのまま俺とキスしてくれっ」
自分の口の中に丸薬を放り込む。
「うん、いいよ。んー……冬治君大好きー」
押し倒されてそのまま薬を舌で押し込んでやる。
「ん……んぐっ! げほっげほっ!」
どうやらちゃんと飲み込んだようだ。
「どうだ?」
「え? 何が?」
きょとんとしている。再び押し倒され、俺はもがこうとしたが力の差がありすぎた。
「さ、今度は冬治君の番だよっ」
「くそっ、即効性ないのかよっ」
完全に目が正気じゃない。はぁはぁと興奮しているし、そんな陽の目を見ているとこのまま犬耳陽に襲われるのもいいんじゃないかと思ってしまった。
ズボンを脱がされそうになったところで、陽が身体を震わせた。
「ん? あれ?」
「正気に戻ったのか!」
ブラの紐はずり落ちているし、俺のシャツのボタンなんて吹き飛ばされている。
「えっと、あたしは……嘘、力づくで……冬治君を襲ってる? しかも、あたしが上だ! 普通の態勢がよかった!」
「変な事言うな……とりあえず、どいてくれ」
ナース服を再び着せるわけにはいかないので俺のシャツを着せておいた。これはこれで、サイズがあって無いな。肌がちらちら見えてエロい。
「落ちついたか?」
「うん……ごめんね。すっごく強い薬飲ませてもらったの……満月をみなければ完全な狼にはならないんだって」
「そうか……」
二人で背中を合わせ、座っている状態だ。お互い、顔を見る事が出来ない。
「酔った勢いで凄い事をしそうになった……本当、あたしってばまだ付き合いだして一週間も経ってないのに……キスだって人間状態でちゃんとしてないよ」
陽が告白してくれたときに狼でしたのが最後だ。
さっきのは正気じゃなかったのでどうやらカウントしていないらしい。
前日の晩も、俺の家に居たのに結局狼状態の陽と一緒に居ただけだ。
キスをしようとするとあっという間に狼だからぺろぺろするだけ……あの落ち込みっぷりは尻尾が垂れ下がって可愛すぎる。
もう、恋人と接している気分じゃなくて大型の犬と全力で戯れている感じだ。
「じゃ、キスするか」
「え?」
「今なら犬耳と尻尾が出てるくらいなんだろ? ほぼ人間の状態じゃないか」
「う、うん……この前はあたしから奪っちゃったから今度は……冬治君から、してきてよ」
「おう」
犬耳の彼女にキスをするのか。何だか、俺がすごく変態に見えてしまう。
「んっ」
軽く唇を重ねる。
静かに目を開けると顔を真っ赤にさせながら人間の状態の陽が目を開けた。
「あ、あのさ、今度は……犬耳にもキスしてほしいんだけど」
「えっと、そういうマニアックそうなのは追々な」
「え? いいじゃんっ。やってくれないとおそっちゃうよ」
「わかったよ」
俺よりこっちの方が…一枚上手なのかもしれない。




